伊藤忠商事会長 丹羽宇一郎氏 講演録より
丹羽氏によれば、人が働くことによって得られる報酬には 「 見える報酬 」 と 「 見えざる報酬 」 があるそうです。
「 見える報酬 」 とは、金や地位といったもの。 一方、「 見えざる報酬 」 とは、心や精神の成長であり、これによって人は磨かれます。
そして、心や精神の成長をもたらしてくれるものが 「 課題 」 です。
丹羽さんのいう 「 課題 」 とは、「 努力して成し遂げるべきこと 」 をさします。 そもそも、人は人生において 「 課題 」 を持たないと生きていけないのであり、仕事こそが、この 「 課題 」 を人に与えてくれるのです。
ですから、丹羽氏は常々、「 黒字で大儲けしている会社より、赤字で苦労している会社・部署のほうが人間として成長するよ 」 と社員たちに言っているそうです。 なぜなら、赤字という苦しい立場で、なんとか黒字にしようと努力をしなければならない、つまり、赤字の会社や部署は、それだけ大きな仕事上の 「 課題 」 が与えられているのです。
丹羽氏が、「 見える報酬 」 よりも、「 見えざる報酬 」 をことさら大切にされていることは、
「 ビジネスは全人格の戦いである 」 というお言葉からもわかります。
ビジネスでは、商品自体の品質や価格だけでなく、取引相手は信用できるのか、また、相手は本当のことを言っていると信じられるかどうかの判断によって取引相手が決まります。 つまり、仕事上の課題によって心や精神を成長させ、人格に磨きがかかっていないとビジネスに勝てないということでしょう。
この意味で、商社マンほど難しい仕事はないと丹羽氏は考えています。 製品自体でも勝負できるメーカーと異なり、製品の流通に携わる商社マンの場合、担当者の 「 人格 」 がそのまま取引の成否に影響を与えてしまうからです。
「 人格 」 について、丹羽氏は、どんなに 「 心の化粧 」 をして表面だけ取り繕っても、経営トップならひと目見れば相手の人格がわかるといいます。 丹羽氏自身、40年にわたって人を見てきたので、相手が優れた人格の持ち主であるかどうかはかなり高い確率でわかるそうです。 ポイントは 「 目 」 です。 目の輝きや色の違いで相手の人格が判断できるということです。
そして、最近立て続けに起きている大手企業の不祥事の背景にも、やはり人格の問題があるとお考えのようです。 人は等身大で生きることはなかなか難しいものです。 どうしても、自分を良く見せたいと考えてしまいます。 不祥事を起こした当事者が、よく 「 会社のためにやった 」 と弁解しますが、結局のところは、自己愛的、自己中心的な発想が根底にあります。 自分保身のためについつい表面的に誤魔化してしまうわけです。
丹羽氏はそういう不祥事を見てきたことから、常日頃から等身大でいることを心がけているそうです。 伊藤忠商事の社長を6年で退任されたのも、企業内では絶対的な権力者である社長をあまり長くやっていると、等身大の自分を見失ってしまうと判断されてのことで、社長就任時より6年で後進に社長の座を渡す事を公言されていたということでした。
また、愚者と賢者の違いに触れ、自分の欲しいままに行動するのが愚者、そうした行動を理性でコントロールできるのが賢者だと、丹羽氏は考えています。 私たち人間には、本能のままに行動する 「 動物の血 」 が流れています。 それが時に顔を出し、欲望にかられた行動をしてしまう。 でも、そこをうまく抑えることができるのが賢者です。 賢者とは、高い人格、つまり磨かれた心、精神を持つ人のことでしょう。
ですから、演題にあるように仕事によって磨かれ、高い人格を持つようになった人間なら、自分を良く見せようとして不祥事を起こすことはないとお考えなのかもしれません。 ただし、必要なのは 「 知識 」 ではありません。 高等教育を受けた優秀な人材が不祥事に手に染めていることを考えると、重要なのは 「 人間としての力 」 だそうです。 それは要するに 「 人格 」 を磨くということでしょう。
さらに、講演の中で丹羽氏は、今後の日本が目指すべき方向についても語ってくれました。
グローバリゼーションが進む中、水、食料、エネルギーといった天然資源の乏しい日本は、「 人 」 と 「 技術 」 に力を入れることによって国際競争力を高め、外貨を稼ぐことで持続的な成長を維持しなければなりません。 1億人を超える人口を養っていくためには、他に選択肢はありません。
幸い、技術については、まだ日本はかなりの強みを持っています。 一方 「 人 」 については、「 教育 」 の見直しが必要です。 そして、子供の教育以前に、親や教師の教育がまず先に必要だと考えているそうです。 子供は親や教師の背中を見て育ちます。 つまり、親や教師の背中、すなわち行動自体が範を示すものでなければなりません。 このことは、会社における上司と部下の関係でも同じです。 上司がどんなに口先で立派なことを言っていたとしても、行動がそれに伴っていなければ部下はその上司に従うことはありません。 会社における社員教育もまた、優れた人格を持つ賢者が行動で示すことが求められるようです。
質疑応答の答えの中で触れられたことですが、丹羽氏がもっとも嫌いなものは、「 汚い 」 「 ウソ 」 「 いやしい 」 と呼べる行為や態度だそうです。 これらの言葉は、丹羽氏が社長時代に掲げた伊藤忠のスローガン、「 清く、正しく、美しく 」 の逆の言葉であることに思い至りました。 この「 清く、正しく、美しく 」 は、よく考え見れば、まさに、あるべき人格の特質を述べたもので、丹羽氏がビジネスの上で人格を極めて大切にされていることを、改めて深く理解できた2時間だったように思います。
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政治家の先生方、あんまり何年も政治家をやってると、
「 染まりますよ 」
・・・あっ・・・、もう遅いか・・・。
丹羽さんは、「 地方分権改革推進委員会 」 の委員長をおつとめですが、官僚や政治家をどんな目で見てらっしゃるのか非常に興味があります。
先週も、テレビで経済関連の2氏が討論していた後に出られ、
「 なんだかどちらも全否定か全肯定でね・・・、しかし世の中ってそういうもんじゃないですからね・・・ 」 と仰られていました。 これは当たり前のことですが、この感覚、政治家や官僚の全ての方々に備わっているかといえば、なかなかそうとも云えないのではと思います。
「 バランス感覚 」
この言葉、ここ2年くらいの間にとっても気にするようになりました。
京セラ名誉会長の稲盛さんは、
『 経営者は、バランスの取れた人間性を持たなければならない。 ただし、それは、中庸という意味ではない。 ひとつの人格の中に、相反する両極端をあわせ持ち、局面によって正常に使い分けれられる者こそが、バランスのとれた経営者なのだ。 』
こうお話をされています。
これは、経営者でなくとも、人を率いる立場の人間には絶対に必要な要素なのではないかと思うのです。
議員というのは主権者である国民の代表と云われますが、今、そんな議員の先生、いったい何人いるでしょう。 何とか業協会に推してもらったので、関連の予算を引っ張って・・・とか、そこから献金を受けて・・・とか・・・。
これで果たしてバランスが取れていると云えるでしょうか。
しがらみ、しがらみ、しがらみ・・・。
全てとは云わなくても、多数の議員がこんなだったら、どう考えてもまともな政治なんてできないはずです。
それで犠牲になるのは誰ですか?
「 清濁併せ呑む 」 という言葉もありますから、きれいごとばかりで済まないこともまた事実です。
しかし、ものには程度というものがあります。
丹羽さんはよく、「 良識 」 という言葉も口にされますが、まさにそれでしょう。 何を行うにも、基本にその 「 良識 」 があってこそではないでしょうか。
自身(自社)だけがよければという考え方では、絶対に日本(個人も自治体も)は衰退すると思います。 これはきれいごとではないでしょう。
政治家の先生方も、官僚の皆さんも、いかに自分のいる世界が狭く、限定的なものであるかということを自覚しながら、仕事をしていただきたいと思います。
