今は写真を撮るには誰もがスマホのカメラを使うと思うが、ほんの10年前はまだアイフォンが普及し始めたくらいで、ガラケーからスマホへの過渡期だったと思う。だから写真を撮るには基本はスマホではなく、それと別でデジカメを使っていた。そのころの私は大学生でリア充な思い出を残そうと旅行とか断るごとのイベントにデジカメを持参していた。

データに残った写真や動画は機器やデータが破損しない限りは色褪せることなく当時のままの鮮烈さを保っている。そうあることを望んで自分もシャッターを切っていたわけだが、今になってその輝きをみると逆に自分の首を絞められているような感覚にも陥る。楽しかったころが判然としない記憶の中だけでなく、ありありと眼前に映し出されることで今生きている自分と画像の中の自分とのギャップに心乱されずにはいられない。二十歳そこそこに友人やバイト仲間と将来への不安も感じずにただただ輝く今を生きている青年と、未来を見つめないように、ただただ考えないように現実から目を背けているこの愚物は、本当に同一の存在なのであろうか。また10年後にはさらに光のない目でこの今のい自分を遠くから見つめている愚物が存在しているのだろうか。そうならないことを、自分の価値はまだ先にあるのだと信じて。