過食したときにちょっとだけ吐く程度・・・


そう決めたはずの嘔吐がエスカレートしていくのに、そう時間はかからなかった。


過食したときだけだったはずが、

少しでも食べ過ぎれば吐かずにはいられなくなり、

次第に夕食後は毎回吐くようになった。


胃の苦しさをとる程度に吐いていた量が、

食べ過ぎた分を全て吐かなくては気が済まなくなり、

最終的には胃の中にある全ての食べ物を出し切って、胃液まで吐くようになっていた。


ここまで徹底的に吐くためには、かなりの時間が必要だった。

軽く2時間はかかった。

毎日毎日、夕食後に2時間もトイレにこもっていては、

家族がおかしいと思わないはずがない。


家族・・・特に母には絶対に知られたくなかった。

「自分で吐いている」という異常さを知られたくない、というのもあったが、

それよりも嘔吐を止められるのが何より嫌だったからだ。

娘が吐いていると知ったら、どんな母親だって止めさせようとするだろう。

私の母も、きっと何としてでも嘔吐を止めさせようとするに違いない。

そんなことをされては困る。

せっかく見つけた「太らない方法」を取り上げられてしまったら、

私はまた、あの太る恐怖に毎日毎日怯えなくてはならない。

あんな日々には、絶対に戻りたくなかった。


母には知られてはならない、絶対に・・・。

何が何でも、隠し通さなくちゃ・・・。


だから、私はあらゆる手段を尽くした。


朝、家族が起きてくる前に、私は2リットルの空のペットボトル3本に水道水を入れ自分の部屋に隠した。

夕食後に嘔吐するとき、家族の前でがぶがぶ水を飲んだら怪しまれてしまう。

だから、朝のうちに水を確保しておくのだ。


洗面器も用意した。

家族全員が使うトイレを、2時間も一人で占領するわけにはいかない。

私は、自分の部屋で洗面器に嘔吐し、嘔吐物で洗面器が一杯になると、それをトイレに捨てに行き、空になった洗面器にまた嘔吐する・・・これを3回程繰り返した。


自分の指を喉に突っ込む代わりに、箸を使うようにした。

世間では

「吐いていると『吐きだこ』というのが出来るらしい」

ということが、医療関係者だけでなく、一般人の間でも知られるようになっていた。

このまま自分の指を使って吐いていたら、「吐きだこ」が出来るのは時間の問題だ。

そんなものが出来てしまったら、母だけでなく、友人や見ず知らずの人にまで私の異常な行動がバレてしまう、と思ったから。


嘔吐する時間帯も重要だった。

胃にある食べ物を少しでも消化するのが嫌だった私は、夕食後一刻も早く自分の部屋で嘔吐したかった。

けれど、夕食の後片付けも手伝わずに部屋にこもっていては、母に注意されるのは容易に想像ができた。

だから、私は胃の内容物が消化される恐怖に耐えながら、母の手伝いをしてから自分の部屋に行った。

毎日部屋にこもっていては怪しまれるとも思ったので、夕食後時間が経つのをひたすら待ち、家族が寝静まってから吐くこともあった。

夕食後から嘔吐まで時間がかかればかかる程、消化されてしまうと焦ったが、母に知られないためには耐えるしかなかった。

これからも嘔吐し続けるためには仕方がなかった。

吐けなくなることを考えれば、

私は、消化の恐怖にだって耐えることが出来た。


こんな生活を2ヶ月ほど続けていると、

体重は面白いほどに減った。

夏前には、私の体重は49㎏位になっていた。

憧れの40㎏台だ。

とてつもなくうれしかった。


「私はもう、デブじゃない!」


天にも昇る気分だった。


体重が減るにつれ、嘔吐に対する罪悪感も後ろめたさも感じなくなった。


吐けばこんなに痩せられる・・・

吐いたって誰かに迷惑をかけているわけじゃない・・・

吐くのに苦しい思いをするのは、この私。

誰かを苦しめてるわけじゃない。

この苦しさだって、こんなに痩せられるなら、

私はいくらでも我慢できる。

いいじゃない、吐いたって・・・



吐いたって、別にいいじゃない。