こんにちは。
渡辺俊幸事務所web担当です。

日比谷公会堂マメ知識です。

日比谷公会堂は東京都千代田区の
日比谷公園の中にあります。
日比谷野外音楽堂も日比谷公園の中です。




東京の地理に明るくない方のために補足をすると
日比谷公園は皇居のすぐ横にあります。
帝国ホテルや、ニュース映像などでおなじみの
東京地検も日比谷公園のお隣りです。



渡辺の書いた記事にもありましたが
完成したのは84年前の1929年です。

この年はアメリカのニューヨーク証券取引所で
株価の大暴落して世界大恐慌に突入した年、
歌手の村田英雄さん、喜劇役者の藤山寛美さん、
女優のオードリー・ヘップバーンさんが生まれた年です。

当時の東京市町だった後藤新平さんが
独立公正な地方自治の調査研究機関を設立したい、と
安田財閥総裁の初代安田善次郎さんに相談、
350万円の寄付を受けて日比谷公園の中に
「市政会館」という施設を作りました。
この市政会館と一緒に日比谷公会堂も作られました。

市政会館も日比谷公会堂も
似たような趣を持つのはそのためです。
(上・市政会館、下・日比谷公会堂)





設計したのは建築家の佐藤功一さん。
早稲田大学の大隈講堂を作った人です。



言われてみれば・・・という感じですよね。


出来てからしばらくは、
東京唯一のコンサートホールということで
オーケストラのコンサートや歌手のリサイタルなどが
頻繁に行われていたようです。

様々な組織の大会や選挙の立会演説会などもよく行われ、
1960年の日本社会党委員長、浅沼稲次郎さん刺殺事件も
ここ日比谷公会堂で発生した事件でした。



というわけで、日比谷公会堂は
様々な意味で昭和ノスタルジーを感じることが出来ます。

日比谷公会堂の中には、このような歴史を紹介した
「アーカイブカフェ」というお店があります。
→ http://hibiya-kokaido.com/cafe.html

いかにも「昭和の喫茶店」という感じで落ち着きます。

ちなみに後藤新平さんは
関東大震災でめちゃくちゃになった東京を復興させるための
復興院という役所の総裁もやっていた方ですが
今の東京の街はこの時に後藤新平さんが考案したものが
数多く残されています。

例えば東京周辺の道路は
中心部を囲むような環状道路と
そこから近郊に放射状に伸びる幹線道路、
という形になっていますが、
これも後藤新平さんのアイデアです。

日比谷公会堂を作るために私財を寄付した
初代安田善次郎さんについては
次女の娘、つまり孫がオノ・ヨーコさんの母親です。
要するに初代安田善次郎さんのひ孫がオノ・ヨーコさん、
その旦那さんがジョン・レノンということですね。

そしてジョンの息子のショーン・レノンは玄孫(やしゃご)、
なわけですね。当たり前のお話しですが。


以上、ボスのブログを勝手に使って
久々にどうでもいい話しを書いてしまいました。
大変失礼いたしました。