私が作曲をする過程については、6月10日のブログにも書きましたが、そこで触れていないことを書きます。

前回までのブログでまだ科学的でないとされている存在の話や宇宙全体に共通している法則性などについて私が感じていることを簡単にですが書いてきました。作曲家は、この法則性を意識することなく自然にそれに則って音を紡ぎ出す能力を持つ者だということも書きました。

では、心の内側で音を聴くためには、どうしたら良いのでしょう。

私の場合は、意識の使い方に重要なポイントがあります。

映像音楽の場合、その作品の映像を見られる場合は、それを見てその世界の中に自分の意識ごと入って行きます。ドラマの場合ですとその登場人物の誰かの意識と同化するようにします。多分、役者が演じる場合と同じ境地だと思います。集中力を持ってこれを実行すると、すぐに音が聞こえ出します。時間がある場合は、浮かんでくる限り何曲も書いて、後から良いものを選びます。私の場合、そこで浮かんだもので使用しなかった曲を他の作品で使用するというような事はしないようにしています。作品にふさわしい曲は、常にその作品と向かい合った時に生まれると思っているからです。

意識を向ける先は、映像だけではありません。その作品を私に依頼してきた監督やプロデューサーなどの特にその作品に対して思い入れの深い方の想いにも意識を向けます。私は、人間の意識は、深いところでみなつながり合っていると感じていますが、作曲をする時にも思いの深い制作者からは、多大のインスピレーションを受け取るのです。

意識を向けることなく勝手にむこうからやってくるインスピレーションに関しては、次回に書きます。