特許などの判決集 -3ページ目

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(後半1/2)

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(後半1/2)
 エ まとめ

(ア) 以上のとおり,消費者が無価値の使用済み品として廃棄した本件インクタンク本体を用いて被告製品を製造する行為は,新たな生産であり,本件発明1についての特許を侵害する。
 (イ) この理は,被告製品の製造に用いられた本件インクタンク本体が海外で初めて販売された場合も同様である。
 (2) 被告の主張
  ア 法律論-新たな生産か修理か
 
(ア) 特許権者が特許製品を譲渡した場合,当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばない(BBS事件最高裁判決)。したがって,当該特許製品を譲り受けた者は,その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができる。

(イ) 新たな生産か修理かの判断に当たっては,①当該製品の機能,構造,材質や,用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮し,特許製品がその効用を終えたといえるか,又は②当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換する等により,特許製品の同一性が失われたかを考慮する必要がある(東京地判平成12年8月31日特許ニュース10404号,10405号(以下「使い捨てカメラ事件判決」という。)。他にアシクロビル事件における東京高判平成13年11月29日判例時報1779号89頁参照)。
 イ 本件インクタンクの構造等について
 (ア) 原告の主張イ(ア)(本件インクタンクの構造)は否認する。本件インクタンク本体は,インクが消費されても物理的に使用可能であり,その機能,用途に何ら損耗はない。また,一般消費者も,後記ウ(エ)の詰め替え用インクを用いるなどして,容易にインクを詰め替えることができる。
 
(イ) 同イ(イ)(本件発明1の本質的要素)は否認する。インクの充填態様(構成要件K)は,本件インクタンクの構造に規定された必然的なものである。また,インクは,本件発明1の構成要件の1つではあるが,それ自体特許されたものではない。
  (ウ) 同イ(ウ)(原告の意図)は不知。
  (エ) 使い捨てカメラ事件との比較
 
a 使い捨てカメラ事件では,内蔵されたフィルムの撮影を終えた消費者が,フィルムユニット本体から撮影済みのフィルムを露光させることなく取り出すことは困難な構造となっていた。さらに,撮影後に現像所においてフィルムを取り出す際にフック等の連結部材が破壊される上,新たなフィルムを装填するために裏カバーを本体から外すと,フック,超音波溶着部分等が破壊されることから,使い捨てカメラのフィルムを入れ替えた上で裏カバーを再び装着した製品は,遮光性の低下など品質,性能が劣るものとならざるを得なかった(使い捨てカメラ事件判決参照)。
  b これに対し,本件インクタンク本体は,繰り返し使用が可能な構造になっている。
  ウ 取引の実情等について
 (ア) 原告の主張ウ(ア)(廃棄物)は否認する。(イ)以下の事実によれば,インクが消費されるとインクタンク本体が廃棄物になるといった社会一般の共通認識は存在しない。
 (イ) アンケート調査結果
 株式会社BCNの市場調査部門であるBCN総研は,平成16年4月,日本国内向けのウェブサイト上で,インクジェットプリンタ用インクカートリッジの利用者に対するアンケート調査を行ったが,その結果は,次のとおりである(乙3の1・2)。

① 使用後のインクカートリッジの処理について,家電量販店等に設置されているインクカートリッジ回収箱に入れると回答した者は全体の46.1%,インク詰め替えを行い再利用すると回答した者は4.4%に達している。

② リサイクルインクカートリッジを現在利用していると回答した者は全体の8.8%,現在は利用していないと回答した者は8.7%,利用意向においては,「是非利用したい」と「なるべく利用したい」と回答した者を合わせると,全体の33.4%に及んでいる。
  (ウ) リサイクル品の販売
 株式会社エコリカは,我が国の家電量販店を通じて,本件インクタンクのリサイクル品を販売し(乙4の1・2),他の多くのメーカーも,家電量販店やウェブサイト上で販売を行っている(乙5の1~10)。
  (エ) 詰め替え用インクの販売
 
a 本件インクタンク用の詰め替え用インクも,我が国において販売されている。これらの商品には,インクを再充填する際に必要となる注入孔を開けるためのドリル,注入孔を塞ぐためのプラグ等の付属品が付いたものもある。
  b 消費者であっても,簡単にインクを再充填できるし,そうして使用した場合でも,印字の鮮明度は純正品とほとんど変わらない。
 (オ) 使用済みインクタンクの回収
 a 使用済みインクタンクは,回収ボックス等で回収されている。
 b 無償で回収ボックスに投入する消費者は,それをゴミと考えているわけではなく,再利用される価値を有していると考えているからこそ,回収ボックスに投入している。
  c また,有償で消費者から使用済みインクタンクの回収が行われている例は,珍しくない。
  d 回収された使用済みインクタンクは,家電量販店等の事業者にとって取引価値を有し,専門的回収業者やリサイクル事業者に有償で譲渡されている。
  (カ) 海外における取引の実情

アメリカ合衆国及びドイツにおいては,インクジェットプリンタ用インクタンクのリサイクル品の販売は,我が国におけるよりも大規模に行われ,確固たる市場が確立している(乙1の1~4,2の1・2,6の1~10)。
  (キ) リサイクル促進法の制定
 近年,廃棄物の大量発生が深刻な社会問題・環境問題を引き起こしているが,リサイクル可能な物品のリサイクルを行うことは,社会全体にとって極めて有用かつ重要である。かかる観点から,資源の有効な利用の促進に関する法律(平成3年法律第48号)が制定され,平成14年改正後の同法は,再生資源及び再生部品の使用は企業を含む国民の責務である旨定めている。
 
エ 同エ(まとめ)は否認する。本件インクタンクの機能,構造,材質や用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮すると,本件インクタンク本体にインクを再充填する行為は,製品全体に比べ耐用期間の短いインクを再充填して製品の使用を継続するために必要な行為であり,被告製品は,本件発明1についての特許を侵害しない。
 4 争点(2)(製造方法の特許の消尽等)に関する当事者の主張
 (1) 原告の主張
  ア 法律論-消尽
  (ア) 物の発明の場合,新たな生産は特許侵害となるが,新たな生産か修理かの判断につき争いを生ずる余地がある。
  (イ) しかし,物を生産する方法の発明の場合,当該製造方法が特許として認められている以上,その実施行為が特許法上の製造に当たることに議論の余地がない。
  イ 新たな生産
 
(ア) 本件発明10は,特定の構成を有するインクタンクを用意し,これに特定の態様にインクを充填する工程から構成されているところ,被告製品は,これらの工程を新たに実施して製造されているから,本件発明10についての特許権侵害に当たることは明らかである。
 
(イ) 仮に製造方法の発明についても,新たな生産か修理かの判断が必要であるとしても,被告製品への加工が製造に当たることは,前記3(1)イないしエのとおりである。
  ウ 黙示の許諾について
  (ア) 後記被告の主張ウは否認する。
  (イ) 特許権の制限を消尽で考えるか黙示の許諾で考えるかは,言葉の問題にすぎず,考慮要素は同じであるから,いずれの考え方によるかで結論が異なることはない。
 
(ウ) 原告には,原告製品を最初に販売するに際し,将来その使用済み品を第三者の事業者が入手の上,再生して販売することを許容する意思は全くなかったし,黙示の許諾をうかがわせる事情は全くなかった。
 原告製品には,再利用を禁止する旨の明示の記載はなかったが,製品の包装には「キヤノン製使用済みインクタンク,BJカートリッジの回収にご協力ください。」との記載があり(甲9),使用済み品は回収されるものとして販売されていることが記載されている。
  エ まとめ
  (ア) 以上のとおり,本件インクタンク本体を用い,第2の液体充填工程(構成要件K’)等を経て被告製品を製造する行為は,本件発明10についての特許を侵害する。
  (イ) この理は,被告製品の製造に用いられた本件インクタンク本体が海外で初めて販売された場合も同様である。
 (2) 被告の主張
  ア 法律論-消尽について
 
(ア) 物を生産する方法の発明を実施して生産した当該物については,物の発明の実施品の場合と同様に,特許権者により適法に流通に置かれた時点で特許権は消尽し,それ以降その物には特許権の効力が及ばない。
 したがって,当該特許製品を譲り受けた者は,物の発明の実施品を譲り受けた者と同様に,その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができる。
 
(イ) 新たな生産か修理かの判断に当たっては,物の発明の場合と同様に,①当該製品の機能,構造,材質や,用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮し,特許製品がその効用を終えたといえるか,又は②当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き,これを新たな部材に交換する等により,特許製品の同一性が失われたかを考慮する必要がある(前記3(2)ア(イ))。
  イ 新たな生産について
 原告の主張イは否認する。
  ウ 黙示の許諾

(ア) 仮に物の生産方法の特許に消尽の適用がないとしても,特許製品が市場での流通に置かれる場合,譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等することができる権利を取得することを前提として取引行為が行われるから,その使用・再譲渡等に関する制約について特段の合意をした場合を除き,譲渡人は,譲受人に対し,目的物について有する使用・再譲渡等する権利を移転することを黙示に許諾したものである。
 
(イ) 本件においても,原告は,その購入者との間で,原告製品の使用・再譲渡等に関する制約について特段の合意をしないで販売したことにより,当該原告製品について有する使用・再譲渡等する権利を移転することを黙示に許諾した。
  エ まとめについて
 同エは否認する。

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(中)

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(中)


  (カ) まとめ
 以上のとおり,被告製品の製造方法は,本件発明10の構成要件をすべて充足しており,その技術的範囲に属する。
 2 争点
 (1) 原告製品の日本国内及び海外における販売により,物の発明である本件発明1についての特許は消尽したか。
 (2) 原告製品の日本国内及び海外における販売により,物の生産方法の発明である本件発明10についての特許は消尽したか。又は黙示の許諾があったか。
 3 争点(1)(物の特許の消尽)に関する当事者の主張
 (1) 原告の主張
  ア 法律論-廃棄品を入手して行うリサイクルと消尽論
 
(ア) 最高裁第三小法廷平成9年7月1日判決民集51巻6号2299頁(以下「BBS事件最高裁判決」という。)は,国内における特許権の消尽が認められる実質的理由として,「特許製品が市場での流通に置かれる場合にも,譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として,取引行為が行われるものであって,仮に,特許製品について譲渡等を行う都度特許権者の許諾を要するということになれば,市場における商品の自由な流通が阻害され(る)」,「特許権者が流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しない」と述べている。
 この判示は,消尽論は,通常の取引過程・流通過程を前提として,特許権が市場における商品の自由な流通を阻害しないための法理であることを示している。
 (イ) この法理によれば,使い捨て商品である特許製品の購入者が,その特許製品を使い切り,使用価値が無くなったと判断して廃棄し,資源回収のルートにゆだねた後に,その廃棄品を用いて行う製造が新たな生産として特許侵害行為となることは明らかである。よって,リサイクル業者の行為に関しては,新たな生産か修理かの判断はそもそも必要がない(角田政芳「リサイクルと知的財産権」日本工業所有権法学会年報22号98頁)。
 イ 本件インクタンクの構造等
  (ア) 本件インクタンクの構造
  a 液状インクは化学製品であるから,長く使いすぎると化学的変質や溶剤の蒸発による濃度変化を生ずる危険があるが,インクを使い切った後に再充填した場合,この危険が増大する。インクの変質は,プリンタの印字品質を低下させ,プリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生の原因となる。また,プリンタ用のインクは,各プリンタの設計に合わせ,その印字機構が最高の機能を発揮できるように独自の特性のものが使用されているから,インクが変われば,やはりプリンタの性能に影響し,故障の原因となる。
  b また,本件インクタンク本体は,それ自体,時間の経過とともに劣化する。
  c そのため,原告製品は,使い切りを前提に設計され,インクの再充填ができない構造になっている。仮に本件インクタンク本体を再利用する場合には,開口部を開け,内部に残ったインクを洗浄して除去し,液体収容室にインクを充填し,洗浄,充填に使用した開口部を完全に塞ぎ,包装を施すことが必要になるが,特に繊維体である負圧発生部材の洗浄は手数のかかる作業であるから,設備と技術を持った事業者でなければ行い得ない。
 (イ) 本件発明1の本質的要素
  a 特定の態様にインクを充填すること(構成要件K)は,本件発明1の負圧発生部材室の構成と関連して,輸送中のインク漏れを確実に防止するための必須の手段である。
 
b したがって,インクの消費により特定の態様でのインクの充填の要件を欠くに至った本件インクタンク本体に,特定の態様にインクを再充填することが新たな生産に該当することは明らかである。
  (ウ) 原告の意図
  a 原告は,上記(ア)の理由から,原告製品を使い捨ての商品として販売している。
  b 原告は,環境保護の目的とともに,使い捨ての商品である旨を通知するために,原告製品のパッケージ(甲9)に「キヤノン製使用済みインクタンク,BJカートリッジの回収にご協力ください。」と表示し,ウェブサイトにおいても,同趣旨の広報を行っている(甲10)。
  (エ) 後記被告の主張イ(エ)(使い捨てカメラ事件との比較)のうち,aは認め,bは否認する。
 ウ 取引の実情等
  (ア) 廃棄物
本件インクタンク本体は,消費者が無価値の使用済み品として廃棄し,又は回収に付した物品である。
  (イ) 被告の主張ウ(イ)(アンケート調査結果)は不知。
  (ウ)a 同ウ(ウ)(リサイクル品の販売)は不知。
 
b 平成15年9月4日付けの日経産業新聞の記事(甲13)は,使用済みインクカートリッジを回収してインクを注入し,「エコリカ」ブランドで販売する事業を「近く,開始する」と報道しており,平成15年秋までは,本件インクタンクのリサイクル品は我が国の市場に存在しなかった。
  (エ)a 同ウ(エ)(詰め替え用インクの販売)のうち,aは認め,bは否認する。
  b 実際の詰め替え作業は面倒であり,インクがこぼれて手や机を汚すことが多く,利用者は限られている。
 また,インクの詰め替えを行うのは,大部分がインクタンクの購入者本人である。詰め替え用インクの販売と被告製品のようなインクタンクのリサイクル品の販売とは,性質が全く異なる。
  (オ)a 同ウ(オ)(使用済みインクタンクの回収)のうち,aは認め,bは否認し,c及びdは不知。
 
b 被告指摘のアンケート調査結果(乙3の1)によれば,全体の48.2%が自宅でゴミとして廃棄し,46.1%が回収箱に入れている。消費者は,インクタンクとして再利用するためではなく,資源としての回収に協力するため,回収ボックス等での回収に協力している。
 
c 消費者からの回収が有償で行われているとしても,その額は回収キャンペーンの協力費又は店舗における他の製品の販売促進費程度の金額であり,消費者にとって使用済み品を廃棄しているという認識に変わりはない。
  d 家電量販店等の事業者に対し金銭が支払われるとしても,若干の謝礼程度のものと考えられる。
  (カ) 同ウ(カ)(海外における取引の実情)は不知。
  (キ)a 同ウ(キ)(リサイクル促進法の制定)は認める。
 
b 原告は,他のメーカーと同様,消費者に対し,使用済みインクタンクの回収への協力を呼びかけ,回収したインクタンクを資源としてリサイクルしている(甲9~12,14)。回収されたインクタンクは,それ自体の品質劣化や残存インクの悪影響の問題があるため,再利用は困難であり,環境保全のためのリサイクルの目的は,資源としてのリサイクルにより十分達せられる。

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(前半)

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(前半)


インクジェットプリンタ用インクタンク事件



特許権の消尽が認められた判決である。





◆H16.12. 8 東京地裁 平成16(ワ)8557 特許権 民事訴訟事件

平成16年(ワ)第8557号 特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日 平成16年10月13日
           判       決
       原  告           キャノン株式会社
       同訴訟代理人弁護士      久保田   穰
       同 増 井 和 夫
       同 橋 口 尚 幸
       被  告           リサイクル・アシスト株式会社
       同訴訟代理人弁護士      上 山   浩
       同 西 本   強
       同訴訟復代理人弁護士     松 山   遙
           主       文
 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
           事 実 及 び 理 由
第1 請求
 1 被告は,別紙物件目録(1)及び(2)記載のインクタンクの輸入若しくは販売又は販売のための展示をしてはならない。
 2 被告は,別紙物件目録(1)及び(2)記載のインクタンクを廃棄せよ。
第2 事案の概要

本件は,インクジェットプリンタ用のインクタンクに関し特許権を有する原告が,上記特許権の実施品である原告製品の使用済み品を利用して製品化された被告製品を輸入する被告に対し,上記特許権に基づき,製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めたのに対し,被告が特許権の消尽等を主張してこれを争った事案である。
 1 前提事実
 証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いのない事実(明らかに争わない事実を含む。)である。
 (1) 原告の有する特許権
 原告は,次の特許権を有している(その特許請求の範囲の請求項1の発明を「本件発明1」といい,請求項10の発明を「本件発明10」という。)。
 特許番号   第3278410号
 発明の名称  液体収納容器,該容器の製造方法,該容器のパッケージ,該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置
 出願日    平成11年4月27日
 登録日    平成14年2月15日
 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下,同公報掲載の明細書及び図面を「本件明細書」という。)
 (2) 構成要件の分説
 ア 本件発明1を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。)。
  A 互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と,
  B 該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えると共に実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と,
  C 前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と,
  D を有する液体収納容器において,
  E 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し,
  F 前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であると共に,
  G 前記第2の負圧発生部材は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり,
  H 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高く,かつ(I及びJは欠番),
  K 液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている
  L ことを特徴とする液体収納容器。
  イ 本件発明10を構成要件に分説すると,次のとおりである。
  A’ 互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と,
  B’ 該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えると共に実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と,
  C’ 前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と,を有し(D’は欠番),
  E’ 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し,
  F’ 前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であると共に,
  G’ 前記第2の負圧発生部材は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり,
  H’ 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高い
  I’ 液体収納容器を用意する工程と,
  J’ 前記液体収納室に液体を充填する第1の液体充填工程と,
  K’ 前記負圧発生部材収納室に,前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する第2の液体充填工程と,
  L’ を有することを特徴とする液体収納容器の製造方法。
 (3) 原告製品
 ア 原告は,本件発明1及び10の実施品として,製品番号BCI-3eBK,BCI-3eY,BCI-3eM,BCI-3eCのインクジェットプリンタ用インクタンク(以下「原告製品」又は「本件インクタンク」という。)を日本国内で製造し,一部を日本国内で販売している。
 イ 海外においては,原告,原告関連会社又は商社が,原告製品を販売している。
 ウ 少なくとも原告又は原告関連会社が海外で販売した原告製品については,国際消尽の問題となると考えられるところ,原告又は原告関連会社は,海外における原告製品の譲受人との間で,販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意をしていないし,その旨の合意をしたことを原告製品に明確に表示していない。
 (4) 被告製品
 ア 被告は,中国マカオにある会社(以下「甲会社」という。)から,別紙物件目録(1)及び(2)記載の構成を有するインクタンクを輸入した。別紙物件目録(1)記載の製品と同目録(2)記載の製品とは,容器の幅が異なるだけで,その余の構造は同一である(以下,これらの製品を「被告製品」という。)。
 イ 甲会社の関連会社(以下「乙会社」という。)は,原告製品のインクを使い切って残ったインクタンク本体(以下「本件インクタンク本体」という。)を北米,欧州及び日本を含むアジアから収集し,それを乙会社の子会社(以下「丙会社」という。)に売却している。
 ウ 丙会社は,次の手順で,本件インクタンク本体から製品化している。
  ① 本件インクタンク本体の液体収納室の上面に,洗浄及びインク注入のための穴を開ける。
  ② 本件インクタンク本体を洗浄する。
  ③ 本件インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施す。
④ ①の穴から,負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分まで及び液体収納室全体にインクを注入する。
⑤ ①の穴及びインク供給口に栓をする。
  ⑥ ラベル等を装着する。
 エ 甲会社は,丙会社から,被告製品を買い入れ,これを日本に輸出している。
(ア~エにつき,争いのない事実,甲8,乙30,弁論の全趣旨)
 オ 被告は,平成16年6月まで被告製品の輸入販売を行っていたが,税関による輸入禁制品の認定手続が開始されるなどしたため,この訴訟の係属中,その輸入を中止している。
(甲4,弁論の全趣旨)
 (5) 被告製品の構成要件充足性
 ア 本件発明1について
  (ア) 構成要件A(負圧発生部材収納室)について
 被告製品の構成(前記(4)ア)によれば,被告製品は,構成要件Aを充足する(一部は,当事者間に争いがない。)。
  (イ) 構成要件B(液体収納室)について
 被告製品は,構成要件Bを充足する。
  (ウ) 構成要件C(仕切り壁)について
 被告製品は,構成要件Cを充足する。
  (エ) 構成要件D(液体収納容器)について
 被告製品は,構成要件Dを充足する。
  (オ) 構成要件E(交差)について

 a 被告製品の構成によれば,被告製品の「界面18」が本件発明1の「第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面」に当たり,仕切り壁17に突き当たっているから,本件発明1の「圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し」の要件を充たしている。よって,被告製品は,構成要件Eを充足する。
  b 被告は,交差とは斜めや十字に交わることを意味するから,界面18が仕切壁17に突き当たって接しているだけでは,交差とはいえない旨主張する。
 しかしながら,一般的用語法において,「交差」とは,「2本以上の線状のものが,1点で重なること」(大辞林第二版)と定義され,「丁字路交差点」のように使用されているから,交差とは,ある線に他の線が突き当たって接しているものを含んでいる。また,本件明細書【0043】には,「境界層132Cの仕切り壁138との交差部分は,連通部を下方にした液体収納容器の使用時の姿勢(図2(a))において大気導入路150の上端部より上方に存在している。」と記載され,図2(a)には,負圧発生部材圧接部の界面が仕切り壁に突き当たって接している状態が図示されている。したがって,構成要件Eにいう「圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し」は,界面が仕切り壁に突き当たって接している構成を含むと解すべきであるから,被告の上記主張は採用することができない。
  (カ) 構成要件F(第1の負圧発生部材の連通状態)について
 被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Fを充足する(一部は,当事者間に争いがない。)。
  (キ) 構成要件G(第2の負圧発生部材の連通状態)について
 被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Gを充足する(一部は,当事者間に争いがない。)。
  (ク) 構成要件H(毛管力)について
 被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Hを充足する。
  (ケ) 構成要件K(充填液体量)について
 本件明細書に,本件インクタンクのようにインクタンクを2室に分け,インク供給口を有する側にのみインク吸収体を充填し,他の室にはインクのみを収納する構成とすると,製品の運送中などに傾けて置かれた場合,インク吸収体を収納した室にインクが過剰に流れ込み,大気連通部などからインクが溢れるという欠陥があったこと(【0010】),本件発明1及び10は,インク吸収体を2つに分け,その界面部分の毛管力を各インク吸収体の毛管力より高くする構成とし,界面部分の上方までインクを充填すると,本件明細書図2(b)に示されるような厳しい条件の姿勢であっても,界面部分に保持されているインクが,大気連通部からの空気を遮断して液体収納室への空気の流入を防止することにより,負圧発生部材収納室に過剰なインクが流れ込むことを防止できるという作用効果を有すること(【0043】~【0048】)と記載されているとおり,構成要件Kの「液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている」とは,インクは,境界層132Aよりも上まで充填されていることを意味するところ,被告製品の構成によれば,被告製品は,構成要件Kを充足する。
  (コ) 構成要件L(液体収納容器)について
 被告製品は,構成要件Jを充足する。
  (サ) まとめ
 以上のとおり,被告製品は本件発明1の構成要件をすべて充足しており,その技術的範囲に属する。
  イ 本件発明10について
  (ア) 構成要件A’~C’及びE’~H’について

本件発明10の構成要件A’~C’は本件発明1の構成要件AないしCと,本件発明10の構成要件E’~H’は本件発明1の構成要件E~Hと,それぞれ同内容であるから,対比関係は上記ア(ア)~(ウ)及び(オ)~(ク)のとおりである。
  (イ) 構成要件I’(容器を用意する工程)について
 前記(4)ウのとおり,丙会社は,使用済みの本件インクタンク本体を洗浄し,インクの再充填が可能な空のインクタンク本体としているところ,この工程は,液体収納容器を用意する工程に該当する。
 よって,被告製品の製造方法は,構成要件I’を充足する。
  (ウ) 構成要件J’(第1の液体充填工程)について
 被告製品の構成及び前記(4)ウの事実によれば,被告製品の製造方法は,構成要件J’を充足する。
  (エ) 構成要件K’(第2の液体充填工程)について
 構成要件K’のうち「前記負圧発生部材収納室に,前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する」ことの意味は,前記ア(ケ)のとおりであるところ,被告製品の構成及び前記(4)ウの事実によれば,被告製品の製造方法は,構成要件K’を充足する。
  (オ) 構成要件L’(製造方法)について
 被告製品の製造方法は,構成要件L’を充足する。

商標の類似判断に影響する商標の著名性

本願商標と引用商標の称呼が類似していることを認めながら、本願商標が周知著名であり、このような場合には他の類似した称呼とは識別が可能であるから、全体として類似しないとしたものである。

知的所有権判例ニュース1993-1発明 Vol.90 1993-1
知的所有権判例ニュース
商標の類似判断に影響する商標の著名性
神谷 巖
[事実関係]
 原告は、旧第17類「被服(運動用特殊服を除く。)、布製身回品(他の類に属するものを除く。)、寝具類(寝台を除く。)」を指定商品として、「ランバン」の商標(以下本願商標という)を登録申請した。これに対し特許庁は、旧第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とし、「ラーバン」と「RURBAN」を二段に重ねた商標(以下引用商標という)を引用して、商標法第4条第1項第11号に該当するので、登録は許されないとした原査定を支持し、審判の請求は成り立たない旨の審決をした。これに対して、出願人である原告が審決取消訴訟を提起したところ、東京高等裁判所第18民事部は原告の主張を容れ、平成3年10月15日審決を取り消す旨の審決を下した。

  [裁判の内容]
 1.音声学的な称呼の類比
 判決は、本願商標からは構成からみて「ランバン」の称呼が生じ、引用商標からはやはり構成からみて「ラーバン」の称呼が生じるとし、両商標が頭の音「ラ」および「バ」「ン」の3音が共通し、その違いは本願商標の第2音にある撥音「ン」であるのに対して、引用商標の第2音は「ラ」の長音である点であるとした。そして両称呼を比較すると、音の数が同じ4つであること、差異があると認められる撥音と長音は音声学的に類似性を有すること等から、両者を音声学的観点から見る限りその類似性が高いということができるとした。
 しかしながら判決はさらに考察を加え、両商標の称呼を語調、語感の観点から見た場合、引用商標「ラーバン」は頭の音「ラ」にアクセントをおいてしり下がりに1音節として発音されるため、聞く者に平板な感じを与えるのに対し、本願商標「ランバン」は「ラ」と「バ」にアクセントをおいて「ラン」と「バン」の2音節として発音され、かつ、各音節の語尾がともに「ン」であるからあたかも韻を踏むような語感を生じる点において、相当の差異を有するもので、この差異は称呼の比較においても無視できないと述べた。

 2.本願商標の著名性
 さらに判決は、商標のもつ商品の識別機能を検討するに当たっては、単に音声学的観点のみから称呼の類似性を検討するだけでは足りず、当該商標を付した商品の取引の実情、すなわち取引関係者、需要者層における当該商標の周知性ないし著名性、当該指定商品の属する分野における取引の形態、当該商品の特質等の当該商標の使用される現実の取引状況を踏まえた上で、音声学的観点からみた類似性の判断のもつ社会的意義を再吟味し、その類似性を決するべきであるから、かかる観点から本願商標と引用商標の社会的諸条件について検討してみることとすると述べた上で、本願商標の周知性を検討している。
 そしてランバンは、フランスのデザイナーであるジャンヌ・ランバンおよびその後継者がデザインした婦人および紳士衣料品各種、革製バッグ、ベルト、アクセサリー、香水、靴、眼鏡等のブランドであり、1900年代初めには、ランバンの名前はフランスを代表する高級洋装店の一つとして欧米に広く知られるに至っている。わが国においても、昭和30年代からランバンの婦人服、紳士服が輸入販売され、本願商標の出願当時までには、紳士・婦人物各種衣料をはじめとして、バッグ、香水、アクセサリー、眼鏡、傘、靴等の衣料品を中心とした幅広いランバン製品が、「LANVIN」「ランバン」の名称で輸入ないしは製造販売され、ランバンの名称はフランスの服飾業界の最も著名な老舗の商品を表すブランド名として、わが国の取引関係者はもとより一般需要者の間に広く定着し、愛好されていた事実が認められる。かかる本願商標の著名性および周知性に照らせば、前に述べた音声学的観点からの類似性にもかかわらず、本願商標の称呼のもつ前述した韻を踏むような特有な語調、語感から、本願商標の付された本件指定商品のうち被服および布製身回品についてはもとより当然のこととして、これらと素材および用途において共通性および親近性を有する寝具類についても、直ちに原告の商品であると認識することができる高い識別力を有するものというべきである。そうすると、本願商標はこれを商品に付した場合その称呼により、それが原告の商品であることを想起させるものとして、識別可能というべきであると判示している。


[解説]
 通常2つの商標は、その外観、称呼、観念のいずれかが類似していれば、類似しているとされる(東京高等裁判所昭和44年9月2日判決)。本件では、本願商標「ランバン」と引用商標「ラーバン」の称呼が類似していることを認めながら、本願商標が周知著名であり、このような場合には他の類似した称呼とは識別が可能であるから、全体として類似しないとしたものである。このように、称呼や外観が他の商標と類似していても、本件のように周知著名であったり、観念が大きく異なるため、識別可能であるとする例は、決して少なくない。同じく東京高等裁判所が平成4年3月10日に下した判決においては、「ドジャース」商標(メージャーリーグのドジャースを表す商標、「ドジャース」の文字のほか、野球のボールが飛んでいる様子を示す絵が組み合わされている)と「ロヂャース」の語からなる商標とが、識別可能であるとした。また最高裁判所の昭和43年2月27日の判決は、「しょうざん」の称呼を有する商標と、「ひょうざん」の称呼を有する商標とが、非類似であるとした。従ってこのような判断は、裁判例から見る限り定着したものと言えよう。
 なお本件では、出願商標「ランバン」に対する拒絶の理由とされた引用商標「ラーバン」より先に出願され登録された「LANVIN」の文字からなる商標があり、本来引用商標自体、登録が許されるものではない点が原告によって主張されたが、判決の理由中には触れられていない。従ってこの点は、原告の主張が認められる裏付けにはなっているかもしれないが、決定的な要因ではなく、あくまで「ランバン」商標の周知性が決め手になっているものと言えよう。




(かみや いわお/弁護士)