わたぶろぐ

はじめまして、Chaiです!Pipiちゃんと同じく、WATATUクラウドファンディングのコアメンバーとして、WATATUのWEBサイトの制作などをお手伝いさせてもらっています。

 

さて、今回は、WATATUの3人のメンバーの中でも、癒し系ポジションを確立している、みっちーこと三戸勇輝さんにお話を聞いてみました。(詳細なプロフィールは文末に記載。)


筆者であるChaiは、もともとみっちーの知り合いということでWATATUのお手伝いを始めたのですが、意外と原点のお話を深掘りしたことはありませんでした。


穏やかそうに見えるけれど、実は並々ならぬパッションを秘めているだろうみっちー。今日はそんなみっちーの原動力を探っていこうと思います!


「あくまでも、主役は彼ら」〜協力隊のきっかけと気づき〜

Chai) みっちー、改めて今日はよろしくお願いします。


三戸) よろしくお願いします。


Chai) 早速ですが、WATATU3人の共通点として、海外協力隊*経験者というのがあるけれど、みっちーはそもそもなんで協力隊に応募したんですか?


三戸) 協力隊に応募したきっかけは、「国際協力師になるために」って言う本があるんだけど。ざっくり言うと国際協力界隈で仕事をするためにどんなルートがあるかってのを書いている本で、そのうちの一つに協力隊があって。その当時の僕からしても、敷居が低そうだけど、得られるものは大きいかなと思って。なので、その本を読んだのがきっかけだね。

 

Chai) その本を手にとったということは、もともと国際協力に興味があったのかなと思うんですけど、国際協力に興味を持ったきっかけって何だったんですか?

 

三戸) 元々は多分中学くらいの時に、おじいちゃんが亡くなって、自分の中で、身内の死は初めてだったので、やっぱり、悲しかったんだよね。あぁ、人って死ぬと悲しいんだな、と小さいながら思って。その時にちょうど、9.11とかイラク戦争とかあって、世界にはたくさんの人が亡くなっている、辛い目にあっているんだというのをちょうど感じて。多感な時期ですよね。

その時から、海外で仕事をしようかなとずっと思っていたんだよね。世界中でこんなにたくさんの人が、病気とか飢餓とか戦争とかで亡くなってるんだ、これはやばいな、と思って。

 

Chai) なるほどなるほど。じゃあおじいちゃんの亡くなったってのと、海外のと。。。


三戸) そうそう、タイミングが同じくらいだった。


Chai) 自分事のように感じたというか、死を身近に感じるようなタイミングだったと。


三戸) そうだね。ほんと、そんな感じですね。

 

Chai) 協力隊では、もともとやりたいことはあったんですか?


三戸) いろんな国際協力の貢献の仕方をみて、何をやりたいのか決めていきたいなと思っていたよ。

応募した時は、Dream Link**の経験で、色んな人たちと、何かを一緒に目指してやりたいと思っていて、住民たちを集めて、みんなで何をやって行くかを考えて…という、正にコミュニティ開発***の仕事を、やりたいなと。

でも、行ってみたら、地域コミュニティはすごくしっかりしたものがあったので、自分はそこには必要ないなと思ったんだけど。

 

Chai) じゃあ、行ってから、やりたいことは変わった?


三戸) そうだね。今、向こうのコミュニティを自分が一から作りたいとかはあんまり思ってないし。そこには、ずっと彼らが作ってきたコミュニティもあるので。外部からきた自分なんかが、ポッと入って、いきなりやり始めるのは、ちょと違うのかなと思ってて。あくまでも、主役は彼らかなと。


様々な出会いがあったDream Linkの活動は協力隊の原点にもなった

 

「国際協力しかやることはない」〜起業の経緯〜

Chai) ここまで全く起業色が出ていないけれど、起業に至ったきっかけは何かあったんですか?


三戸) 元々は、タンザニア住んで、結構良い国で好きだなと思っていて。

協力隊に行った後どうしようかってのを(現地にいる間から)ずーと考えていて。

最初は大学院に行こうかなとか思っていたんだけど、JICAの専門家の人の仕事を見ていて、自分にはそういうアカデミックなのは、ちょっと向いていないかなと思ったんだよね。。怖気付いたという感じ。なので途中で、大学院コースはなしだなと思って。


じゃあどうしようかなと思って、それでもやっぱり、国際協力しかやることはないな〜と思っていて

特にビジネスでの国際協力をやりたかったんだよね。


じゃあ、タンザニアにまた戻って住む方法を考えよう!と思って、考えた結果の1つが、「現地で日本食レストランを出すこと」だったんだよね。ザンジバルで日本食レストランを出して、成功すれば、そのお金でそこ(タンザニア)で活動ができるなと思っていたので。結構それは勝算が自分の中であって。

その準備のためにオーストラリアに行ってたんですけど、途中事故にあって、日本に帰ってきて、そうこうしている間にコロナになってしまうような感じだったんだよね。。

なので、日本食レストランは中断したんだけど、同時並行で進めていた、ラマくんという現地の農家さんと一緒に始めた農業が思いの外すごいうまくいっていて、これを他の人もできるようにしたら…それは、事業になりそうだぞ!と思って。

その時は1人で考えてたんだけど、どうやって始めたら良いか全然分かんなかった。

たまたまそのとき、2人と、りゅうちゃんとしょうくんに出会って、話をして。

1人でやるよりも、2人、3人とやったほうが全然スピード感も上がるし、ていうことで、今の形になったんだ。

 

Chai) この3人になったきっかけは?


三戸) 皆タンザニアに行こう、行って何かやろうとしてたってのがあって、たまたま、それが皆決断できる環境にいた。

りゅうちゃんも、就職をせずに、自分で何かしようかなとしていた時期だったし、しょう君は、就職はしてたけど、タンザニアで、自分で太陽光を持って行って始めようとしていた時期だったし、僕は僕で、さっき話したような状態だったので。

3人ですごくバランスを取れててよかったなぁと思う。他の起業家の人とかも、1人でやってて大変そうなのとかを見てるけど、そこも支え合えるし。


Chai) 喧嘩とかそういうことにはならないんですか?


三戸) 全くないですね。事業のことは、お互いちゃんと、思ってる事言うよ。だけど、別に、それが正しいなと納得したら皆そうなるという感じ。


Chai) 良いメンバーなんだなというのが伝わってきますね。


気のおけないWATATUの仲間たちと

 

「彼を信じる事ができてよかった」〜WATATUのはじまりの人、ラマくん〜

Chai) ラマくんと農業を始めたのは、何か事業を始めたいとかの意図があったの?


三戸) ラマくんとはたまたまだね。本当にたまたま。

ラマ君が、たまたま住んでいた家の大家さんの、お手伝いさんみたいな人だったので、そこで毎日会うし、いつも話をしてて、すごい良い人だなぁとずっと思ってた。

帰国前、僕が必ず戻って来て、日本食レストランをやると決めた頃、日本食だけだと結構リスクあるなぁと思っていて、そんな時にたまたま、ラマくんが稲作をやりたいって言って来て。よくよく話を聞いて、計算すると、ちゃんと利益出そうだなと思って。

でもそれを始めるためのお金はラマくんは持っていなかったので、僕の生活費を出して始めたというのが最初ですね。

それが、帰国の4ヶ月前くらいかな。だから、最初は自分はそんなに関わってなくて。

一番最初は、この畑を2人で借りようね、とか一緒にやってたけど、僕が日本に戻ってからは、ラマくんが、草刈りしたりとか、肥料撒いたりとかしていて、(こちらからは)ちゃんとできてるかたまに連絡するくらいの感じで。

だけど、良くやってくれていて、あれれ、すごいうまく行ってないか??と。なので、僕は大したことは最初してなくて。本当、彼が頑張ったのが最初のスタートかなぁと思うよ。

でも、彼が頑張ったと言っても、多分、普通にやってるんだよね。普通に農業をやってて、他の人も同じようにやれば多分、こうなる。タンザニアの場合は。

なので、タンザニアの普通の人たちでも、必要な資金やものとかがあれば、かなりできるぞ!ていうのが分かったんですよね。

 

きっかけをくれたラマくんとのやりとりはいつもテレビ会議で

 

でも、(最初に)彼を信じる事ができたのはすごいよかったなーと思っていて。

多くの人が多分、7万ってお金は出さないかなぁと思っていて。

Chai) 最初から、7万?


三戸) うん、彼はお金持ってないから。


Chai) それはすごい。土地とかはどれくらいの大きさでやったの?


三戸) 最初は、2エーカーっていう大きさでやりました。63平方メートルx2なので、タテヨコ120mくらい。なので、サッカー場2個くらいかな。


Chai) えぇ!!めっちゃ広い!!


三戸) でも、向こうではやっぱり安くて。


Chai) じゃあ、普通に近所に土地があって買ったの?


三戸) 借りた。タンザニアでは土地がすごい余ってるので。


Chai) すぐ借りられるの?


三戸) 全然借りられます。タンザニア人は本当に皆そんな感じでやってるんだけど、普通の人はあんまりお金がないから、1エーカーとか、良くて2エーカーとか借りてるんだよね。

でも、最初ラマくんとやって、いけるな、って思ったので、最初2エーカーだったのを、4エーカーにして、今は20エーカー、と倍々にしていった感じ。


Chai) 今20エーカー!何年目だっけ?


三戸) 3年目かな。


Chai) 早い!


三戸) そうなんですよ〜。


Chai) 信頼って大事ですね。

 

初めての稲作。広大な土地が広がる

最後に〜5年前と5年後の自分に一言〜

Chai) ここまで、協力隊のきっかけから、起業した現在まで色々と聞いてきたんですが、最後に、5年前の自分と5年後の自分に一言お願いします!


三戸) 5年前っていうと、Dream Linkの帰国報告会の時期だと思うんだけど。その頃の自分は、Dream Linkを通してで色んな人に会えて、すごく幸せに満ちてたんだよね。。それからまた、浮き沈みはあったけど、「やりたかったことをやる」っていう気持ちは、ずっと持っていてよかったかなと今思ってるよ。

 

5年後に、WATATUとしては、大きな「WATATUフェス」をやろうとしているので、

それが今自分がイメージしているよりも、すごいものをやっていてほしいなと思います。

イメージでも結構、でかいことをしてるけど、いい意味でそれを(期待を)裏切っててほしいなと思うね。

Chai)  おぉー夢がでっかい!良いですね!!


三戸) ぜひ5年後、皆さんも、タンザニアに来てください!


 

いかがでしたか。

最後、みっちーには大きな夢を語っていただきました!

きっと、ここまで国際協力への情熱を持ち続けて行動してきたみっちーなら、そして、ラマくんや現地の人たち、2人の仲間たちと一緒になら、実現できるのではないでしょうか。

これからも、WATATUの動きから目が離せません!

そして、皆さんも5年後ぜひ、一緒にタンザニアへ行きましょう!!


 

*海外協力隊:JICA海外協力隊。

**Dream Link。有志のメンバーにより、資金を集め、カンボジアで小学校建設を行ったプロジェクト。2016/1月~3月の3か月間で、約300人のカンボジア人が通学する小学校を建設。みっちーは立ち上げメンバー。Chaiは参加者。

***コミュニティ開発:JICA海外協力隊の職種の一つ。みっちーは協力隊時代にコミュニティ開発隊員として活動を行なっていた。

 

三戸 勇輝(みと ゆうき):神奈川県横須賀市出身。

青山学院大学で人間の世界観・人生観を学ぶ。

卒業後、ベンチャー企業の営業を経て商社でインドの営業に従事。

仕事の傍らカンボジアで小学校建設を行うプロジェクトの立ち上げに携わりクラウドファンディング(リアル含め)で500万円を集めることに成功。

JICA海外協力隊としてタンザニアで村民の収入向上のための雑貨製作支援などを行う。

帰国後タンザニアで日本食レストランを開くためオーストラリアで準備をしていたが事故に遭い帰国。農業事業へ方向転換をした。

2年間のタンザニアをほぼパスタ生活で終えたパスタ好き。