日本橋高島屋で「現代書道二十人展」を鑑賞した後は、すぐ近くの「日本橋」を観に行きました。
以前何度も車で通過したことはありますが、歩いてみたことはありませんでした。
良い機会なので、ゆっくり散歩しながら散策しました。
日本橋の東側から歩いて行きました。
日本橋は、明治44年(1911)に架橋されたもの。
ルネサンス様式の石造二連アーチ橋で、都内では数少ない明治期の石造道路橋です。
親柱に記された橋名の揮毫は、第十五代将軍・徳川慶喜公の筆によるものだそうです。
照明灯のある鋳銅製装飾柱を中心に和漢洋折衷の装飾が施されています。
明治建築界の三大巨匠の一人、建築家・妻木頼黄(つまきよりなか)の考案の麒麟や東京市章の抱えた獅子のブロンズ像は、高い芸術性があるそうです。
日本橋の東側を南から北側へ渡ると、「日本橋魚河岸跡」があります。
日本橋から江戸橋にかけての日本橋川沿いには、幕府や江戸市中で消費される鮮魚や塩干魚を荷揚げする「魚河岸」がありました。
ここで開かれた魚市は、江戸時代初期に佃島の漁師たちが将軍や諸大名へ調達した御膳御肴の残りを売り出したことに始まります。
この魚市は、日本橋川沿いの魚河岸を中心として、本船町・小田原町・安針町(現在の室町一丁目・本町一丁目一帯) の広い範囲で開かれ、大変なにきわいをみせていました。
日本橋の西側に渡ると、「東京市道路元標」があります。
日本橋の創架は、徳川家康が幕府を開いた慶長8年(1603)と伝えられています。
翌年、日本橋が幕府直轄の主要な五つの陸上交通路(東海道、中山道、奥州道中、日光道中、甲州道中)の起点として定められました。
江戸市街の中心に位置した日本橋は、橋のたもとの日本橋川沿いに活気ある魚市場が立ち並び、周辺に諸問屋が軒を連ねるなど、江戸随一の繁華な場所でした。
とても良い見学をしました。いい散策になりました。
またどこか気になるところへ気軽に行けるようになってもらいたい。