丹羽宇一郎さんのお話です。
(聞き手)金融機関をはじめ欧米そして世界の企業は、これからサブプライムに関連する様々な負の遺産処理を迫られてくると思われます。かつて不動産投資で財務基盤を傷めた伊藤忠商事を再生すべく陣頭指揮した経験を持つ丹羽さんにとって、これから企業のリーダーが心がけておくべきことは、どのようなものがあるでしょうか。
まず、今回のサブプライム問題で言えるのは、人間というのは同じような過ちを、歴史的にも何回も繰り返すということです。 米国人だろうが日本人だろうが、成功、失敗、成功、失敗を繰り返してきました。
それは人間の心の持ち方というものが、非常に大きな影響を与えています。 つまり強欲。世界のどの国を問わず自己愛、自己中心的になり、高い志は消失していきました。 これらのことが重なって、今回の国際的な金融危機というものを生み出してきたのです。
サブプライム問題で巨額の損失を計上したスイスのUBSが、今春に出した 「 Shareholder Report on UBS's Write-Downs 」 という50ページの報告書には今、私が申し上げた趣旨のことが書いてあります。
自分たちの心にすきがあり、リスク分析を怠った。 本来は自ら債券を抱えず、取り扱い手数料を得るべきものを、自ら保有してしまった。 人事給与体系が成果主義一本だったため、社員は後にどんな資産が残るかなどほとんど気に留めず、自分の給料をいかに上げるかに、もっぱらエネルギーを注いできた――。
今回の金融危機で破綻した海外の金融機関を買い取った日本の金融機関が、おそらく最も困っているのは、社員の報酬でしょう。 彼らは高度な金融工学の知識を持ち、新しい商品を生み出してきたことに自尊心を持っている。
本当は、これだけのリスクを残したことをまっさきに反省し、その報いも受けなくてはならないのに、いまだに高い給料をもらおうとしているわけですよ。 私だったら即刻、 「 給料を半分にしてしまえ 」 と思うんだけど、そうするとその社員は逃げてしまう。 そうなると、人が資産の会社だから、何を買ったのか分からなくなってしまう。
私だったら、逃げる者は逃げても構わないと思う。 本当に、彼らの能力で儲かったとは思いません。 リスク分析に甘く、イケイケどんどん環境だったからで、知能が優れていたわけでも、どこそこのMBA(経営学修士)を持っていたからでもない。
(聞き手)どうしてリスクに甘くなるのでしょうか。
リスクを置き去りにし、儲けのみで評価する成果主義がはびこっていたからでしょう。 本来、リスクのない商売などありません。 儲けと共にリスクを最小化する努力を怠っていなかったか、総合的に評価しなくては不十分なのです。
以前、伊藤忠がオーストラリアの不動産投資を持ちかけられた時、こんなことがありました。 あるところから、「 ビルの建築費用、借入金利、テナント料から考えると、儲けはこうなります。 テナントは確実に入りますからリスクはありません。 ですから投資しましょう 」 と持ちかけられました。
一度はうまい話に乗せられそうなったのですが、踏みとどまりました。 どこかおかしいはずだと。 当時のオーストラリアはオリンピックの前でビル建設が続いていました。 実際、現地に行ってみると、たくさんビルが建っている。 これだけ建設されているけど、人口が急拡大しているわけでもなく、いったい誰がビルに入るのか、と思う状況でした。
現地のビル建設ラッシュの裏には、ある著名なアナリストリポートがありました。 「 需要から比べると供給不足だから、今作るのはチャンスだ 」 という趣旨のものです。 そのアナリストリポートを皆、自分だけが入手したと思っていたのですが、実はあちこちに出回っていたのです。
それを見て、皆が一斉に建設に走れば合成の誤謬、不動産価格の暴落は避けられません。 こうした落とし穴などは、商売するうえでどこにもあるものなのです。 しかし、目先の儲けに目がくらむと、現地に行って、少し調査すれば分かるようなことも、見落としてしまうのです。
サブプライム問題は、儲けだけで評価する成果主義の下、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)という保険もあるのだから、リスクはあっても目先の利益を実現すると、人々を駆り立てたことから起きたのです。
(聞き手)実体経済の枠を超えた需要を作り上げてしまった。
それこそ実体のないマネーの膨張が、こうした状況を生み出しやすくした。 世界の通貨は、1971年にスミソニアン協定が結ばれ、それまでの基軸通貨固定相場制、金の交換取引が崩れてから、ペーパーマネー、要するに金の裏打ちのないドル紙幣が世界中に流通するようになった。 それによって、巨大な虚構の世界が作られてきたのです。
80年代半ばにはロンドンで金融ビッグバンが起こり、91年にソビエト政権が “ 自壊 ” し資本主義の独走が始まると、この無から有を作り上げる動きは加速していきました。 その中核になったのが住宅です。
とにかくドルが余って、誰かに貸し付けないといけないということで、大した収入や資産を持たない人々にも貸し付けた。 こうした人々は手に入れた住宅がたまたま上昇していたから、住宅を担保に借金をして消費に回していた。
心に留めるべきは、このサブプライムが築いた虚構の世界は日本も無縁ではない、ということ。 私に言わせると、日本は米国とワルツを踊ってきた。
日本は10年以上も金利を低水準に抑えてきたために、低金利の円を調達して海外に投資するいわゆる円キャリー取引を許してきた。 低コストの円によって米国に膨大なドルが注入され、米国の貿易赤字を埋め、住宅担保ローンなど米国人の浪費を許してきたのです。
一方で、余ったドルはファンドなどが日本株に投資してきたこともあり、日本株の6~7割は外国人が保有する状況でした。 日本はサブプライム問題の被害者だけではなく、加害者としての側面も持っているのです。
円キャリー取引は外国人に限らず、家庭の主婦をはじめ日本国中が参加しました。 昨今の急激な円高の進行は、円キャリー取引の逆流が起きたのです。 円の独歩高は、貿易収支や財政の要因もありますが、日本国民が皆、慌てふためいて戻していることも大きいのです。
(聞き手)今回の金融市場の動揺は、いつ終息するのでしょうか。
もうそろそろ終わりでしょう。 なぜか。 このバブルがはじける前までは虚構の経済と実体経済の乖離が3.5倍もあった。 それが、今回の下落でおそらく50%は縮まり、実体経済にかなり接近してきた。
最近のIT(情報技術)バブルなど過去の事例から、株式の時価総額で言えばGDP(国内総生産)の6掛け、7掛けぐらいまで株が落ちれば、だいたいバブルはほぼ整理される。 後は実体経済がどこまで傷んでいるかによる。 PBR(純資産倍率)で見ても、解散価値の1倍未満の会社が上場会社の8割も占めたような事態は、明らかに異常ですよ。
(聞き手)実体なきマネーの膨張は金融市場以外にも、様々な影響を世界に広げています。
経済格差、所得格差をますます拡大させた。 米国の企業ではトップと一般社員の給与の差が1000倍、500倍と広がった。 中間層はどんどんワーキングプアの方に落ちてきた。 そして今回も、おそらくこの中で儲かる時は金持ちが儲かる、損をする時は貧乏人が損をする。
だから今回も世界的に見ても、各国の中においても、一番被害を受けるのは貧乏国です。 パキスタンやアフリカ諸国などWFP(国連世界食糧計画)で支援しなくてはならないようなところが、一番被害を受けるのです。 南アフリカ共和国は通貨が大暴落していますね。
今回の金融危機で我々が気にしなくてならないのは、世界の貧しい人たちが実は、最も大きな被害を受けてしまうこと。 私も関与していますが、WFPにかかわるチャリティーは今まさに必要な活動なのです。
(聞き手)日本政府が追加経済対策で、「 生活支援定額給付金 」 (仮称)を全世帯に配布しますね。総額は2兆円規模になります。
国内消費を増やすことで、景気を上向けようということなのでしょうが、皆さん何か欲しいものはありますか? 日本でも格差問題はあります。 本当に困っている方もいらっしゃるでしょう。 しかし、なんだかんだ言って、「 自分は豊かだ 」 とか思っている人が圧倒的に多い。
こんな状態で、お金をばらまいたって誰も喜びませんよ。 ワーキングプアで、所得が年間200万円以下の人々が求めているのは、お金ではなく、自尊心を持って働ける場です。 「 働きたいのに働く場がない 」 だから怒っていたり、困っているわけです。
今回の政府の対策は、そういう人たちに 「 5万円給付するから頑張ってください 」 と言っているモノです。 私だったら、「 俺をなめるな 」 です。 雇用の問題で言えば、中小企業がつぶれそうになった時に、雨が降っているから傘を取り上げるような金融機関が出てきてしまうから、黒字倒産が起きている。 そうしたところへの対策が重要なのです。
(聞き手)では健全な金融機関にも公的資金の投入は必要なのでしょうか。
10年前に日本で8000億円の公的資金を投入する際に、大きな問題になりましたが、今回は何兆円もの公的資金がたやすく投入されているのは隔世の感がある。
国家が管理や保有する銀行が増えることは、やはり資本主義のよさを排除していくことになると思うので、これは非常にゆゆしきことですね。
行き過ぎた資本主義の独走をチェックしていく意味で規制は必要でしょうが、本来から言えば、おのおのの経営者が自ら考えること。 国家があれもこれもと出ていくと、禁酒法を作ると法の網目をかいくぐる悪人が出てくるのと同じです。
ですから、無茶をすれば、国民が許さないという社会にすべきなのです。 情報開示、透明性の向上、社会に対する説明責任の堅持と、この3つの原則を徹底させる。 政府がいちいち規制するものではありません。
公的資金にしろ、経済対策にしろ、我々がしっかりと踏まえていなくてならないのは、政府のお金ではなく、国民のお金を使っているということを徹底させるべきです。 自分のこと、自国のことだけを考え、他人や社会、他国のことを忘れてしまうから、バブルを生み、富を偏在させ、規制を肥大化させてしまう。
自立と責任ある行動を忘れると、その報いがマイナスの形で返ってくることを、今回のサブプライム問題から我々は学ぶべきです。
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私にとっては、本当に良い教科書です。
世の中の仕組みを知ると、ビックリしたり幻滅したりすることが多いですが、だからといって投げやりに生きるのは間違いです。
来年も、学びながら1歩1歩前へ進みたいと思っています。