特許などの判決集 -2ページ目

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(後半2)

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(後半2)

イ 隠れたロイヤルティ収入          114億円

被告とNS社は,平成4年契約を締結するに当たり,NS社が被告に昭和57年に遡って2%の追加ロイヤルティを支払う旨合意した。ただし,上記ロイヤルティは,被告からNS社に対するAPMの販売価格に含めて支払われることになった。被告は,遡って支払われる昭和57年度から平成3年度のロイヤルティ金額を114億円と試算している。したがって,被告は,隠れたロイヤルティ収入として少なくとも114億円を得ている。

 被告は,隠れたロイヤルティ収入は存在しない旨主張する。しかし,被告は,NS社に対して,平成6年4月から平成11年3月までの5年間に,年間2400トン以上のAPMを高い価格で販売することにより,多額の利益を得ていたところ,これは,被告が本件各特許を保有していたからこそ,NS社が高い価格で買い取っていたのであるから,当該利益は,本件各特許に基づく利益である。

 また,被告は,平成4年契約により,NS社は平成11年3月までロイヤルティを支払えば,それ以降は支払を要しない旨主張する。しかし,この主張が正しいとすれば,被告は,平成4年契約において,本件特許3及び4が満了するまで,それぞれ9年5か月,10年を残して支払済みという形を取ったこととなる。そうすると,被告がNS社から何らかの見合う対価を得ない限り,本来ロイヤルティの支払を得られる9年ないし10年間を残して支払済みとなることは,通常では考えられない。しかも,被告の主張によれば,平成4年契約では,ロイヤルティの支払期間は特許有効期間17年間のうちわずか5年間ということになり,12年間は無料で使用させることにしたということになり,異常と言わざるを得ない。NS社が,本件各特許の実施を開始した昭和57年に遡ってロイヤルティを支払うのであれば,ロイヤルティの支払期間は,平成11年3月までで約17年間となり,特許の有効期間と一致し合理的である。
ウ ヨーロッパ子会社買収の値引による利益    13億6877万円

被告は,平成12年3月に,モンサント社からEASA社及びスイス法人ニュートラスウィート・アー・ゲー(以下「NSAG社」という。後のスイス味の素)を6700万米ドルで買収するに当たり,NS社がその工場で製造したAPMを日本とヨーロッパ以外の地域で販売することを認める見返りとして,買収金額につき売り手であるモンサント社の当初の言い値である8000万米ドルから1300万米ドル(13億6877万円)を値引きさせ,同額の利益を得た。
エ APMの国内販売による独占的利益       38億円

 被告のAPMのバルク販売(APMのみの販売)の国内販売価格は,1㎏当たり約***円であり,ヨーロッパ市場における販売価格である1㎏当たり約***円より,***円高く維持できている。これは,被告が日本において本件特許1及び2を有し,市場に対する独占的支配力を及ぼしていることによるところが大きい。

 したがって,被告が国内市場をほぼ独占していることが,全て本件各特許の他社排除力によるものではないとしても,同特許は,① 製造コスト面での大幅な差別化の効果を有すること,② 静置晶析法により製造されたAPMは,良好な粉体物性を有し取り扱いやすく,溶解速度も大きく不純物も少ないという,ユーザーによって大変魅力的な品質を有すること等により,これが被告による国内市場の独占状態に一定の貢献をしていることは明らかである。

 そして,被告の平成5年から10年間のAPMのバルク販売量は約***トンと推測されるので,被告は本件各特許を保有していることにより38億円の利益を得ている。したがって,被告は,本件特許1及び2の保有により,国内事業において少なくとも38億円の利益を得ている。
オ 被告が受けるべき利益の額の合計      297億2577万円

原告は被告に対し,特許法35条3項に基づき,上記アないしエの合計297億2577万円に共同発明者間における原告の寄与率6分の5を乗じた247億7147万円(1万円未満切り捨て)のうち,一部請求として20億円の支払を求める。

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(後半1)

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(後半1)

 3 争点(2)(特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか)について
  〔原告の主張〕
(1) 「相当の対価」の算定方法

ア 特許を受ける権利は,会社ではなく従業員に帰属するから(特許法29条1項),職務発明に係る特許を受ける権利を会社に譲渡することは,従業員と会社との間の特許を受ける権利の売買契約を意味する。すなわち,特許法35条3項の「相当の対価」とは,会社と従業員との間の特許を受ける権利の売買契約の売買代金であり,その金額は特段の合意がない限り,等価交換の原則により特許を受ける権利の時価又は市場価格であり,このように解さなければ,憲法14条1項及び29条に反する。

イ 職務発明に係る相当対価の算定の基礎とされる「その発明により使用者が受けるべき利益の額」とは,当該職務発明ないし当該職務発明に係る特許により,使用者が特許法35条1項の法定通常実施権の行使による利益を超えて得た独占的利益を意味する。

ウ 従業員発明者の保護を目的とする特許法35条の趣旨に鑑みれば,従業員が職務発明の譲渡対価の算定上,当該要素を考慮に入れることに明確に合意しない限り,同条4項の「その発明がされるについて使用者が貢献した程度」を職務発明の譲渡対価の算定上考慮することはできない。

  従業員発明者は,① 特許権を使用者に奪われずに所有し続ける場合と,② 特許権を使用者に奪われる代わりに「相当の対価」を受領した場合とを比較して,全く同一の経済的利益を保有する立場になくてはならない。何故なら,仮に,②の場合において,従業員発明者が①の場合よりも少ない経済的利益しか「相当の対価」として受領できないとすれば,従業員発明者は,使用者の一方的な取り決めによって特許権を奪われた結果,経済的損失を受けることとなり,従業員の経済的保護に欠けることになってしまうからである。したがって,上記①の場合と②の場合とで,従業員発明者の保護に欠けることがない,すなわち使用者の一方的な取り決めによって従業員発明者が経済的損失を受けることがないようにするためには,従業員発明者に対して,当該特許権の市場価格相当の「相当の対価」を支払わなければならない。

エ 仮に,「その発明がされるについて使用者が貢献した程度」を考慮するとしても,それが特許法35条1項が規定する無償の通常実施権の経済的価値を上回る場合に限られる。

 すなわち,上記貢献として通常考えられる実験設備,実験機材,その他実験費用の負担,研究補助者の提供,文献の購入費用の負担,国内外への留学費用の負担,特許申請費用の負担等をしていることは,同項による通常実施権の無償による取得と対価関係に立っているから,これらと全く同じ内容の使用者の貢献度を職務発明の譲渡対価の算定上再度考慮することは,対価関係を欠き,衡平を失する結果となるから,許されない。

 したがって,使用者は,仮に,職務発明の譲渡対価の算定上考慮し得る「使用者の貢献度」が存在するとすれば,「使用者の貢献度」であると主張する当該考慮要素の全経済的価値が,特許法35条1項により無償で賦与される通常実施権の経済的価値を上回ることを立証しなければならない。そして,使用者は,① 当該職務発明のために使用者が提供した便益の経済的価値を具体的な金額として立証し,また,② 特許法35条1項により無償で賦与された通常実施権の経済的価値を具体的な金額として立証し,①の金額が②の金額を超過することを立証して初めて,当該超過額を特許法35条4項の「使用者の貢献度」として,職務発明の譲渡対価を控除することを主張できるに過ぎない。これを数式に表すと,「使用者の貢献度=①職務発明のために使用者が提供した便益の経済的価値-②通常実施権の経済的価値」となる。
(2) 本件各発明により被告が受けるべき利益の額
ア 会計上のロイヤルティ収入         131億5700万円

  被告は,原告に対し,平成13年1月17日,特許報奨規程に基づき,本件各発明について功労特許報奨金を支払うに当たり,本件各特許による増分利益額を以下の(ア),(イ),(ウ)a,(エ)aの各金額の合計113億6700万円と算定した(甲10)。この金額を基礎に平成14年度までに得られたロイヤルティ額を計算すると,以下の(ア)ないし(エ)の合計131億5700万円となる。
(ア) 平成4年契約によるロイヤルティ      44億6800万円
  平成4年契約に基づき,平成5年3月から平成11年3月までの間に,NS社から支払われたロイヤルティの累積額である。
(イ) 昭和55年契約によるロイヤルティ     36億7500万円

  昭和55年契約に基づき,平成3年4月から平成7年1月までの間に,サール社から支払われたロイヤルティ40億8300万円に,本件特許3ないし9の寄与による90%を乗じた金額である(10万円以下四捨五入)。  

  なお,被告は,昭和55年契約に基づく上記ロイヤルティ40億8300万円に関して本件特許3ないし9による貢献は実態としてゼロである旨主張する。しかし,同契約の対象となった27件の特許のうち,NS社が実際に使用していたのは,G特許といわれる米国特許第3786039号及び同3798207号の2件のみであったが,これらはいずれも平成3年1月及び3月に存続期間が満了したため,同年4月以降NS社が使用していた特許は1件もなかった。一方,昭和57年以降NS社が実施していた静置晶析法は,平成3年8月に最初の米国特許が成立した(本件特許3)。よって,G特許が満了した平成3年4月以降,昭和55年契約に基づくロイヤルティは,実態的には本件特許3ないし9に対して支払われたものである。
(ウ) 欧州ライセンス契約によるロイヤルティ  合計13億7860万円

 a 欧州ライセンス契約に基づき,平成5年度から平成11年度までの間に,EASA社から支払われたロイヤルティ総額10億6800万円に,本件特許10の貢献率90%を乗じた金額は,9億6100万円(10万円以下四捨五入)である。

b 欧州ライセンス契約に基づき,平成12年度から平成14年度までの間に,EASA社から支払われたロイヤルティ総額4億6400万円に,本件特許10の貢献率90%を乗じた金額は,4億1760万円である。


c なお,被告は,欧州ライセンス契約で対象とされたのは,平成4年にライセンスされた9件の発明,平成9年に追加ライセンスされた7件の発明であるから,本件特許10の貢献は,対象発明の件数で配分すれば16分の1にとどまる旨主張する。しかし,本件特許10が他社排除力の強い特許であり,被告社内の特許報奨制度において本件訴訟提起前に,上記aのとおり,ロイヤルティの90%と評価したのであるから,この割合は客観的に合理的であると評価できる。
(エ) 被告の実施による独占的利益      合計36億3540万円

 a 被告は,平成2年度から平成11年度まで(ヨーロッパについては昭和60年度から平成5年度まで),これを被告東海工場で製造し,国内で販売し,北米,ヨーロッパ,アジア,中南米等に輸出した。これによるAPMの売上高の累計額1131億5800万円のうち,本件各特許による独占権により通常実施権以上の利益を得ているものとして2%相当額とみなした金額は,22億6300万円(10万円以下四捨五入)である。

b 平成元年度以前の国内及び北米への販売ないし輸出によるAPM売上高686億2000万円に上記aと同じく2%を乗じた金額は,13億7240万円である。

 c なお,被告は,被告東海工場で製造したAPMを国内国外で販売したことによる利益は,本件各特許による排他的効力に基づく利益ではなく,特許法35条1項により賦与された通常実施権に基づくものであるから,当該利益は,同条3項の「相当の対価」の算定上,考慮に入れる必要がない旨主張する。しかし,被告が当該利益を功労特許報奨金算定の基礎となる増分利益に含めて考えたことは,① 被告は,日本において,本件各特許に基づき,特許権侵害訴訟を提起した,② 被告が国内APM市場を独占するために,多くの費用,時間をかけて日本国特許を取得し,本件各特許に対する異議申立事件及び共有権確認訴訟に対して精力的に対応した,という合理的根拠がある。そして,被告は,会社の義務の履行上,本件各特許による増分利益を公平,公正に評価しなければならないことから,当該利益を増分利益に含めて考えざるを得なかったものである。

  また,被告は,平成元年以前に,国内及び北米で本件各特許の排他的効力を享受していたわけではないと主張する。しかし,そもそも,職務発明に対する相当の対価は,特許の成否にかかわらず,使用者が通常実施権の行使による利益以上の利益を得ている場合に支払われるべき性質の対価であるから,本件各特許の相当の対価の算定の基礎に含めるべきAPM輸出金額の時期,地域は,特許成立の時期,当該地域での特許の有無とは必ずしも一致しない。したがって,被告も,APM製造による独占的利益として,平成2年度以降,いまだ本件各特許が成立していない日本国内及び北米地域,並びにそもそも本件各特許を出願していないアジア・中南米地域に対するAPM製造販売輸出金額を,会社の義務として支払われるべき実績補償金の算定基礎に含めたのである。

(オ) 被告は,稟議書(甲10)記載の本件各特許による増分利益算定の基礎となった上記(ア),(イ),(ウ)a,(エ)aの各金額は,報奨金額を極力優遇しようとの意図の下に,恩恵的に算出したものであるから,特許法35条の「相当の対価」の算定の基礎とならないと主張する。しかし,これらは,被告が就業規則の一環として定められた特許報奨規程に基づく会社の義務の履行上,本件各特許の経済的価値を公平,公正に評価した金額であって,被告が恩恵的に本件各特許の経済的価値を過大に評価したものではない。

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(中)

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(中)


 2 事案の概要

 本件は,被告の元従業員であった原告が,被告に対し,本件各発明が職務発明であり,被告に特許を受ける権利を承継したとして,特許法35条3項に基づき,その相当の対価247億7147万円のうち,一部請求として,20億円の支払を求める事案である。原告は,外国に出願された特許を受ける権利の承継の対価をも請求するところ,被告は,特許法35条3項は,外国において特許を受ける権利の承継に対する対価請求には適用されないなどと主張して対価の額を争うとともに,対価請求権が時効により消滅した旨主張する。
3 本件の争点
(1) 外国において特許を受ける権利について
ア 外国において特許を受ける権利について特許法35条3項が適用されるか。
イ 原告と被告の間で外国において特許を受ける権利について相当の対価を支払う旨の合意が成立していたか。
(2) 本件各発明について特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか。
(3) 本件各発明に関する原告の対価請求権は時効により消滅したか。
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(外国において特許を受ける権利に対し特許法35条が適用されるか)について
〔原告の主張〕
(1) 属地主義の原則の意義内容

  属地主義の原則は,工業所有権の保護に関するパリ条約(以下「パリ条約」という。)4条の2(1),(2)に規定されている各国特許独立の原則である。属地主義の原則とは,パリ条約4条の2(1)に「同盟国の国民が各同盟国において出願した特許は,・・・」と定められていることから明らかなように,あくまでも同一の発明について各国において特許出願した後の次元に関する原則である。そして,この原則とは,「各同盟国に出願した特許は,他国において同一の発明について取得した特許から独立であって」,「独立」とは優先期間中に出願された特許が無効又は消滅の理由や通常の存続期間についても独立したものであることを意味するという原則である(パリ条約4条の2(1),(2))。
(2) 特許法35条3項の「特許を受ける権利」の意義

  特許法35条3項の「特許を受ける権利」は,発明者が発明完成と同時に取得する発明に対する権利(財産権)を意味する。特許法34条1項が「特許出願前における特許を受ける権利」と規定していることからも,特許法の各条文に定められている「特許を受ける権利」の意義は,発明者が発明完成と同時に発明に対して有する権利であることは,明らかである。

  このように,属地主義の原則は,その適用の場が各国での特許出願以後の次元のことであり,他方,特許法35条3項の「特許を受ける権利」は,発明完成と同時に職務発明に対して有する権利を意味するため,特許出願される以前の次元に属する権利に及ぶ。よって,上記の属地主義の原則は,特許法35条3項の「特許を受ける権利」とは適用の次元が異なるから,上記原則をもって,特許法35条3項が外国特許を受ける権利に適用されないとする根拠にはならない。
(3) 特許法35条4項の文言解釈

  特許法35条4項は,「相当の対価」の算定上考慮すべき要素として,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」と規定するのみであって,「出願後の日本特許を受ける権利により使用者等が受けるべき利益の額」とは規定していない。したがって,同項の文言を自然に解釈する限り,同条3項の「特許を受ける権利」には,日本における出願前の特許を受ける権利のみならず,外国における出願前の特許を受ける権利も含まれるものと解すべきである。すなわち,ここで想定されている使用者と従業員発明者との間の譲渡の目的たる権利は,特許に関する属地主義とは無関係な,発明者が発明完成と同時に職務発明に対して有している財産権と解すべきであり,よって,その譲渡対価である相当の対価は,職務発明を日本及び外国で実施することにより使用者等が受けるべき利益の額を考慮して算定しなければならない。

  このことは,① 使用者が,職務発明の譲受後に日本を含めどの国に出願するかを従業員発明者の合意によることなく専断している実態,② 外国出願するたびに,使用者と従業員発明者との間の譲渡契約の準拠法が異なり,相当の対価の内容も当該準拠法により決定されると解するのは,当事者の合理的意思解釈に照らして極めて不自然であることからも裏付けられる。被告も,発明等取扱規程第9条では,職務発明の譲渡対価について,日本での実施分と外国での実施分を全く区別していない。また,独立行政法人・産業技術総合研究所の職務発明に対する補償金の支払要領(甲40)も,国内の実施分と外国の実施分を区別していない。
  よって,特許法35条は,職務発明に係る外国で特許を受ける権利にも直接適用される。
(4) 準拠法

  職務発明の譲渡は,使用者と従業者との間の財産権の譲渡契約であるから,職務発明の譲渡という法律関係の性質は契約であると決定し,準拠法については法例7条によるべきである。そして,本件各発明の譲渡は,日本法人である被告と日本に在住する日本人である原告との間で日本で締結された契約であるから,本件各発明の譲渡契約の準拠法は,法例7条1項により日本法となり,よって特許法35条が適用されるべきである。

 また,仮に,この問題に関しては法例等に直接の定めがないものとして条理に基づいて準拠法を決定するとすれば,職務発明に関する規律は,特許発明を利用する第三者の問題というよりは,むしろ使用者と従業員の法律関係に関わる要素の方が大きい。そうすると,準拠法も,第三者の発明の利用地に焦点を合わせ各国ごとに多元的に規律されるとするのではなく,使用者と従業員の労働関係の準拠法国の特許法の職務発明の規定により一元的に処理すべきであり,この場合も日本法が準拠法となるから,特許法35条が適用されるべきである。
(5) 外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとする見解の欠陥

  外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとすると,特許法35条が特許出願しない場合についても相当の対価を支払わなければならないと規定していることと矛盾する。

  また,外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとすると,使用者が一方的に定める勤務規則等により従業員発明者が原始的に取得する特許を受ける権利を予約承継できるという,使用者の重要な職務発明に対する権利を奪うことになり,一般実務から乖離する。
〔被告の主張〕
(1) 準拠法の問題

ア 国際私法的なアプローチを採ると,外国において特許を受ける権利の承継の対価請求について,法性決定をして,連結点を定め,準拠法を決定することになる。この場合は,外国において特許を受ける権利の承継の対価請求については,特許を受ける権利の成立又は移転の問題と法性決定し,その準拠法は,当該外国における特許法である。けだし,① 最高裁判所は,特許権には属地主義が適用されるとした上で,「特許権についての属地主義の原則とは,各国の特許権が,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定めら」れるとしており,② 特許を受ける権利は,発明によって発生する権利であり,特許権を取得する前提となるものであって,特許を受ける権利にも,上記属地主義の原則が適用されるというべきであり,③ したがって,従業者の発明に係る特許を受ける権利の成立,移転についても,各国の特許法によって定められることになるからである。
イ 仮に,特許を受ける権利の承継の対価請求が,債権契約の問題であるとすると,法例7条が適用されることになる。

  国際私法の観点からは,特許を受ける権利自体及びその承継の可否並びに承継のための準物権的行為の要件については当該特許登録国法によるべきであり,ある国の特許を受ける権利についてのこれらの問題はその国の法律によることになるが,その法律上,職務発明について特許を受ける権利を従業員から使用者に承継させることができるとされているときに,その承継の仕方としての契約については,法例7条により別途準拠法が定められることになる。ただし,労働法秩序をどのように形成,維持すべきかについては労務供給地国が重大な利害を有するため,その地が法廷地となる場合には,契約の準拠法の如何を問わず,自国の労働関係法規のうち,絶対的強行法規と呼ばれる性質を有する規定を適用することがある。特許法35条は,その性質上はこの絶対的強行法規であるというべきであり,日本を労務提供地とする従業員の職務発明について日本特許を受ける権利を従業員が使用者に承継させる場合には,その承継に係る契約の準拠法の如何を問わず,適用されるべきであり,条文解釈としてもそのように解することができる。
(2) 特許法35条の解釈

  仮に,日本法が準拠法となるとしても,このことと,特許法35条3項及び4項が適用されるかどうかは,別の問題である。すなわち,日本を労務供給地とする従業員が外国において特許を受ける権利を使用者に承継させた場合についてまで特許法35条3項及び4項が適用されると即断することはできない。現行法の解釈としてその結論をとるためには,該当条項の文言及び特許法全体の構造に照らして,そのように解することができなければならないからである。
 ア 特許法の目的と文言解釈

 我が国の特許法の目的は,「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与すること」であるが(1条),ここでは,日本における発明の保護,利用及び産業の発達を指しており,前記の目的から特許法が対象とする「特許」,「特許権」及び「特許を受ける権利」も当然に日本におけるそれらを指している。

 特許法35条3項及び4項の文理解釈として,その文言中に用いられている「従業員等」,「職務発明」,「使用者等」,「特許を受ける権利」,「特許権」,「専用実施権」及び「発明」という用語は,特許法において厳格に定義され,その内容が特定されているものであり,日本の特許を受ける権利及び日本の特許権の承継のみに適用されるものである。とりわけ,同条3項は「専用実施権」という必ずしも国際的に見て一般的ではない権利にも言及しているから,同条項が外国において特許を受ける権利を予定していないことは明らかである。

 特許法全体の構造上,特許法35条3項及び4項は,同条1項と密接不可分に結びつき,同条1項は特許を受ける権利に関する29条から34条の規定を前提とし,さらに29条から34条の規定は日本の特許に関する同法の他の規定と相互に関連して定められているのであって,このような構造を無視して,35条3項及び4項だけが外国において特許を受ける権利等にも適用されるとの解釈をすることはできない。
イ 特許法35条の趣旨

 特許法35条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提にしているが,これと異なる法制を採る諸外国では,同条適用の前提を欠いている。そして,同条は,全体として使用者と従業者等の利害の調整を図っているものであるから,同条1項及び2項の規定においては「特許を受ける権利」は外国におけるものを含まず,一方,3項の規定のみは外国におけるものが含まれる,という考え方が採用される余地がない。
ウ 属地主義の原則との関係

 最高裁判所の判例は,属地主義の原則を採用しており,各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しているのである(最高裁平成7年(オ)第1988号平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁,最高裁平成12年(受)第580号平成14年9月26日判決・民集56巻7号1556頁)。

 したがって,従業員等が職務上発明をした場合に,我が国特許法が,①特許を受ける権利が,誰に原始的に帰属し,② どのような要件で承継をすることができ,また,実施権が発生するか,③ 承継した場合に誰にどのような権利があるか,について規定できる対象は,基本的には,我が国における特許権又は特許を受ける権利についてのみであるとしか解することができない。したがって,特許法35条が,前記のとおり,外国において特許を受ける権利を予定していないと解釈することは,最高裁判所の上記各判決のいう属地主義の原則とよく調和するものである。
エ 労働法との関係

 特許法35条1項は,「従業者等」に「法人の役員」を含めており,しかも,同条項は,「使用者等」と「従業者等」との法律関係を,労働法が適用されるものに限っていない。そして,同条の趣旨は,労働者の保護にあるわけではない。実質的に考えても,労働者を保護するという点を重視すると,他の労働の成果物に比べて,職務発明のみを特別視する理由はない。すなわち,労働者が,職務上,何かを創作し又は製作した場合,その成果については,当然に使用者が原始的にこれを取得することは,日本法上当然である。これは,有体物に限らず,著作物についてもそうであり(著作権法15条1項,2項),唯一ともいえる例外が,特許法35条である。同条は,職務発明について特許を受ける権利及び特許権の帰属及びその利用に関して,使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに,両者間の利害を調整することを図った規定であり,そのことにより,発明の奨励,ひいては日本の産業の発展をもたらすことを企図したものであって,同条が労働法であると解することはできない。

オ 以上のとおりであって,特許法35条3項の「特許を受ける権利」には,「外国において特許を受ける権利」は含まれず,日本を労務供給地とする従業員等がした職務発明について特許を受ける権利を従業員等が使用者等に承継させたときにだけ適用されることになり,同条は,外国において特許を受ける権利の承継に対する対価請求には,適用されない。 
(3) 外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されるとの主張に対する反論

  原告の主張によると,例えば外国に本拠を置く企業の日本における研究所の従業員との労働契約は,日本法を準拠法とするが,さらにその従業員が職務発明をした場合,最初に出願した日本の特許出願に特許法35条が適用される外,全世界における対応出願とその特許について当然に35条1項が適用され,また同条3項,4項が全世界の利益を考慮すべきであるということになる。

 かかる外国企業は,その当初から全世界において発明に係る製品の製造,販売を意図する反面,全世界において特許法35条3項,4項が適用されるとは考えていないが,仮に適用されるとすれば,その結果従業員発明に支払う金額は外国企業が全く予想していない金額になる。このような解釈は,我が国における研究開発の停滞をもたらすものであり,我が国における発明を推奨し,我が国の産業の発達に寄与するという特許法本来の目的に反することは明らかである。

(4) よって,被告は,外国特許(本件特許3ないし10)をライセンスすることによりロイヤルティ収入を得ているが,外国特許の利用については特許法35条の適用はないから,被告が外国特許の実施許諾により収入があったからといって,原告は対価請求権を有しない。 
2 争点(1)イ(外国において特許を受ける権利について相当の対価を支払う旨の合意の有無)について
〔原告の主張〕

(1) 被告は,我が国において特許を受ける権利と外国において特許を受ける権利に対する報奨金の支払について特別に区別して取り扱っていない(発明等取扱規程5条,8条,9条)。上記規程は,本件各発明についても遡及的に適用され(同規程15条②項),実際に,外国特許の実施分も考慮に入れて功労特許報奨金が支払われている。なお,上記発明等取扱規程及び特許報奨規程が,就業規則の一環として制定されている以上,就業規則の強行的直律的効力を定めた労働基準法93条により,会社は,従業員発明者に対して,同規程上の債務を履行する法的義務がある。
(2) 一般の実務でも,外国で特許を受ける権利と日本で特許を受ける権利とで譲渡対価その他の補償金,報奨金の支払について区別されていない。

(3) 原告が日本に居住する日本人であり,被告も日本に本社を置く日本法人であって,日本において本件各発明に係る特許を受ける権利が譲渡されていることからすれば,法例7条1項により,外国において特許を受ける権利の譲渡契約は,原告と被告との間で日本法を準拠法とする合意が成立していたものと解される。

(4) 以上の点に鑑みれば,仮に,外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が適用されないとしても,原告と被告との間では,外国において特許を受ける権利についても日本で特許を受ける権利と全く同様に扱い,被告が原告に対して相当の対価を支払う旨の合意が成立していたものというべきである。したがって,被告は,原告との上記合意に基づき,外国において特許を受ける権利についても,その譲渡の対価として,特許法35条3項に定める相当の対価を支払うべき義務を負う。
〔被告の主張〕
(1) 米国における特許出願とその対応特許出願については,発明者6名全員との間で特許を受ける権利を譲渡することに同意したのである。

(2) 就業規則ないし職務発明規程等に外国特許に関する対価支払に関する規定が存在する場合には,就業規則等が労働契約の合意内容の一部を構成するものとして,使用者に対し外国特許に関する対価支払を義務づける可能性はあるが,その場合においても外国特許については就業規則等に規定されている限度において使用者を拘束することを意味するにすぎない。すなわち,かかる就業規則等において外国特許の承継についても特許法35条を適用することの合意がされていない限り,就業規則等の契約性を根拠にして外国特許に同条を適用することはできない。

被告の就業規則(乙7の1及び2),発明等取扱規程(乙5の1及び2),発明等取扱に関する基準(乙6),表彰規程(乙8),特許報奨規程(乙9),特許報奨規程運営要領(乙10)のいずれにおいても,外国特許の承継の対価について特許法35条3項,4項の適用ないし準用の合意を示す規定は存在せず,そのような趣旨を示唆する規定も存在しない。発明等取扱規程は,被告が原告から本件各発明について特許を受ける権利の譲渡を受けた平成2年3月16日の時点では存在していなかったし,同規程8条では出願時補償と登録時補償とに限られ,9条では特許報奨規程により被告から裁量的,恩恵的に支払われるもので,従業員発明者との間でいかなる合意をもなすものではない。

(3) 当事者双方が日本人であり,本件各発明の特許を受ける権利の譲渡契約が日本で締結されたからといって,そのことをもって法例7条1項の合意があったといえないし,法例7条2項により本件各発明について外国において特許を受ける権利の譲渡契約の成立及び効力の準拠法が日本法であるとしても,そのことから特許法35条が適用されることにはならない。

(4) 仮に,原告の主張するような合意が成立しているとしても,その場合は,特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領の全体がその合意内容を構成するものであり,よって同規程の算定基準が適用されることになり,報奨金の支払をもって「相当の対価」の支払に当たる。

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(前半)

味の素「アスパルテーム事件」(職務発明)(前半)


これは職務発明の相当の対価を裁判所がどう判断するか興味のあった事件だが、高裁で和解してしまった。

味の素株式会社が,原告に対し,金1億8935万円を支払う地裁判決。後に、高裁で和解し若干和解金は下がったが。


◆H16. 2.24 東京地裁 平成14(ワ)20521 特許権 民事訴訟事件

平成14年(ワ)第20521号 特許権持分移転登録手続等請求事件
口頭弁論終結日 平成15年11月14日
判       決
      原       告     A
      同訴訟代理人弁護士     升 永 英 俊
同訴訟復代理人弁護士 荒 井 裕 樹
      同     江 口 雄一郎
      被       告     味の素株式会社
      同訴訟代理人弁護士 中 村  稔
同 熊 倉 禎 男
      同             吉 田 和 彦
      同 渡 辺  光
主       文
1 被告は,原告に対し,金1億8935万円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
   3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
   4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,金20億円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等(証拠を示した事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
  被告は,調味料,アミノ酸等を製造する総合食品製造業者である。

原告は,昭和38年3月,名古屋大学工学部化学工学科を卒業し,同年4月,被告に入社した。原告は,昭和44年10月に被告中央研究所に配属となり,昭和63年7月に同研究所プロセス開発研究所長,平成5年6月に被告東海工場長,平成9年6月に被告の関連会社である東洋製油株式会社代表取締役に就任し,同年12月,転籍により被告を退職した。

(2) 本件各発明

  原告は,昭和57年1月ころ,共同発明者であるB,C,D,E及びFとともに,別紙1(特許目録)1ないし10記載の各特許権(以下,それぞれ「本件特許1」などといい,合わせて「本件各特許」という。)に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」などといい,合わせて「本件各発明」という。)をした。本件各発明は,その性質上被告の業務範囲に属し,かつ,本件各発明をするに至った行為が被告における原告の職務に属するものであって,特許法35条1項所定の職務発明に当たる。

  本件発明1及び2は,人工甘味料アスパルテーム(物質名L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステル。以下「APM」という。)を工業的規模で製造する工程の一部をなす工業的晶析法及びAPMの束状集合晶並びに上記工業的晶析法によって得られるAPMの束状集合晶等に関する発明である。
(3) 特許を受ける権利の譲渡及び設定登録

  原告は,昭和57年1月ころ,被告に対し,本件各発明に係る特許を受ける権利を譲渡し,被告は,別紙1(特許目録)記載のとおり,我が国(本件特許1及び2)のほか,アメリカ合衆国(本件特許3ないし8),カナダ(本件特許9)及びヨーロッパ(本件特許10)において出願し,本件各特許につき設定登録を受けた。
(4) 従業員の発明に関する被告の定め

  被告は,平成2年3月16日に発明等取扱規程(乙5の1)を,同年4月1日にその補償内容を定めた発明等取扱に関する基準(乙6)を施行した。被告は,平成11年10月1日,上記規程を改定した上(乙5の2),特許報奨規程(乙9)を施行し,平成12年7月1日,特許報奨規程運営要領(乙10)を施行した。これらの内容(特許報奨規程運営要領以外はその一部である。)は,別紙2のとおりである。
(5) 被告の実施状況等

ア 被告は,昭和55年9月18日,米国法人G.Dサール社(以下「サール社」という。)との間で,APMの製造方法等に関する米国及びカナダにおける特許について,独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約(以下「昭和55年契約」という。)を締結した(乙30)。

イ 被告は,平成4年12月18日,米国法人ニュートラスウィート社(サール社のAPM事業部門が独立した会社。以下「NS社」という。)との間で,本件特許3ないし9について独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約(以下「平成4年契約」という。)を締結した(乙31)。

ウ 被告は,平成4年,被告とNS社との合弁会社であるフランス法人ユーロアスパルテーム・エス・アー(以下「EASA社」という。後の味の素ユーロアステルパーム)との間で,本件特許10を含む多くの欧州特許に関するライセンス契約(以下「欧州ライセンス契約」という。)を締結した。
(6) 被告の原告に対する報奨金の支払

 被告は,平成13年1月17日,原告を含む本件各発明の共同発明者に対し,特許報奨規程(乙9)及び特許報奨規程運営要領(乙10)に基づき,本件各発明を平成11年度功労特許の対象特許として,これらの特許による増分利益額113億6700万円の約1000分の1に当たる1200万円を支払うこととし,原告に対しては,共同発明者の合意に基づき,このうち原告の寄与率6分の5に相当する1000万円を支払った。

花王の豆腐用凝固剤事件(後半-2)

花王の豆腐用凝固剤事件(後半-2)
第4 結論

 以上の次第で,原告の請求は,被告ら各自に対し,①被告各製品の生産等の差止め,②保有する被告各製品の廃棄及び③1億5229万9414円及びうち1億2712万5879円に対しては平成15年9月11日から,うち2517万3535円に対しては平成16年4月1日からそれぞれ支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これらを認容し,その余はいずれも理由がないので棄却する。
 なお,被告らは,原告の本件請求が権利の濫用である旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はないので,採用することはできない。
 よって,主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第29部

         裁判長裁判官       飯  村  敏  明

裁判官       榎  戸  道  也

裁判官       山  田  真  紀


(別紙)

物 件 目 録


1 被告ら製品  ミルキィニガリ 【ミルキィニガリ(A)】
  製 造 者  有限会社吉川化学工業所
  販 売 者  吉川商事株式会社
  食品衛生法に基づく表示
         20℃以下で保存
            食品添加物・豆腐用凝固剤
         塩化マグネシウム(ニガリ) 33.0%
         グリセリン脂肪酸エステル   2.2%


2 被告ら製品  ミルキィニガリ 【ミルキィニガリ(B)】
  製 造 者  有限会社吉川化学工業所
  販 売 者  吉川商事株式会社
  食品衛生法に基づく表示
         20℃以下で保存
            食品添加物・豆腐用凝固剤
         塩化マグネシウム(ニガリ) 33.0%
         グリセリン脂肪酸エステル   1.0%
         ソルビタン脂肪酸エステル   0.5%

3 被告ら製品  ミルキィニガリ 【ミルキィニガリ(C)】
  製 造 者  有限会社吉川化学工業所
  販 売 者  吉川商事株式会社
  食品衛生法に基づく表示
         20℃以下で保存
            食品添加物・豆腐用凝固剤
         塩化マグネシウム(ニガリ) 33.0%
         グリセリン脂肪酸エステル   1.3%

以上

花王の豆腐用凝固剤事件(後半-1)

花王の豆腐用凝固剤事件(後半-1)

第3 争点に対する判断
1 争点1(被告各製品は,本件発明の構成要件②を充足するか)について
(1) 甲20実験報告書の内容
 株式会社東レリサーチセンターの実施した実験結果(甲20)は,以下のとおりである。

 すなわち,甲20の実験は,分析対象であるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,縮合リシノール酸とポリグリセリンのエステルであって,その重合度,エステル化率などの異なる多数の成分の混合物であり,分析対象のみを的確に分離できないことから,試料全体を加水分解し,リシノール酸を定量した後,標準物質を用いてポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを算定する方法を採った。

 被告各製品について,攪拌して上層,中層及び下層から試料を採取し,それぞれ加水分解して脂肪酸を抽出し,抽出した脂肪酸をガスクロマトグラフィーにより定性,定量分析を行い,平均値を計算した。その結果,リシノール酸につき,以下のとおりの量が測定された。
 被告製品A  0.71重量パーセント
 被告製品B  0.15重量パーセント
 被告製品C  0.09重量パーセント

 被告各製品中のリシノール酸の定量結果を,SYグリスターCR-310(ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル標準物質)のリシノール酸濃度に基づいて換算すると,被告各製品中のポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,以下のとおりの算定結果が得られた(甲20)。
 被告製品A  1.61重量パーセント
 被告製品B  0.34重量パーセント
 被告製品C  0.22重量パーセント
 以上のとおりであり,被告各製品には,いずれも,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを含有することが認められる。
(2) 甲20の実験結果についての評価

 甲20において,被告各製品から加水分解して得られたリシノール酸が,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに由来するものだけではなく,①遊離リシノール酸や②他の油脂由来のリシノール酸を含んでいる可能性があったか否かについて検討する。
ア 遊離リシノール酸が含有される可能性の有無

 甲24,32によれば,被告各製品について,攪拌して上層,中層及び下層から試料を採取し,それぞれ脂肪酸誘導体化試薬を加えて高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果,被告各製品中の遊離リシノール酸の含有量(上層,中層及び下層の値の平均値)は,以下のとおりと測定された。
 被告製品A  0.004重量パーセント
 被告製品B  検出限界以下
 被告製品C  検出限界以下

(なお,同分析において,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの標準物質である「SYグリスターCR-310」に含まれる遊離リシノール酸の分析も行われ,エステル化していない遊離リシノール酸が0.08ないし0.16重量パーセント含有されていると測定されている。)。
 以上のとおり,被告各製品中の遊離リシノール酸の含有量は,無視できる程に微量であるといえる。
イ 他の油脂由来のリシノール酸が含有される可能性の有無

 被告は,被告各製品に含まれるリシノール酸は,コーン油に由来するものであると主張する。そこで,コーン油におけるリシノール酸の含有量について検討する。この点,日清コーン油を対象とした分析(被告各製品中のリシノール酸含有量の分析と同手法による分析)では,リシノール酸含有量は0.03重量パーセントと測定された(甲20)。同結果によれば,コーン油由来のリシノール酸は,無視できる程度の量であるといって差し支えない(被告吉川化学の依頼に係る乙12には,なたね油,ベニ花油,アマニ油,ごま油,しそ油,ひまわり油,コーン油及びキャノーラ油を対象とした実験において,リシノール酸が,アマニ油において100グラム中0.1グラム含まれると測定されたほかは,いずれも,検出限界以下であると記載され,甲20とおおむね同様の結果が示されているともいえる。しかし,同実験は,実験条件も明らかでなく,その信憑性は明らかでない。)。

 なお,リシノール酸を含む可能性のある油脂としては,リシノール酸のトリグリセリドを主成分とするひまし油がある(甲21,22)。しかし,ひまし油は強下剤としての作用から,食品添加物としての使用は認められていないので,被告製品にひまし油が使用されていたと認めることは到底できない(甲23)。

ウ 以上によれば,①被告各製品中には,遊離リシノール酸はほとんど存在しないこと,②食品に含まれ得る油脂には,リシノール酸はほとんど含有されていないこと,③被告らが被告各製品に含まれていると主張するコーン油の種類は不明であるが,コーン油にはリシノール酸がほとんど含まれていないことに照らすならば,被告各製品から加水分解して得られたリシノール酸は,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル由来のものであると認めるのが相当である。
(3) 被告らの主張に対する判断

 被告らは,①ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの検出は現在の技術水準では不可能であり,原告の依頼した分析結果(甲20)は信用できない,②被告らの依頼した分析結果(乙3)によれば,被告各製品中にリシノール酸は検出されていない,③被告各製品に含まれているのはポリグリセリンエルカ酸エステルであるなどと主張する。

ア 被告らは,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの検出は現在の技術水準では不可能であると主張し,これに沿った文献として,乙2の3及び乙6を提出する。

 しかし,甲20の実験は,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル自体を検出するというものではなく,前記のとおり,試料中のリシノール酸の定量分析結果からポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの含有量を換算するというものであるから,被告らの主張は採用の限りではない。また,乙2の3は,ポリグリセリン脂肪酸エステルの組成分析に関する文献であり,乙6は,食品中に添加されたポリグリセリンエステルの分析について確立した手法はないとしつつも,種々の分析手法を紹介しているところ,これらの文献においても,甲20のような加水分解及びガスクロマトグラフィーによる分析の信頼性を疑問視するような記述は示されていない。その他,被告らの主張を裏付ける証拠はない。
 したがって,被告らのこの点の主張は採用できない。
イ 被告らは,被告らの依頼に係る分析結果(乙3,7,9)によれば,被告各製品中にはリシノール酸は含まれないとする。

 しかし,乙3には,分析実験結果の数値,ガスクロマトグラフ装置の条件及びチャートのみ示されており,分析結果の信頼性を担保する,分析対象試料の調整方法等の実験手法について,何らの記載もなく,基準試料の分析結果もない。そして,分析対象試料の分析チャートには,リシノール酸を検出する(チャート上でピークを示す)位置も示されていない。乙7,9においても,同様の問題点がある。

 そうすると,これらの分析結果をもって,被告各製品中のリシノール酸の存在を否定する根拠とすることは困難であり,被告らの前記主張を採用することはできない。

ウ 被告らは,被告各製品に含まれているのはポリグリセリンエルカ酸エステルであると主張する。ポリグリセリンエルカ酸エステルの存在とポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの存在とは矛盾するものではなく,被告らのこの主張をもって,被告各製品にポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含有されることを否定することにはならない。

エ なお,被告らは,甲20において採用しているポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの標準物質(SYグリスターCR-310)について,同実験で採用したリシノール酸の濃度(44重量%)は,理論値(異議決定を参考にすれば,せいぜい74から80重量%と考えられる。)と乖離しているので,信頼性がないと指摘する(乙47の1,47の2)。

 しかし,①甲20の実験における分析対象である被告各製品には,縮合リシノール酸とポリグリセリンとの重合度,エステル化率などの異なる種々の成分からなるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれている可能性があること,②ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを加水分解する過程で,加水分解が完了しなかったり,再縮合されたりする等,さまざまな反応が生じ得る可能性があること等から,分析で用いたリシノール酸の濃度が被告らの主張に係る濃度と整合しないことをもって直ちに上記実験結果の信頼性が減殺されるとはいえないこと,③被告らにおいて,同一条件の下で追試し,その結果を検討するような分析を一切行っていないこと等に照らすならば,この点の被告らの指摘は採用できない。
(4) 小括

 以上のとおりであって,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,グリセリン脂肪酸エステルの一つであり,食品添加物としての利用が認められていること(甲25)を併せて考慮すれば,被告各製品は,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを含有すると認められる。したがって,本件発明の構成要件②を充足する。
2 争点2(原告の損害)について

(1) 弁論の全趣旨によれば,被告各製品については,被告吉川化学が製造し,被告吉川商事が販売に関与しているが,両社は密接な関係を保ちつつ,被告各製品を製造,販売しているとの事実がうかがえるので,被告らの行為は,本件特許権の侵害行為の共同不法行為を構成する。
(2) そこで,原告の被った損害の額(特許法102条1項)について検討する。
ア 事実認定
(ア) 被告各製品の販売額

 被告各製品は,被告吉川化学が製造し,被告吉川商事が販売するところ,本件特許が登録された平成11年4月9日から平成16年3月までの被告吉川商事による被告各製品の販売量及び販売額は,以下のとおりであると認められる(年度は同年4月から翌年3月までの期間である(乙16の1の注記))(乙16の1)。
  販売量(トン)       販売額
 平成11年度   98.154     4735万円
 平成12年度  128.394     5286万円
 平成13年度  125.640     5271万3000円
 平成14年度  129.762     5469万4000円
 平成15年度   95.436     4024万5000円
   合計    577.386   2億4786万2000円
(イ) 乳化型ニガリ市場における被告各製品等の市場占有状況

 原告は,平成10年4月以降,本件発明の実施品として,豆腐用の乳化型ニガリ「マグネスファイン」(以下「原告製品」という。)を製造,販売しているところ,豆腐の機械的な大量生産に適する乳化型ニガリの市場の90パーセントは,原告製品及び被告各製品で占められている(甲7,34)。
(ウ) 原告製品の単位数量当たりの利益

 原告製品の販売価格は,1トン当たり41万円であり,原材料費,包装具,蒸気・電力費,製造委託費及び運賃の経費を控除した利益額は,1トン当たり26万3774円である(甲34)。上記認定の利益額について,合理性を疑わせるに足りる他の証拠はない。

 なお,本件において,原告は当初,特許法102条2項に基づく損害のみを請求していたが,被告らにおいて,被告各製品の利益率に関する裏付け資料を提出することを拒否したため,原告は,やむを得ず,同法102条1項に基づく損害を請求し,原告製品に関する利益率に関する証拠を提出した。甲34(原告製品の販売価格の内訳等)には,営業上の秘密を含む事項が記載されているが,上記の経緯に照らして,判決理由中で,甲34に関する詳細な認定判断をすることは差し控えることとする。
(エ) 原告の実施能力

 豆腐用の乳化型ニガリの市場において,原告製品及び被告各製品が90パーセントを占めること(前記(イ)),被告各製品の購入先は10社程度であること(乙36)からすると,原告は,原告製品に関し,被告各製品の製造及び販売数量に相当する需要に対応することができる製造及び販売能力を有していたと認められる。
(オ) 特許法102条1項ただし書に係る事情

 被告らは,特許法102条1項ただし書に係る事情として,①被告各製品は製品自体の特性及び被告らの営業努力によって発生した需要がある,②被告吉川商事は,原告が供給を止めた株式会社星高の販路にのみ被告各製品を供給している,として,原告製品と被告各製品には相互の補完関係がないと主張する。

 しかし,本件全証拠によるも,株式会社星高と原告との取引に関する事情を認めることはできないこと,豆腐用の乳化型ニガリ製品に対する需要は,平成10年4月以降,大手の豆腐大量製造業者に急速に拡大していること(甲8の1,8の2)等の事情に照らせば,原告製品と被告各製品に補完関係がないとはいえず,その他,被告らの主張に沿う事実を認めるに足りる証拠はないから,被告らの主張は採用できない。
イ 損害額

 アで認定した各事実によれば,以下の計算式のとおり,本件特許権の侵害により原告が平成11年4月から平成15年3月までの間に被った損害額は,1億4871万7200円となる。

 481.95トン(被告各製品の総販売量)×26万3774円(原告製品の1トン当たりの販売利益)=1億2712万5879円(円未満切り捨て)
 同様に,平成15年4月から平成16年3月までの間に被った損害額は,2517万3535円となる。
 95.436トン×26万3774円=2517万3535円

 なお,原告は,特許法102条2項に基づく損害額も主張するが,被告各製品の販売により被告らが受けている利益が,前記金額を超えることを認めるに足りる証拠はなく,前記金額以上の損害額を認めることはできない。

 また,原告は,上記損害金に対する訴状送達の日の翌日である平成15年9月11日から年5分の割合による遅延損害金を請求しているが,被告らが平成15年度(平成15年4月~平成16年3月)に販売した被告各製品95.436トンの販売時期は証拠上不明であるから,平成15年度の販売による損害2517万3535円については,平成16年4月1日を遅延損害金の起算日とする。

花王の豆腐用凝固剤事件(中)

花王の豆腐用凝固剤事件(中)

3 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(被告各製品は,本件発明の構成要件②を充足するか)について
(原告)

ア 被告各製品にはグリセリン脂肪酸エステルが含まれている。同グリセリン脂肪酸エステルは,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルであり,被告各製品は,本件発明の構成要件②を充足する。

イ すなわち,被告各製品を加水分解し,これによって生じたリシノール酸を定量し,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに換算した分析結果(甲20)によれば,被告各製品にはポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれている。前記分析結果によれば,被告各製品中のポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの含有量は,被告製品Aにおいて1.61重量パーセント,被告製品Bにおいて0.34重量パーセント,被告製品Cにおいて0.22重量パーセントである。

 上記分析結果は,被告各製品中に遊離のリシノール酸が存在しないことを示す分析結果(甲24,32)及び試料を加水分解することによってリシノール酸を生じ得る食品添加物はポリグリセリン縮合リシノール酸エステルのみであることを示す文献(甲23,25)などにより,その正当性が裏付けられる。
(被告ら)

ア 被告各製品には,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれていない。被告各製品に含まれるポリグリセリン脂肪酸エステルは,ポリグリセリンエルカ酸エステルである。

 甲20の分析結果により,被告各製品から検出されたリシノール酸は,被告各製品において用いられているコーン油に由来するものであり,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに由来するものではない。

イ 被告各製品を加水分解してリシノール酸を定量し,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルに換算した分析結果(甲20)は,以下のとおり,信頼性がなく,これに基づいて,被告各製品にポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが含まれているとすることはできない。

 すなわち,ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは,現在の分析技術では,検出不可能である。また,リシノール酸は,コーン油や,その他高分子化合物にも含まれているところ,同分析は,リシノール酸がポリグリセリン縮合リシノール酸エステルにのみ含まれるという前提で換算している点で誤りがある。
(2) 争点2(原告の損害)について
(原告)
ア 特許法102条1項に基づく損害額
(ア) 被告各製品の販売額

 被告らは,以下のとおり,本件特許権の登録時である平成11年4月から平成16年3月末までの間に,被告各製品を合計577.386トン製造,販売し,その販売額は2億4786万2000円であった。
販売量(トン)       販売額
 平成11年度  98.154     4735万円
 平成12年度 128.394     5286万円
 平成13年度 125.640     5271万3000円
 平成14年度 129.762     5469万4000円
 平成15年度  95.436     4024万5000円
   合計   577.386   2億4786万2000円
 上記によれば,被告らのトン当たりの販売価格は42万9283円である。
(イ) 原告の利益率,その他の事情

 他方,原告も,平成10年4月以降,本件特許製品である豆腐用凝固剤組成物「マグネスファイン」(以下「原告製品」という。)を製造,販売しており,原告の製品と被告各製品は,市場において競合している。そして,大量の機械的製造に適する豆腐用凝固剤組成物は,原告製品及び被告各製品以外の競合商品がほとんど存在せず,両製品で市場のほぼ9割を占めている。
 なお,原告による原告製品の製造及び販売の能力は,年間4000トンの余力がある。
 原告製品の製造及び販売に関し,限界利益率は64.3パーセントである。
(ウ) したがって,原告の損害は,1億5937万5266円となる。
イ 特許法102条2項に基づく損害額
(ア) 被告各製品の販売額
 平成11年4月から平成16年3月までの被告各製品の販売額は2億4786万2000円である。
(イ) 被告各製品の経費率

a 原材料費(包装費等を含む)が,9056万8000円(36.54%)であり,運賃が1501万円(6.06%)であると推認されるので,これを基礎とすると被告らの経費率は42.60%となる。

b なお,ニガリ(塩化マグネシウム)は,被告吉川化学が自家製造しているので,ニガリの原価は,1キログラム当たり50円と推認される。仮に,自家製造を前提として算定した場合には,原材料費は,7411万2499円(29.90%)となり,運賃(6.06%)を加算すると,被告らの経費率は35.96%となる。
(ウ) 利益額
a 被告らの利益額は,販売額に利益率(57.40%)を乗じると,1億4227万2788円となる。
b 仮に自家製造を前提として算定すると,被告らの利益額は,販売額に利益率(64.04%)を乗じた,1億5872万6511円となる。
(エ) したがって,原告の損害は1億5872万6511円ないし1億4227万2788円と推定される。
(被告ら)
ア 特許法102条1項に基づく損害額について

 原告製品や被告各製品のように,乳化型ニガリは豆乳凝固法の一部にすぎず,通電加熱法を用いていたり,自社製ニガリを用いている豆腐製造業者もいるから,原告製品及び被告各製品で全国の9割を占めるということはない。

 そして,被告各製品の需要者は,これを用いた豆腐の風味が良いという被告各製品の品質に着目する者,あるいは,被告らが卸売業者を通じて長年取引を継続してきた豆腐製造業者などであり,原告製品の需要者とは需要層が異なる。

 さらに,被告吉川商事は,豆腐用凝固剤組成物を使用するための機械(豆乳への添加機)の製造業者である株式会社星高に被告各製品を販売しているが,同社は,原告が取引を中止した取引先である。
 以上からすると,特許法102条1項ただし書に規定する事情があるというべきであり,原告には損害はない。
イ 特許法102条2項に基づく損害額について

 被告各製品の製造及び販売については,原材料を他社から仕入れていること,少量生産であること,単価の低い卸販売であること,豆腐業界の不況に伴う取引先からの値引要求,品質保証期間が短期であること等の事情から,低収益となっており,原告が主張するような利益は発生していない。

花王の豆腐用凝固剤事件(前半)

花王の豆腐用凝固剤事件(前半)


豆腐用凝固剤事件




これは新聞記事にもなったが、花王株式会社の豆腐用凝固剤の損害賠償が認められた事件である。



◆H16.11.17 東京地裁 平成15(ワ)19926 特許権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第19926号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年9月27日
判決
原       告     花王株式会社
同訴訟代理人弁護士     中島敏
被       告     吉川商事株式会社
                 (以下「被告吉川商事」という。)
被       告     有限会社吉川化学工業所
                 (以下「被告吉川化学」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士   畑井博
主文
1 被告らは,別紙物件目録記載の物件を生産し,譲渡し,譲渡の申出をし,又は使用してはならない。
2 被告らは,保有する別紙物件目録記載の物件を廃棄せよ。

3 被告らは,原告に対し,各自金1億5229万9414円及び内金1億2712万5879円に対する平成15年9月11日から,内金2517万3535円に対する平成16年4月1日から各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
6 この判決は,第1項から第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項及び第2項と同旨
2 被告らは,原告に対し,各自金1億6000万円及びこれに対する平成15年9月11日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要

 原告は,豆腐用凝固剤組成物についての特許権を有しているが,別紙物件目録記載の物件(以下「被告各製品」という。)を被告吉川化学が製造し,被告吉川商事が販売する行為が原告の有する特許権を侵害するとして,被告各製品の生産等の差止め,廃棄並びに各自1億6000万円及び遅延損害金の支払を求めた。
 これに対し,被告らは,被告各製品は,原告の特許権に係る発明の技術的範囲に属しない等と主張して争っている。
1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。)
(1) 当事者
ア 原告は,食品,食品添加物及び飲料の製造及び販売等を業とする株式会社である。

イ 被告吉川商事は,苦汁工業製品その他各種工業薬品,食品添加物の製造及び売買並びに輸出入等を業とする株式会社である。被告吉川化学は,苦汁を原料とするブロム,苦汁加里塩,その他の製造等を業とする有限会社である。
(2) 原告の有する特許権
 原告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その請求項1の発明を「本件発明」という。)を有している。
 発明の名称   豆腐用凝固剤組成物
 特許番号    第2912249号
 出願年月日   平成8年8月20日
 登録年月日   平成11年4月9日
 特許請求の範囲(請求項1)

 無機塩系豆腐用凝固剤とポリグリセリン縮合リシノール酸エステルと油脂とを含有することを特徴とする豆腐用凝固剤組成物。
(3) 本件発明の構成要件の分説
 本件発明の構成要件は以下のとおり分説できる(甲3,4)。
① 無機塩系豆腐用凝固剤と
② ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルと
③ 油脂とを含有することを特徴とする
④ 豆腐用凝固剤組成物
(4) 本件発明の作用及び効果

 本件発明の豆腐用凝固剤組成物は,これを使用することにより,低温の豆乳を用いた凝固,高温の豆乳を用いた凝固のいずれにおいても,塩化マグネシウム等の風味を損なわない濃度で十分な硬さを有し,風味にも優れた豆腐を製造することができるという効果を有する(甲4)。
(5) 被告らの行為
 被告各製品については,被告吉川化学が業として製造し,被告吉川商事が業として販売を行っている。

 被告らは,①別紙物件目録記載1の製品(以下「被告製品A」という。)について,平成10年5月ころから平成13年7月ころまで製造,販売をし,②別紙物件目録記載2の製品(以下「被告製品B」という。)について,平成13年9月ころから,製造,販売を開始し,③別紙物件目録記載3の製品(以下「被告製品C」という。)について,同9月以降の時期から,製造,販売を開始した(なお,被告らは,被告製品B及びCについて,いずれも「ミルキィニガリK」という商品名を付していると主張する。しかし,食品衛生法に基づく表示によれば,両者は,グリセリン脂肪酸エステルの含有量及びソルビタン脂肪酸エステルの含有の有無の点で相違するので,別個の製品として,区別して検討する。)(甲5,6,28)。
(6) 被告各製品の概要

 被告各製品は,塩化マグネシウムと油脂を含む豆腐用凝固剤組成物である。塩化マグネシウムは,無機塩系豆腐用凝固剤に該当する(甲4【0004】)から,被告各製品は,本件発明の構成要件①,③及び④を充足する。
2 争点
(1) 被告各製品は,本件発明の構成要件②を充足するか(争点1)
(2) 原告の受けた損害はいくらか(争点2)


インクジェットプリンタ用インクタンク事件(後半2/2-2)

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(後半2/2-2)


  イ 本件発明1の構成,作用効果の概要
 
(ア) 本件インクタンクのように,インクタンクを2室に分け,インク供給口を有する側にのみインク吸収体を充填し,他の室にはインクのみを収納する構成とすると,製品の運送中に傾けて置かれた場合,負圧発生部材収納室にインクが過剰に流れ込み,大気連通部などからインクが溢れるという欠陥があった。
 本件発明1は,インク吸収体を2つに分け,その界面部分の毛管力を各インク吸収体の毛管力より高くする構成とし,界面部分の上方までインクを充填すると,本件明細書図2(b)に示されるような厳しい条件の姿勢であっても,界面部分に保持されているインクが,大気連通部からの空気を遮断して,液体収納室への空気の流入を防止することにより,負圧発生部材収納室に過剰なインクが流れ込むことを防止できるという作用効果を有するものであり,負圧発生部材収納室の構成と特定の態様にインクを充填することを主な構成要件とするものである。
  (イ) 本件発明1では,インクの充填が構成要件の一部を構成しているが,インクそれ自体は,特許された部品ではない。
(前提事実,弁論の全趣旨)
  ウ 取引の実情等
  (ア)a 甲会社の関連会社(乙会社)は,原告製品のインクを使い切ったインクタンク本体を北米,欧州及び日本を含むアジアから収集している。
 
b 使用済みの本件インクタンク本体を有する消費者は,それを家庭用ゴミとして捨てたり,リサイクルのために家電量販店,学校,教会等に設置された回収ボックスに投入する。大部分の場合,消費者は,本件インクタンク本体の対価を得ることはないが,1個当たり10円ないし20円の対価を支払う事例も増えている。
 
c 回収業者は,家電量販店等の回収ボックス等によって回収された本件インクタンク本体を若干の謝礼を支払って買い取り,甲会社の関連会社(乙会社)に対し,回収の経費に利益を上乗せした価格で売却している。
 
d なお,原告は,他のメーカーと同様,一般消費者に対し,使用済みインクタンクの回収への協力を呼びかけ,回収したインクタンクをプラスチック材料の資源としてリサイクルしている。
(前提事実,甲9~12,14,乙30,31の1,32の1,33の1~3,34~36)
 
(イ) 株式会社BCNの市場調査部門であるBCN総研は,平成16年4月,日本国内向けのウェブサイト上で,インクジェットプリンタ用インクカートリッジの利用者に対するアンケート調査を行ったが,その結果は,次のとおりである。
  a リサイクルインクカートリッジの利用状況
    現在利用している           8.8%
    現在は利用していない         8.7%
現在・過去とも利用していない    81.6%
  b リサイクルインクカートリッジの利用意向
    是非利用したい           14.3%
    なるべく利用したい         19.1%
    わからない             45.8%
    あまり利用したくない         9.8%
    全く利用する気はない         7.0%
  c 使用後のインクカートリッジの処理
    自宅でゴミとして廃棄する      48.2%
    家電量販店等に設置されている回収箱に入れる
                      46.1%
    インク詰め替えを行い再利用する    4.4%
(乙3の1・2)
 (ウ)a 被告は,平成16年6月まで,被告製品の輸入を行っていた。

 b 株式会社エコリカは,平成15年10月ころから,我が国の家電量販店やウェブサイト上において,原告用やエプソン等の他メーカー用の被告製品と同種の製品を,相当安い価格で販売している。
  c 現在,他の多くの会社も,被告製品と同種の製品を安く販売している。
 
d エコリカ製品等の製造を行っているジット株式会社は,平成16年6月,設備投資を行い,原告用,エプソン用等のインクタンクのリサイクル能力を月産30万個に高めた。
(前提事実,甲13,乙4の1・2,5の1~10,17,20,21,32の2,38,弁論の全趣旨)
 (エ)a 原告のインクタンク用の詰め替え用インクも,我が国において販売されている。この商品には,インクを再充填する際に必要となる注入孔を開けるためのドリル,注入孔を塞ぐためのプラグ等の付属品が付いているものもある。
 詰め替え用インクを使用した場合,印字の鮮明度が純正品に比し劣ることを認めるに足りる証拠はない。
  b エプソン等の他メーカー用の詰め替え用インクも,同様に販売されている。
(乙20,22の1・2,37)
(オ) アメリカ合衆国及びドイツにおいては,インクジェットプリンタ用インクタンクのリサイクル品の販売は,我が国よりも大規模に行われている。
(乙1の1~4,2の1・2,6の1~10,9の9,24)。
 
(カ) 近年,廃棄物の大量発生が深刻な社会問題・環境問題を引き起こしているが,リサイクル可能な物品のリサイクルを行うことは,社会全体にとって極めて有用かつ重要である。かかる観点から,資源の有効な利用の促進に関する法律(平成3年法律第48号)が制定され,平成14年改正後の同法は,再生資源及び再生部品の使用は企業を含む国民の責務である旨定めている。
(争いのない事実)
 (3) 国内消尽について
  ア 上記(2)に説示の事実をまとめれば,次のとおりである。
  (ア) 特許製品の構造等
 本件インクタンク本体は,インクを使い切った後も破損等がなく,インク収納容器として十分再利用することが可能であり,消耗品であるインクに比し耐用期間が長い関係にある。この点は,撮影後にフィルムを取り出し,新たなフィルムを装填すると,裏カバーと本体との間のフック,超音波溶着部分等が破壊されてしまう使い捨てカメラ事件判決の事案とは大きく異なっている。
 そして,液体収納室の上面に注入孔を開ければ,インクの再充填が可能である。
 インクの変質等に起因する障害を防止する観点からは,原告指摘のとおり本件インクタンク本体を再利用しないことが最良であるが,上記障害が有意なものであることの立証はないし,純正品を使うかリサイクル品を使うかは,本来プリンタの所有者がプリンタやインクタンクの価格との兼ね合いを考慮して決定すべき事項である。
  (イ) 特許発明の内容
 
a 原告主張のとおり,本件発明1においては,毛管力が高い界面部分を有する構造と界面部分の上方までインクを充填することの組合せにより,輸送中のインクの漏れを防ぐ効果を奏しているものであるが,毛管力が高い界面部分を形成した構造が重要であり,界面部分の上方までインクを充填することは,上記構造に規定された必然ともいうべき充填方法であるといわざるを得ない。そして,本件インクタンク本体においては,上記毛管力が高い界面部分の構造は,インクを使い切った後もそのまま残存しているものである。
  b また,本件発明1では,インクの充填は構成要件の一部を構成しているが,インクそれ自体は,特許された部品ではない。
  (ウ) 取引の実情等
 本件インクタンク本体は,もともとゴミとして廃棄されている割合が高かったが,環境保護及び経費削減の観点から,リサイクルされた安価なインクタンクへの指向が高まり,近年では,被告製品のような再充填品を売る業者の数が多くなり,平成16年4月に行われたアンケート調査結果によると,リサイクルインクカートリッジを現在利用している割合だけでも,8.8%に達している。そして,リサイクルされた安価なインクタンクへの指向は,今後更に高まることが予想される。
 
イ 以上の事実によれば,本件インクタンク本体にインクを再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たると認めることはできないから,日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき,国内消尽の成立が認められる。
 (4) 国際消尽について
 また,前記(2)及び(3)アの事実によれば,海外で譲渡された原告製品に基づく被告製品についても,国際消尽の成立が認められる。
 2 争点(2)(製造方法の特許の消尽等)について
 (1) 法律論
  ア 国内消尽について
 物を生産する方法の特許についても,物の特許の場合と同様に(前記1(1)ア参照),国内消尽が成立し,特許権の効力は当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
  イ 国際消尽について
 物を生産する方法の特許についても,物の特許の場合と同様に(前記1(1)イ参照),国際消尽が成立し,特許権の効力は当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,国内消尽の場合と同様に,上記アに掲げた諸事情を総合考慮して判断すべきである。
  ウ 原告の主張に対する判断
 原告は,物を生産する方法の発明の場合,当該製造方法が特許として認められている以上,その実施行為が特許法上の製造に当たることに議論の余地がないから,特許製品の構造,特許発明の内容,取引の実情等に基づき新たな生産か修理かの判断を行う必要はない旨主張する。
 しかしながら,特許された製造方法により生産された製品を譲り受けた者が,当該製品を使用し譲渡等する権利に基づき,その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができることは,物の特許の場合と同様であり,製造方法の特許についてだけ構成要件の一部に該当する行為があれば当然特許権侵害となると解すべき理由はない。したがって,物を生産する方法の特許の場合も,物の特許の場合におけると同様な考慮要素を総合して新たな生産か修理かを判断する必要があるというべきであり,これに反する原告の主張は採用することができない。
 (2) 国内消尽について
  ア 原告製品の構造等,取引の実情等は,前記1(2)ア,ウ及び(3)ア(ア),(ウ)で認定したとおりである。
 
イ そして,本件発明10の構成,作用効果の概要は,前記1(2)イで認定した本件発明1のそれと異なるところはないから,前記1(3)ア(イ)で述べたことは,本件発明10にそのまま当てはまる。
 
ウ したがって,本件発明10についての特許の関係においても,本件インクタンク本体を用意し,特定の態様にインクを再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たるものと認めることができないから,日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき,国内消尽の成立が認められる。
 (3) 国際消尽について
 また,海外で譲渡された原告製品を再製品化した被告製品についても,上記(2)と同じ理由で,国際消尽の成立が認められる。
 3 結論
 よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第40部

     裁判長裁判官   市  川  正  巳


   裁判官   頼     晋  一


               裁判官   高  嶋     卓



(別紙)

物件目録(1)

 下記「構造の説明」及び第1図ないし第5図に記載された構造のインクタンク本体に,下記「商品上の表示及びインクの種類」の表示を付し黒色インクを充填したインクタンク
第1 商品上の表示及びインクの種類
 本件インクタンク(黒色インク収納)は,下記の表示が付されている。
 表示:「for Canon」,「recycle ink cartridge」,「BCI-3eBK」
第2 図面の説明
 第1図ないし第5図は,本件インクタンクを示す図面であって,第1図は平面図,第2図は底面図,第3図は上面図,第4図は左側面図,第5図は右側面図である。
第3 構造の説明
 1. 第1図に示すようにインクタンク1は,容器2,蓋部材3,インク供給部材4,第1の負圧発生部材5,第2の負圧発生部材6より構成されている。
 2. 容器2は,その上側開口を蓋部材3によって覆い,溶着して形成されている。
 3. 第3図に示すように,インクタンク1の上面には,大気連通口8と大気連通路9とによって構成され,インクタンク1内を大気と連通する大気連通部10が形成されている。
 4. インクタンク内部の構成
 (1) インクタンク1は,互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材5,6を収納するとともに,液体供給部7と大気連通部10とを備える負圧発生部材収納室14を備えている。
 (2) インクタンク1は,負圧発生部材収納室14と連通する連通部16を有すると共に,連通部16を除き密閉空間を形成し,インクを貯留する液体収納室15を備えている。
 (3) インクタンク1は,さらに,負圧発生部材収納室14と液体収納室15とを仕切るとともに,連通部16を形成するための仕切壁17を有している。
 5. 負圧発生部材の構成
 (1) 第1及び第2の負圧発生部材5,6は,いずれも毛管力を備えた繊維集合体であって,第1の負圧発生部材5の毛管力は,第2の負圧発生部材6の毛管力より相対的に大きく,第2の負圧発生部材6は第1の負圧発生部材5より相対的に硬く形成されている。
 (2) 第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6は,その外側面が,負圧発生部材収納室14の内側面と隙間なく密着しており,第2の負圧発生部材6の上面は蓋部材3の内面に設けられたリブ23によって押圧され,該押圧力により,第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6の界面18において,第1の負圧発生部材5の上面が圧縮された圧接部を形成している。
 (3) 前記圧接部を含む界面18は,第1及び第2の負圧発生部材5,6の有する毛管力より高い毛管力を有する。
 (4) 前記圧接部を含む界面18は,仕切壁17を含む負圧発生部材収納室14の側面と隙間なく交差している。
 (5) 第1の負圧発生部材5は,連通部16と連通すると共に,界面18を介してのみ,大気連通部10と連通可能である。
 (6) 第2の負圧発生部材6は,界面18を介してのみ連通部16と連通可能である。
 6. インクの充填量
 (1) 液体収納室15には,ほぼ一杯にインクが充填されている。
 (2) 負圧発生部材収納室14には,圧接部の界面18より上方までインクが充填されている。

物件目録(2)

 下記「構造の説明」及び第1図ないし第5図に記載された構造のインクタンク本体に,下記「商品上の表示及びインクの種類」(1)ないし(3)のいずれかの表示を付しインクを充填したインクタンク
第1 商品上の表示及びインクの種類
 本件インクタンク(カラーインク収納)は,下記(1)ないし(3)のいずれかの表示が付され,インクが充填されている。
 (1) 表示:「for Canon」,「recycle ink cartridge」,「BCI-3eY」
   充填インク:黄色インク
 (2) 表示:「for Canon」,「recycle ink cartridge」,「BCI-3eM」
   充填インク:マゼンタ色インク
 (3) 表示:「for Canon」,「recycle ink cartridge」,「BCI-3eC」
   充填インク:シアン色インク
第2 図面の説明
 第1図ないし第5図は,本件インクタンクを示す図面であって,第1図は平面図,第2図は底面図,第3図は上面図,第4図は左側面図,第5図は右側面図である。
第3 構造の説明
 1. 第1図に示すようにインクタンク1は,容器2,蓋部材3,インク供給部材4,第1の負圧発生部材5,第2の負圧発生部材6より構成されている。
 2. 容器2は,その上側開口を蓋部材3にようて覆い,溶着して形成されている。
 3. 第3図に示すように,インクタンク1の上面には,大気連通口8と大気連通路9とによって構成され,インクタンク1内を大気と連通する大気連通部10が形成されている。
 4. インクタンク内部の構成
 (1) インクタンク1は,互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材5,6を収納するとともに,液体供給部7と大気連通部10とを備える負圧発生部材収納室14を備えている。
 (2) インクタンク1は,負圧発生部材収納室14と連通する連通部16を有すると共に,連通部16を除き密閉空間を形成し,インクを貯留する液体収納室15を備えている。
 (3) インクタンク1は,さらに,負圧発生部材収納室14と液体収納室15とを仕切るとともに,連通部16を形成するための仕切壁17を有している。
 5. 負圧発生部材の構成
 (1) 第1及び第2の負圧発生部材5,6は,いずれも毛管力を備えた繊維集合体であって,第1の負圧発生部材5の毛管力は,第2の負圧発生部材6の毛管力より相対的に大きく,第2の負圧発生部材6は第1の負圧発生部材5より相対的に硬く形成されている。
 (2) 第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6は,その外側面が,負圧発生部材収納室14の内側面と隙間なく密着しており,第2の負圧発生部材6の上面は蓋部材3の内面に設けられたリブ23によって押圧され,該押圧力により,第1の負圧発生部材5と第2の負圧発生部材6の界面18において,第1の負圧発生部材5の上面が圧縮された圧接部を形成している。
 (3) 前記圧接部を含む界面18は,第1及び第2の負圧発生部材5,6の有する毛管力より高い毛管力を有する。
 (4) 前記圧接部を含む界面18は,仕切壁17を含む負圧発生部材収納室14の側面と隙間なく交差している。
 (5) 第1の負圧発生部材5は,連通部16と連通すると共に,界面18を介してのみ,大気連通部10と連通可能である。
 (6) 第2の負圧発生部材6は,界面18を介してのみ連通部16と連通可能である。
 6. インクの充填量
 (1) 液体収納室15には,ほぼ一杯にインクが充填されている。
 (2) 負圧発生部材収納室14には,圧接部の界面18より上方までインクが充填されている。

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(後半2/2-1)

インクジェットプリンタ用インクタンク事件(後半2/2-1)

第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(物の特許の消尽)について
(1) 法律論
 ア 国内消尽について
 (ア) 特許権者が我が国の国内において特許発明に係る製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである(BBS事件最高裁判決)。
 しかしながら,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。
 (イ) そして,本件のようなリサイクル品について,新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
 特許製品の製造者,販売者の意思は,価格維持の考慮等が混入していることがあり得るから,特許製品の通常の使用形態を認める際の一事情として考慮されるにとどまるべきものである。
 イ 国際消尽について
 (ア) 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き,譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で上記の旨の合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解される(BBS事件最高裁判決)。
  (イ) しかしながら,上記のような場面においても,上記アと同様な事情が認められる場合には,特許権者による権利行使は許されると解される。
  ウ 原告の主張に対する判断
 原告は,インクを使い切った本件インクタンクが廃棄された後のリサイクル業者の行為に関しては,新たな生産か修理かを判断する必要がない旨主張する。
 しかしながら,特許製品を譲り受けた者は消尽等によりその使用及び譲渡等を自由に行うことができるものであるから,新たな生産か否かが問題とされる行為を行った者が原告からの直接の購入者であるか転得者であるかは,新たな生産か修理かの判断に影響せず,ただ,インクを使い切った本件インクタンクが消費者によって廃棄され又はリサイクルに付されたという事情が,新たな生産か修理かの判断の考慮要素である取引の実情の一部として考慮される関係にあるものと考えられる。
 よって,原告の上記主張は,採用することができない。
 (2) 事実認定
 前提事実に,各項に掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
 ア 原告製品の構造等
 
(ア) 原告製品をインクジェットプリンタで使用すると,液体供給口14から適宜インクが供給され,インクを使い切ると,本件インクタンク本体のみが残る。ただし,負圧発生部材はもともとインクを吸収する性質のものであるため,わずかにインクが残った状態となる。
 本件インクタンク本体は,負圧発生部材を含め,形状や性質は特に変化しておらず,インク収納容器として再利用することが可能である。
(前提事実,弁論の全趣旨)
 
(イ) 原告は,本件インクタンクをインクの再充填を行わないものとして設計しており,本件インクタンクには,再充填を可能とする注入孔は設けられていない。そのため,本件インクタンク本体にインクを再充填しようとすると,本件インクタンク本体に穴を開け,内部を洗浄し,インクを注入後,穴に栓をするという方法を採らざるを得ない。
(前提事実,弁論の全趣旨)
  (ウ) 原告が本件インクタンクを再充填可能な設計にしていない理由の一部は,次のとおりである。
  a 液状インクは化学製品であるから,長く使いすぎると化学的変質や溶剤の蒸発による濃度変化を生ずる危険があるが,インクを使い切った後に再充填した場合,この危険が増大する。
  b インクの変質は,プリンタの印字品質を低下させ,プリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生の原因となる。
  c また,プリンタ用のインクは,各プリンタの設計に合わせ,その印字機構が最高の機能を発揮できるように,独自の特性のものが使用されているから,インクが変われば,やはりプリンタの性能に影響し,故障の原因ともなる。
  d 仮に再充填しようとしても,特に繊維体である負圧発生部材の洗浄は,手数のかかる作業であるから,消費者が行うことができることではない。
  e 本件インクタンク本体についても,時間の経過とともに劣化が考えられる。
(弁論の全趣旨)
 
(エ) 原告は,インクタンクの再使用をしないことを呼びかける趣旨を含めて,原告製品のパッケージに「キヤノン製使用済みインクタンク,BJカートリッジの回収にご協力ください。」と記載して販売し,ウェブサイト上でも,使用済みカートリッジの回収を呼びかけている。
(甲9)
 
(オ) インクの再充填によるインクの変質により,プリンタの印字品質の低下やプリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生がどの程度高まるか,及び障害はどの程度のものかを示す的確な証拠はない。しかも,後記ウのとおり,詰め替え用インクや被告製品のようにインクを詰め替えた製品が相当数販売されている事実からすると,原告主張の印字ヘッドの目詰まり等の危険が,消費者の選択にゆだねても差し支えない程度を超えるものであることの立証はないといわなければならない。