11月 新しい人が職場に入りました
私は普通に話をしていたつもりでしたが パワハラになっているようで 何をしたのか何をいったのか全くわからず 途方に暮れています
自覚しているものとしては 敬語の使い方が何でもかんでもおをつければよいというのは‥と言ってしまったこと‥
相手が排泄介助しているときに 洗濯機の中のものを干してもよいか聞いたこと(その時にはその方から大きな声で叱責を受けています)
そして 今日の朝 相手の方が聞えよがしに 証拠を取っておけばよかった あの時だって あの人に暴言を吐いてたんだから その声を録音しておけばよかった
二度と介護業界で働けなくしてやると独り言を言っていました

私は 彼に対してそこまで怒らせてしまうようなことをやった自覚はなく なにか不満があるなら 上に報告するなりしていただきたいなと思ってしまいます
しかし やった方は悪気なくてもやられた方はずっと嫌な思いをしていることもわかるので
改善していきたいのですが
話しかけても無視されるので
打つ手がありません
何があったか 記録だけはしておこうと思い ブログ書くことにしました

では 昨日の私の話から時をぐっと飛ばしまして

今は介護職の夜勤専従をやっております。

 

まぁ21歳の頃から 43歳まで なにやってたの?というと

本当に色々 そりゃ色々 やってきまして、間に結婚したり 子供産んだり 交通事故にあったり

デイサービス・ショートステイ・サ高住・コンビニバイト・ヤクルトレディ・介護夜勤専従・弁当屋の配達

な仕事をしたり

 

家では動画編集・せどり・コーチング・アフィリエイト・集客・コンテンツビジネスの講座を受けたり

なんか手当たり次第に稼げるもの 稼ぎたい おかねない!!

どうしよう とひたすら お金になること お金なくちゃなんにもできない

稼がなきゃ という 人生を送ってきております

 

基本的に 私は仕事中はちゃきちゃきで動き回っている人 という印象を持たれることが多いです

そして 一言多すぎて まわりに引かれることも多いです でも 今までは 一言多いこと

自分のせいで 周りを不快にしているということ 気づいていなかったです

今考えると本当に申し訳ない 簡単に言うと自己中なんですよ

 

人の意見どうでもいいんです 自分がヨシと思っていたら 言われてその場は治すけど

本当にだめだと思ってなければ 知らなーいとやらなくて良い理由ばかり探して

逃げ道ばかり探して 楽な楽な方に行っていたもんだから そりゃ周りは面白くないわけですよ

でもね それでよい 自分が壊れなきゃ良い と本気で思ってました

 

今はね 一言多い そこは気をつけています

楽な方ではなく 確認 やってほしいこと 聞くようになってきました

変な頑固さ 捨てました 

そしたら なんか 色々楽になりました

 

なので ブログも飾らず 日記の感覚で 時には愚痴吐きくらいな勢いで これからも書いていこうと思います

まぁ 大体は昔の思い出話が多いかな笑

今の私は43歳です

 

20歳の頃になんやかんやありましたが、親には理解されなかったけど

助けてくれる大人に出会えまして、心療内科に通いながら 周りの心配してくれる大人の話を聞いて

お弁当作ってきてもらえたら少しずつ食べたりして 自分がおかしくなっていることに気づいていきました

 

もちろん 仕事は無遅刻無欠勤です

そのうちに食べられるようになり 身長は153センチなので軽くはないですが48キロまで戻ったところで

生理も元に戻りました

 

そうこうしてるうちに21歳になり 看護学校の残りのお金もあと10数万となったところで 

どうしても仕事をやめたくなり いっきにかえしてしまえ!となって 働かせていただいた恩も忘れ 一気に返して

看護助手の仕事をやめたのが21歳です

 

しかし やめたところでやったことのある仕事は 看護助手とキャバだけ 借金はなくなったけど 車のローンはある

ばあちゃん家にも行きたい 家にもお金入れなきゃいけない どうしよう…となったわたしは 今度は早朝のコンビニバイトという

バイトに付きます 理由は時給高いから笑

 

じゃあ キャバの日数増やせばいいじゃんと思ったのですが、いかんせん 指名問題がね…

平日働けるほどの容姿はしとらんくてね笑

 

というのが私の今の介護職している大本だったりしたので 21歳までの話をしてみました

現在の私は43さいになります

予定投稿しているので 現在の事は当分先になります

質問とかは間に答えていきますね

 

ある日 いきなり爆音で私の名前を叫ぶ人の声で目が冷めました

なに?なにごと?なんのはなし?

その人は何やら電話をかけています

よく聞いてみると 会社の人のようでした

 

まぁその人が誰だったかはもう覚えてはいませんが

私が出社しないことを心配した人が家まで来てくれたことだけ覚えています

 

無遅刻 無欠勤の私が仕事に来ない 電話に出ない ありえない

ちょっと家まで行って様子を見てきてってことだったみたいです

その時 私 持っていた薬を全部飲んでしまっていたらしくて

でも 泡吹いてたとこはなかったらしいんですけど 中々おきなくて 焦っていたらしいです

 

らしいなのは 薬を飲んだ記憶が本当にないんですよ

酒も飲んでなかったし 普通に寝た記憶しかなかった私は大混乱

めちゃ怒られるし めちゃ安心されるし 病院連れてかれてまた怒られるし

でも 覚えてないんですよね

 

そこですすめられたのは心療内科 いわれたのはうつ病…

全く自覚なし だって仕事行けてるし むしろ楽しいし

行きたくないとかないし 痩せたし 

でも実際は 痩せたんじゃなくてやつれている

食べたくないんじゃなくて 食べれない

生理も止まっていた そこにきてのオーバードーズ

 

とっくに 心は限界突破していたらしいことにやっときづいた

そこにやっと自分は気づいた

 

でも 一番の味方だと思っていた母に言われた言葉は あなたは弱い 弱すぎる そんなんで生きていけるの?だった

助けてくれるはずの大人に見放されたと感じた私は 母がいないときしか家に帰らなくなりましたとさ

ちなみに 今私は43歳です

 

高校卒業した時点で私の体重は70キロ近くありました

それが20歳になった頃には43キロまで落ちたのです

 

看護助手の仕事と学校と 学校やめること家族のこと悩みすぎた私は食べられなくなりました

その当時はやっていたピカチュウ万歩計は毎日3万歩という訳のわからない数字を出していました

痩せて行っている事に気づいた私は調子に乗り 腹筋マシーンを買い 腹筋を毎日50回していました

そうしたら どんどん楽しくなって 食べないことも気にならなくなって たった半年で27キロも落ちていたのです

 

周りから心配されるほど痩せた私は調子に乗って可愛くなったと思いこんで

今の私ならあの今話題のキャバ嬢になれるんじゃね?と勘違いを起こします

そして 平日は看護助手 週末はキャバ嬢という2足のわらじを履く生活を始めていました

 

その時に もう一つ調子に乗り、金は返せる当てできたからと祖母に電話をして車の免許取りたいから

お金かしてほしいと懇願し送ってもらい 教習所に行くことにしたのでした

 

もう人生勝ち組 もう怖いものなし 稼げるし 痩せたし もてるっしょ

これで車の免許も持ったら 私最強じゃん!となっていました

 

車の免許は3ヶ月で取得 お金は祖母はいつでもいいよと言ってくれたからとすぐには返さず

やすみがとれたら祖母に会いに北海道まで行ってました

お金かかったから 教習所代はまた今度持ってくるねと言い訳していました笑

 

このときには学校もやめていたし 毎日ただただ楽しければよかったですね

でも そこで やらかすのです わかってなかったんです 自分の限界に…