CASIO PRO TREK MANASLU

PRX-7000T-7JF / Cal. 5241

 

針4本のみですべてを表現する時計

 

コンパス・気圧計・温度計・高度計・ストップウォッチ・アラーム等の多機能を持つ時計は世界にたくさんある。スントコアやカシオのプロトレックもその一つ。

 

しかしその情報を、長針・短針・秒針それに機能針の合計4本とベゼルに刻まれた0~9の数字だけで表示しようとしている時計は珍しい。

 

そんな変わり種が既にディスコンになったプロトレックのPRX-7000である。

 

例えば、気圧が983hpaであれば、短針(100の位)=9、長針(10の位)=8、秒針(1の位)=3、と表示する。

 

外気温32.5度であれば、短針(10の位)=3、長針(1の位)=2、秒針(0.1の位)=5と表示、、、

とまあこんな感じだ。

 

カシオは新発売当時、スマホアプリまで公開し、このギミックを伝えようとしていた。開発者の思い入れや、開発にかけた情熱は並々ならぬ物があっただろうし、そういうエンスージアズムはきちんとわかるユーザーには伝わるものだ。

 

この時計にはマナスルというペットネームが付けられている。MANASLUはネパールのヒマラヤ山脈の山。標高8,163 mだという。裏蓋にもマナスルの山の容姿が刻印されている。プロトレックの最高峰を想起させる演出だ。

 

その他のプロトレックの型番PRW(電波式)/PRG(非電波式)に対し、このシリーズの型番はPRXとなっている。

 

発売当時、この時計はもちろん話題になったし興味も持った。しかし如何せん10万円を大きく超えるプライスタグが購入へのハードルとなっていた。10万円といえばGPSのアストロンが買える価格帯なのである。僕は、いつの間にかその存在を忘れるようになった。

 

時は流れて。後継のPRX-8000も発売されて久しい頃、アウトドアウォッチを物色していた僕の目に再び止まったのが、PRX-7000だった。


店頭表示価格が、6万円少々だったのである。ポイント還元を考慮すれば、5万円代ということになる。モデル末期、捨て値。シンキングタイムわずか数分。つい衝動買いしたことは、言うまでもない。

 

 

実際手に取った使用感等について

 

まず良いのは、デザインである。

 

野暮ったさが売りと言ったら皮肉になるが、ヘビーデューティな時計であるために、あるいはそういうイメージ付けをするために野暮ったいケースに、野暮ったいダイヤルを付け、野暮ったくベゼルにごちゃごちゃ書き込むのが、長く続くカシオのアウトドアウォッチの伝統である。しかし、この時計には一種の洗練さえ漂う。

 

かなりのデカ時計のはずだが、ケースの内側に寄せた細身のベゼルの視覚効果もあり、さほど大きくも見えない、控えめな存在感が良い。

 

ダイヤルや針を含むガラスの下の空間も、比較的薄く上品に仕上げられている。

 

おそらくは、プロトレックにおいて「異色」のギミックを持たせるにあたり、デザイナーは既成概念を捨てて仕事をした(させてもらえた?)のだと想像する。そういう意味では、奇跡の時計でもある。

 

時計の素性は全く違うがRef.1016のエクスプローラーやオメガ・スピードマスターのデザインエッセンスを感じる部分もあり、といってカシオのオリジナリティも保たれている秀逸なデザインだと思う。

 

下半分が樹脂丸出しであることを揶揄するレビューや記事も見かけるが、それは金属ケースでチタンブレスという出で立ちゆえに、ビジネス時計っぽくなることを嫌った演出であると捉えたい。例えばボルボはV70で、SUV的なアウトドアイメージを強めたXC70(クロスカントリー)を発表する際にあえて未塗装樹脂のヘビーデューティーなバンパーを採用したが、まさにそのようなもの。アウトドア的なイメージ醸成に一役買っていると思う。

 

ただ非常に残念なのは、リューズとセンサーガードがプラ製でしかも質感が低いこと。ボディ下部の樹脂部分も、梨地を入れる等の演出があっても良かったと思う。

 

リューズは、ボタンと並び直接操作する部分である。しかるにこの安っぽさ全開の、プラ製では時計の格がかなり下がる。所有のモチベーションも下がるのである。

 

3つあるボタンは、エッジのあるいいデザインで質感も高いため、リューズの手抜きは非常に惜しいと感じる。

 

ブレスレットはチタン製。僕は日本的なチタン素材の軽量な時計は好まない。実際にアストロンの項などで批判的なことを書いている。しかしこの時計に限っては、しっくり来るように思う。

 

理由を考えてみるとアストロンと違い樹脂ケースのため軽量であり、軽いブレスとのバランスが取れているのかもしれない。

 

デザイン的には中駒の一部エッジが鋭角にカットされポリッシュなのもよい。腕にも馴染む。

 

ただクラスプの構造だけは、どう考えてもおかしい。通常はどのメーカーもクラスプをロックする金具を設け、クラスプの外側からふいに開いてしまうことをロックする構造を取る。ところがこの時計はクラスプ自体にロック金具が付き一緒に動くのである。

 

最初何のためのロック?と思ったが、どうやらクラスプ自体のロック金具なのではなく、クラスプにある開放ボタンを押させないガードの役割のために付けたものらしい。

 

これには疑問を抱かざるを得ない。技術者は、本当にこの方法が良いと思ったのか。それとも他メーカーと違うオリジナリティを出したかっただけなのか? セオリーに逆らうということは、当然正当性が説明されなくては納得できない。

 

前記の針のギミックは、話の種としては面白い。この時計のバージョンは2であるが(現行モデルは全てバージョン3)、磁気・圧力(気圧)・温度というトリプルセンサーも一日の長があるカシオ製なので、計測値に一定の信頼感がある。

 

ただし実際に山に持っていく実用性は疑問が残る。僕は登山家ではないが、実際に体力に関わる(大げさに言えば生死にも関わる)場面では思考することなく情報が飛び込んでくるデジタルの方が、情報が伝わりやすいのではないかと思うのである。

 

その他の機能では、アラームやストップウォッチ、重宝するオートライトと申し分ないが、なぜか時報機能がない。個人的には時報は欲しかったと思う。

 

総じて一世代前の時計なので、針の動作も現行品よりは緩慢だ。しかしそのゆったり感が、逆にこの時計に余裕のようなものを与えている気がする。

 

以上、全ての総和で、PRX-7000はいい味を出していると思う。

 

 

 

 

ケースに隙間が開くという不具合の顛末

 

さて、PRX-7000。金属製のトップカバーとプラ部分の隙間に日本製品らしからぬ誤差がある個体があるという(カシオはマナスルをMADE IN JAPANの山形工場製とうたっている)。

 

我が個体も購入後、自宅でつぶさに眺めたところ、隙間が均等ではなく一部は大きく開き、しかも手で押すと抜けそうな親知らずのようにグラグラ動くではないか。これは気持ち悪い。

 

衝動買いに近い安価な時計だから、さほど商品を検品しなかった責は僕にある。こんな時老眼気味であることを悲しく思う。しかし、量販店での購入は強い。翌日、早速購入点に持ち込んだ。

 

ところが、店舗在庫の2本は同じような状態だという。そこで「東口店にも何本かあるというので少しお待ちいただけますでしょうか?」という提案をいただき待つこと30分。

 

結論的には、完璧な品は一本も無い、メーカー修理しても隙間がなくなるとは言い切れないとのことであった。

 

う~ん。これ以上、メーカーから取り寄せなどとなると時間もかかるし面倒だが、それで完品が手に入る保証はない。というわけで、結局、マシな一本を査収し帰路についた。

 

そして僕は、自宅で隙間の部分を詳細に見ていて気がついてしまったのである。極々微量の接着剤が、はみ出しているのを。

 

それでまた悪い癖がでて、原因を究明せずにはいられなくなった。

結果は、、、

 

 

 

はい。ご覧の通り、金属のカバーはベゼルを含む本体の上にスポットで接着剤で固定されているだけであることが判明した。

 

店舗派遣のカシオの社員は、隙間があっても防水性等に影響はないと言い切っていたが、さもありなんである。

 

僕は、究極のポジティブシンキング主義者でもある。そうと分かれば、隙間は全く気にならない。自分で微量の接着剤で貼ればいいだけだからだ。

 

 

二度と出ないテイストの一本?

 

PRX-7000は、カシオらしいこだわりを「アナログ式」の方向で発揮したモデルであり、そのギミックを含め非常に珍しい成り立ちの時計となっている。

 

クォーツ時計としては、アナログ式であっても時/分/秒以外の要素は小型のデジタル表示か最近の流行りではさらにレトログラードの小針を付加して処理するのが常套手段。

 

フルアナログという方法は、液晶1枚で構成されるデジタルウォッチの対極を行くものであり、こういう時計は世界でも後にも先にも例を見ないように思う。

 

しかも惜しい点はいくつかあるにせよ、カシオらしからぬ上品なデザインに仕上がっており、軽量で腕にも馴染む。

 

ただしこのオリジナルモデルPRX-7000T-7JFじゃないとダメだ。後に出たゴールドモデルや差し色の多い変わり種モデルは、ちんどん屋仕様になってしまっている。

 

PRX-8000が系統の違う、通常のプロトレック・デジアナモデルの風合いになってしまった今、この時計は買いではなかろうか。定価の145,800円ならよほどの好事家にしか推薦できないが、5万円台で手に入るのなら興味があれば買わない理由はない。

 

先頃カシオは、8000シリーズの集大成とも言えるPRX-8000GT-7JFというシンプルで上品にまとまったかっこいいモデルを発表した。だが定価18万円超えとなると、もはや他の選択肢も浮上する。

 

次期PRX-9000?で、コストがかかりメーカーとして故障リスクの高いフルアナログに再び戻ることも考えにくい。

 

PRX-7000は、プロトレックのみならずGショックを含めたカシオのアウトドアウォッチにおいて永久保存版の資格を持つ稀有な時計と言えまいか。