無事に舞台『the soft container』が終わりました。


ご来場下さいましたお客様、雨の日にもかかわらずきていただけてありがたかったです。


初の大月侑さん作品

去年の『千と千尋の神隠し韓国公演』の時からお話をいただいて

そこから今年舞台実現に向けて動き出した企画でした。


今回の作品をやっていて、ずっと自分の中にあったのは、

「相手を受け取るには、どうやればいいんだろう」

ということでした。


僕は役者で、普段は台本があって、役があって、物語があります。


なぜこの人はこんなことを言うのか。

この場面で何を求めているのか。

相手との関係は何なのか。


わからないことがあっても、台本の中を探していけば、どこかに手がかりがあります。


でも今回は、それとは全然違いました。

テーマが

「皮膚」「境界」「分断」。


身体があって、紙があって、人形があって、影があって、言葉がある、


それらが目の前に置かれているけれど、

必ずしも「これはこういう意味です」という答えが用意されているわけではありません。


最初は、それがすごく難しかったです。

僕は意味を探そうとしてしまいました。


「これは何を表現しているんだろう?」

「お客さんには何が伝わるんだろう?」



考えれば考えるほど、わからなくなりました。


でも稽古を重ねていくうちに、

もしかしたら「わからない」という状態のまま、その場所にいることも一つの方法なんじゃないかと思うようになりました。


意味を理解してから動くんじゃなくて、

まず身体を動かしてみる。


紙に触ってみる。

人の身体との距離を変えてみる。

声を出してみる。


そうすると、自分が頭で考えていたものとは違う何かが生まれる瞬間がありました。


それは「こういう意味です」と説明できるものではありません。


でも、確かに何かを感じる。


今回、自分にとって一番大きかったのは、

意味がわからないものを、すぐに意味のあるものへ変換しなくてもいいのかもしれない、と感じられたことでした。


わからない。

気持ち悪い。

面白い。

怖い。

なんだこれ。


その感覚を、そのまま持っていてもいい。


まだ自分が知らない身体の使い方や、作品との付き合い方がありました。


今回、コンテンポラリーというジャンルで自分にとって慣れない場所に入ってみて、それを強く感じました。


もちろん最後まで、

「これでいいのかな」

と思う瞬間はたくさんありました。


たぶん今も、この作品のすべてを理解しているわけじゃありません。


でも、それでいいのかもしれません。


わからないものから逃げるのではなく、

わからないまま近づいてみる。


触ってみる。

動いてみる。

人と一緒にそこにいてみる。


すると、理解とは違うところで、何かと出会うことがあるかもしれない。


自分が普段立っている場所とは少し違うところまで行けた気がしています。


わからないものに飛び込むのは、やっぱり怖い。


でも、だから面白い。


またひとつ、

役者として知らなかった場所を知りました。


劇場のtheater,sweat,theater 赤羽岩淵駅から徒歩10分の劇場もとても素敵な場所でした。