つまさきだけでも明日へ向けて~わたしがわたしであるために~

東京都知事 石原慎太郎氏エッセイより

 「内政への干渉を排せ」
 2005年11月7日 


 最近、ある人に教えられ関岡英之氏の 「 拒否できない日本 」 なる著書を読んで、今日の日米関係の本質を改めて認識し愕然(がくぜん)とさせられた。 国政を離れて久しいせいで、あの後ことがここまで進んでいることは知らずにいた。 知っているのは政府当事者だけで、彼等もそれを良しとはしないのだろうからことは表面では巧みに隠されているが、実態はあの後はるかに深刻なものとなっている。
 あの後とは、私が議員時代自民党が金丸信なる悪しき実力者の君臨の下経世会に支配され、その後体よく自民党を割って飛び出し新党を作って転々し今は民主党のフィクサーとして在る小沢一郎がその配下として幹事長を務めていた頃、日本はアメリカから構造協議なるものを持ちかけられ内需の拡大という美名の下に貿易を抑制し国内で無駄な支出を重ねることで国力を衰弱させよという圧力に屈した後々のことだ。 大体、「 構造協議 」 などという二国間協議のもっともらしい名称は国民の目を憚(はばか)るために日本の役人たちが改竄(かいざん)したもので、相手側の原文はストラクチュラル・インペディメンツ・イニシャティブ(構造障壁積極構想)、その 「 積極性 」 を持つ者は当初からアメリカということだ。 それを当時の政府は国民への体裁を考慮し敢えての改訳を行った。 そもそもこうした経済会議はOECDとかWTOといった汎世界的な協議機関で論じられるべきなのだが、他の先進国たちも相手が日本なら放っておけということでアメリカの非を唱えはしなかった。
 その場でアメリカが持ち出した要求は二百数十項目にも及ぶ内容で、中には日本の実情を無視した荒唐無稽(むけい)なものも数多くあった。 それに対して私たち有志の勉強会 「 黎明の会 」 は日本としての対案を百四十項目作って相手にぶつけさせようとしたが、その提案を申し込んだ自民党の最高議決機関の総務会を小沢幹事長は会期末に意図的に三度続けて開かずに封殺した。 仕方なしに他に場所をもうけ、外国人記者クラブでもその案を発表したが、当時の日経連会長の鈴木永二さんにこんな良い案の発表が遅すぎると叱(しか)られたものだった。
 しかしその後金丸、小沢体制下の自民党政府はさらに、向こう八年間に400兆の公共事業を行って内需を刺激せよというアメリカからの強い要請を丸呑みして、結果としてそれを上回るなんと430兆の公共事業を行ってのけたのだった。 その結果夜は鹿か熊しか通らぬ高速道路があちこちの田舎に出来上がった。
 その因習がそのまま今も続いているということを関岡氏の著書で初めて知らされた。 それはこの日本に毎年アメリカから 「 年次改革要望書 」 なるものが送られてき、日本はそれを極めて忠実に履行してきているという事実だ。 そしてそれに対して、かつて私たちが行ったように日本側から相手に対する要求が実行されているということは殆どない。
 間もなくこ11月に定例の要望書は日本に突きつけられる。 その内容は従来アメリカ大使館のホームページに日本語で記載されている。 こうしたアメリカ側からの要求に対して、日本の政党なりの一部たりとも国会議員が反論したり、日本側からの要望を対抗案として行ったという話を聞いたこともない。 これは国会の卑屈、政治家の無知怠慢としかいいようない。
 BSEの牛肉問題に限らず、アメリカからの強硬なもろもろの要求に対する日本からの反論は当然あるべきだろうが、その具体的事例を耳にしたことはほとんど無い。 そうした状況の内に驚くほど多くの事例がアメリカ側の利益を満たすために一方的に講じられてきた。 早い話、一時期の流行言葉だったビッグバンとかいう金融開放が、歴代財政にとても明るいとはいえぬ派閥の領袖なり代表としての大蔵大臣の口から唱えられ実現され、結果として日本の金融財政はアメリカの金融資本禿鷹(はげたか)ファンドにかき回され蹂躙(じゅうりん)されるに至っている。
 私が議員でいた頃から、アメリカの財務省は日本の大蔵省を、国防総省は防衛庁を彼等の日本支局と口にして憚らなかったが、それを如実に裏づけるものが毎年一方的に送りつけられてくる 「 年次改革要望書 」 の履行に他ならない。
 日本側にも国際的に見て不合理なしきたりや規制もあろうが、その改正合理化を求めるのはアメリカ一国ではなしに既存の国際機関であるべきに違いない。 しかるにあくまでバイラテラルに行われている改革要望なるものは、結局かつて行われた構造協議という虚名の下の重圧と本質的にどう変わりもしない。
 ちなみに 「 年次改革要望書 」 の優先分野は通信、金融、医療機関、医薬品、エネルギー、住宅、裁判制度にまで及び2001年以降は住宅が消されている。 つまり国産の材木を見殺しにしてアメリカ産の木材の多量輸入のために日本の政府は建築基準法を変え、「 定期借家権制度 」 の導入、「 住宅性能制度 」 の導入など一連の規制改革を行ってきた。 こうした改革の因果関係については、国会に限らず日本のメディアは不思議なほど沈黙し続けている。
 靖国に関する中国や韓国からの非難も日本国の芯部に関する内政干渉だが、アメリカのこうした執拗(しつよう)な一方的改革要望も内政干渉以外の何ものでもあるまい。 せめて国会はこの事実について国益を踏まえての議論を持つべきに違いない。

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 (年次改革要望書について)

 現在の日本は、「 今日の世界の国際関係のなかで、きわめて異常な国家的な対米従属の状態 」 にあります。 軍事・外交だけでなく、日本の経済にも、アメリカの世界戦略とアメリカ独占資本主義の利益のために、従属の強い鎖がかけられています。 
 それを象徴的に示しているのが、「 年次改革要望書 」 (正式名称・日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書)です。
 これが始まったのは1993年のクリントン大統領と宮沢首相との首脳会談でした。

 その仕組みとは、

 (1) 毎年秋に、日本の政治・経済のあり方について、アメリカが文書で注文をつける。

 (2) その注文書にそって、日本政府がその実施方を検討し、実行に移してゆく。

 (3) その実行状況をアメリカ政府が総括し、翌年春、その成果をアメリカ議会に報告する。

  というものです。 まるで、部下が上司から指示をうけ、その遂行状況を点検されるようなものですが、こういうシステムをつくることに首脳会談で合意してしまったのです。

 このシステムは、いまでも確実に動いています。 毎年秋になると、アメリカ政府から 「 要望書 」 という形で、アメリカ側の要求一覧が届きます。 日本政府はこれを受け取ると、これは農水省の分、これは経産省の分というように仕分けして各省にくばり、担当の省庁がその対応策を研究して、できるものから実行に移してゆく、その進行状況を日米の担当者が定期に集まって点検し、翌年3月には、アメリカ政府がその全成果を 「 外国貿易障壁報告書 」 にまとめて議会に報告、日本との間で、貿易の壁を打ち破るうえで今年度はこれだけの成果をあげたと、実績宣伝をするわけです。

 このシステムが、合意の翌年94年から始まり、続いています。 「 郵政民営化 」 も、このシステムを通じて要求されました。

 年次改革要望書を緻密に分析すれば、そこに書かれている内容が、数年後にほとんどそのまま実行されていることに気が付きます。このような重大な書類はすでに要望の相互交換などというものではなく、アメリカからの一方的な内政干渉的な取り決め文書であることを示しています。

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 驚きましたね・・・。

 マスコミにもほとんど内容が出てこないこの 「 年次改革要望書 」 (政府・自民党からの圧力がすごいらしい・・・)
 アメリカ大使館のホームページで読むことができます。

 もう 「 微に入り細に入り 」 です。
 確かに、これに書かれていることが実現しています。

 昨年も10月15日付でこの文書・・・「 指令書(?) 」 が日本にやってきました・・・。
 5~6年先の日本は、だいたいこんな感じになってるのねとイメージができるかも・・・。

 しかし・・・、これって・・・、

 どう考えても 『 内政干渉 』 だろ~!?

 日本って、独立国家だったよね。

 これじゃ、パートナーじゃなくって、「 手下 」 ・・・。

 敗戦の尾って、ここまで長々と引きずらなくちゃいけないですか・・・?