どうしてこんな人生になったのかなぁ・・・
私は何をしてきたんだろう・・・・

ただ、一生懸命生きてきただけなのになぁ・・・

若い時代も将来への不安、人生への不安はあった
でも、未来がある事を救いにしてきた

資産より
働けばいいじゃん、稼げばいいさ

結婚
いつかできるかも知れないし

これから いつか 

という未来に

なんとかなるさ
と思えた

でも50代半ばにもなると
その未来が救いにならなくなってきた

資産・・・
いくらあればいいの?
もう稼げない
自分が元気でも世の中の需要はなくなる
もう転職も無理だろう
収入が得られない時が来る

結婚
もうできない
出来る人も居るかもしれない
でも現実的ではない

一人の老後
保証人も居ない
資産もない
収入もなくなって
私はどうやって生きていくのだろう・・・・

結婚もせず
家族を作る事もせず
家も買わず
なんて馬鹿なんだろう
どうしてこんなダメな人生を

送ってしまったんだろう

一生懸命生きてきただけなのに・・・・

辛いけど
その辛さから抜けるには
向き合うしかない

まずは
自分が不安や悲しみを感じている事を
吐き出す(書き出す)
自分がとても悲しみ、痛みを感じている事を否定せず
私は今、どうしようもなく辛いのだと認識する
そして自分をいたわる

鉄分やビタミンBやマグネシウムや
足りない栄養素を補う事も
向き合う為のいたわり

そして
客観的にその辛さは
事実なのか
妄想なのか
考えてみる

過去のダメな人生への後悔
これは事実か?
その時その時、一生懸命生きてきた
さぼった事もある
頑張らなかった事もある
でも、ダメな人生だったという事はなく
一生懸命生きてきた

だから「ダメな人生」は

事実ではない


じゃあ何がダメで

何が苦しいのだろう

まだ来ぬ未来の自分が不安なんだ
体も年々衰えてきている
そんな中で
一人で、仕事もなくなって、財産もなく
住む家もなくなってしまう
だれにも頼る事も出来ず
一人生きる未来の私

孤独な老人、困窮する老人

のニュースが目につき
自分もこうなるのかとおびえる


ぜ~んぶ妄想
まだおきていない私の妄想

現実になるかもしれない
けど
ならないかもしれない
少なくとも
今の現実ではない

起きていない

未来の妄想に

苦しむ自分を

今の自分に置き直す


少しずつ

少しずつ

自分を取り戻し

未来の自分を想い

今、出来ることをしよう



 

くもりなのに・・・花粉がキツイ・・・
花粉症と自覚してから5年ぐらい?
最初の年が一番ひどくて
段々と軽くなってる?
ぐらいに去年のシーズンまでは思ってたけど

今シーズンは過去最強かも・・・
スギに加えてヒノキもあるので
毎年5月・6月ぐらいまではグズグズ・・・
今年はいつまで続くだろう・・・

花粉のせいかは定かではないけど
睡眠にも支障が・・・
寝つきもいいし、途中でもめったに起きないし
寝覚めも良い
睡眠は有難い事に悩みはない
はずだったのに・・・

この数カ月
3時台や4時台に目が覚める
覚めているけど
目は開けないようにして(笑)
7時までは寝るようにしている

昼間眠くなるとかは
ないけど

午前中、目眩がする事が多い・・・
はぁ~

シャキッとしたい!
何か良い方法はないかなぁ~
 

2年ぐらい前まで
毎朝の瞑想を凄く大事にしていた

でもこの2年ぐらい
あまりしたい
と思わなくなってしまい

したいな

と思う時だけしている


私が瞑想するのは
リラックス
というのもあるのですが
むしろ
自分の心と対話する時間
という感じ

どのくらい前からかは
もう定かではないのだけれど
多分4年ぐらい?もっとかなぁ

瞑想していて
良く浮かぶ言葉があった

「あなたには、あなたの道がある」

ずっとこの言葉の意味は
 悩んでいても、迷っていても、不安でも
 私には私の道があるんだから大丈夫
 他と比較せず、私にだけの道はあるんだ
と自分を励ますメッセージとしていた

この言葉は繰り返し浮かんでいた

最近の瞑想で
またこの言葉が浮かんだ
そして映像が浮かんだ

明るい道に立っている?っていうか

歩いている?っていうか

そんな人影

そして思った
あなたにはあなたの道がある
の意味は

あなたはあなたの道に居る
そう
既に私は私の道に居るんだ


これまでは

これでいいんだろうか?
私はダメだったんじゃないか?
そんな不安に陥る時

私には私の道があるんだから大丈夫
と意味づけて励ましていた

でもどこか不安だった

 

道があるから大丈夫

私の道は今はまだない

という意味にもなり
どこか不安だった

でも
私は既に私の道に居る

私は私にとっての幸せな道に
既に居たんだ
と思えた

そして別に日の瞑想で
その道の先に見えるものがある
こんな言葉と
トンネルの先が明るくなるような映像が浮かんだ

この言葉は私にとって
私はこの私の道を一生懸命進めばいい
目の前の、足元の日々を
一生懸命進むことで
その先には私にとっての幸せがある


その幸せが何か?
なんて知らなくていいんだ
進んだ先に必ず見えてくるんだ

そんな風に思えて
嬉しい気持ちになった

なんだか50を過ぎて
ようやっと
自分の歩いている人生を
自分の足で歩いているような
そんな実感を持てたような気がした

 

(^^;)