丹羽 宇一郎 氏 (伊藤忠商事 取締役会長、内閣府地方分権改革推進委員会 委員長)
JSTサロン東海(2008年10月10日、JSTイノベーションプラザ東海 主催)講演から
「 人と技術しか日本の再生はない 」
今世界中が注目している金融危機の根源は1971年のニクソンショックにさかのぼる。 米国は金とドルの交換を停止、以来、担保の裏付けのないドルが動き出したことからすべてが始まっている。 70年当時の資料を見ると、人々が汗水垂らしてつくり出すものの価値の指標であるGDP(国民総生産)は、米国では約1兆ドルだった。 その当時、ニューヨーク証券取引所の株式時価総額は6千億ドルだから、株式時価総額はGDPの60%くらいだったということだ。 しかし、その後、担保なき紙幣(ペーパーダラー)や担保なき紙の金融資産が非常な勢いで拡大する。 米国のドルが世界中を動き回る事態になり、金融資産が実体経済から遊離した形でどんどん拡大していくことになる。 この遠因はニクソンショックにあった。 そして、いまや世界中の外貨準備高、資源・農産物の価格、債券もほとんどドルに支配される事態となってしまった。
10年前、世界のGDPは30兆ドルだったが、今は50兆ドルに増大している。 日本のGDPは10年前は約5兆ドルだから16%を占めていたことになる。 10年後の今も相変わらず約5兆ドルだから米国に次いでナンバー2の座は保っているが、世界に占める割合は約10%に落ちている。
一方、金融資産は10年前は世界全体で50-60兆ドルだった。 しかし、上海、香港、シンガポールなどアジアの株式市場の勢いが高まり、また、英国が立ち直り、さらに、アイスランドやアイルランドといった小国が金融産業を中心に1人あたりのGDPで日本を抜き去るなど相当な勢いで伸びた。 この結果、世界の金融資産はとんでもない勢いで伸び、2006年に実に約180兆ドルに膨れあがっている。 今は150-160兆ドルだろうが、とにかくこの10年で予想もつかなかった大きさに膨張した。 株式時価総額はおおよそ金融資産の40%を占めているので、株式時価総額だけで約60兆ドルに達していたことになる。 世界の実体経済、つまりGDP約50兆ドルに対して、株式時価総額だけで120%もの額に膨れあがったということだ。 実体経済と貨幣経済の乖(かい)離が10年前と比べると非常に大きくなっている。
実体経済は約50兆ドルなのに、貨幣経済は2006年に実に180兆ドルに膨れあがってしまった。 このまま金融資産が200兆ドルあるいは200数十兆ドルになる、といった予想もつかない膨張がこれからも続くだろうか。 しかし、どんどん増えるドルをだれが吸収するのか。 供給がむちゃくちゃ多いのだから、どこかで破綻する。 もし、ドルが崩れたらどうなるのか、自分の会社の経営を考えただけでも大変気になっていたのだが、手の打ちようがないというのが現実だった。 世界中が 「 ドルの罠(わな) 」 にはまって、抜け出すこともできない状態になっている。
昨年、米国のサブプライムローンの問題が起きた時、日本では多くの人がこれは限定的な現象だといっていた。 しかし、これはえらいことになるかもしれないと思った。 サブプライムローンというのは住宅価格が永遠に上がるというのが前提になっているからだ。 払えない可能性がある人の住宅に金を貸したわけだから、案の定、住宅価格が下がった途端に金を返せなくなった人がどんどん出てきた。 この影響が欧州にも広がり、いまやどこまで広がったかも分からず、だれも信用できなくなっているというのが現状だ。
信用をベースに成り立つ貨幣経済が信用を失うとどうなるか。 銀行同士も信用できなくなり、銀行間取引がほとんどゼロになってしまっている。 ドルの供給が干上がってしまった。 FRB(米連邦準備制度理事会)が直接銀行に貸すしか手がなくなっている。 新しい債券を作り出して商売している投資銀行は早々とビジネスモデルが崩壊してしまった。 債券をベースに短期資金を借り、長期資金を貸してその利ざやでもうけていたわけだから、債券そのものが暴落したらどうにもならない。 だれも金を貸してくれなくなるから、まず投資銀行からつぶれるということだ。 このようにサブプライム問題を契機に金融の根幹が崩れてきた。 貨幣経済の信頼が揺らいだということが世界経済にとって一番の問題だ。
日本の問題は、財政の硬直化だ。 欧米の新聞にも「世界一の借金国」といわれている。 長期だけでもGDPの150%もの借金を抱えている。 欧米諸国は60-70%だ。 政府はこの借金のため金利を2%とすれば年間16兆円もの金利を払わなければいけない。 金利だけで6%の消費税に見合うものを払わなければいけないのに国民の多くは自分のことと思っていない。 今回の金融危機でも各国はいろいろな支援策を打った。 しかし、日本は打てない。 財政硬直化で経済の刺激策がとれなくなっているからだ。
さて、このような事態から回復するにはどれくらいの時間がかかるだろうか。 簡単ではない。 ただ、実体経済、金融資産経済、貨幣経済の比較を歴史的に見ればたいしたことではないとも言える。 米国を例に取ると、ITバブルの時期にニューヨーク証券取引所の株式時価総額は、GDPの120%に膨れあがり、バブルが崩壊すると70-80%まで落ちた。 そして今度は住宅バブルが始まり、米国のGDPは14兆ドルを切っていると思うが、株式時価総額は暴落前には15兆ドルを超え、実体経済であるGDPの110-120%くらいまで膨張していた。 バブルがはじけたので恐らく再び70-80%に下がるだろう。 このようにバブル-崩壊-バブル-崩壊を繰り返し、そのたびにもうける人もいれば損をする人もいるということを繰り返しているわけだ。 今は住宅バブルの崩壊時期になっている。 膨張したところはそれに応じて縮小せざるを得ない。 そう考えれば驚くことはない。
では、日本人はどうすればよいのか。 私の考えは簡単だ。 いつも原則に戻れ、原点に戻れ、ということだ。 経営の原則、原点とは、慎ましく、おごることなく着実に働くこと。 それだけだ。 そもそもこうすれば絶対によくなるなどということは世の中にない。
長期的視点に立てば、日本には教育と技術しかない。 日本の先生たちが30数年かけて研究してきたことが評価され、ノーベル賞を受賞されたことは大変立派なことだ。 基礎科学は大事だ。 基礎科学のために大学や研究機関に国が1千億円、2千億円を使えば相当なことができる。 日本は高等教育に国が出す金は1けた少ないと声を大にして言いたい。 欧州と同じだけ出していたら欧州にも米国にも勝てない。 人の倍はやらないと勝てるわけがない。 日本の再生のためには、人と技術しかないということを最後に強調したい。
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誰でもいいから、「 教育の再生 」 をやっていただきたい。
結局は 「 ひとづくり 」 これに尽きてしまう。
戦後60年、日本は何を得、何を失ったか。
その、失ったものを取り戻すことはできるのか。
できるとして、
いったいどれほどの時間がかかるのか。
でも、
やって欲しいし、私も何かをしたい。
