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Wattan Net Life

無道探訪‼︎                                         

12月21日の午後、私は吉祥寺オデオンにジェームズ・キャメロン監督の長編映画『アバター』(2009公開)シリーズの2作目『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』を観に行った。事前の予告動画もネットで観ていたので、その高いCG技術を3Dで観れることに期待していたのだ。ところが、チケット売り場で座席の埋まり具合を見て拍子抜けした。いくら平日の午後とはいえ、そこでの入場者は15人くらいしかいなかったことに驚いた。実は前日に国内映画の興行ランキングを見ていた私は、この作品が「それほどの順位ではない」ことを知っていたのだ。そして作品を観劇したのち、なんとなく判ったような気がした。私が抱いた”違和感”というのは入場者が少なかったということではない。物語自体、ぜんぜん心に刺さる演出ではなかったし、CGの技術面では高評価なだけ、とても残念な印象が残ってしまった。

 

今月16日に世界同時公開され、既に様々なメディアやSNS批評記事で「日本以外のすべての国で1位」などの言葉が上がっているとおり、日本国内の劇場動員数や興行収益において国内興行ダントツの1位に立ったのは『THE FIRST SLAM DUNK』で公開から先週までの動員は280万人超え、興収も約42億円を記録し今年中にも50億円は超えるだろうと予測されて、公開当初から4週連続でトップの座を独占している。正月に入ればさらに伸びると予測される。2位は、相変わらず人気の高い『すずめの戸締まり』だ。こちらは公開から43日間で700万人超え、興収100億円は超えた。

 

それで、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』だが、公開前のテレビの予告CMやネット報道などで注目度の高い作品と目され、全世界での興行収入も約590億円に達しているのだが、日本での人気は3位にとどまっている。SNSでの批評では「日本人はアニメ好きだから…」などのベタなコメントも見受けられている。確かに世界的にもジャパン・アニメの評価は高いし、オタク文化は周知のことなのでそのように観られるのもわかる。しかし、日本人全体が「アニメに染まっている」わけではない。

 

『アバター2』の人気がいまいち伸びないのは、やはり私が感じた”違和感”にも通じるのではないか。

物語のネタバレはしたくないので、簡単に”違和感”だけを述べてみたい。

 

1,話しの進展が雑すぎる。決められた時間内に物語を収めようと起承転結をシンプルにしたのだろうが、「なぜそうなった」の整合性が曖昧で膨大な予算と人員をかけた映画にしては話しの進展が「B級映画」レベル。

 

2,社会的つながりよりも家族の絆に情緒的価値観を置きすぎる。主人公の主体関係を家族単位に比重をかけたことで共同体との関係が薄く表現されてしまう。それまで生活を共にした部族社会から離れ、家族で逃亡する説明が「無用な犠牲者を出さないため」だとしたら、それまでの抵抗の闘いとその犠牲は何だったのか?1,の「なぜそうなった」という疑問にも通じる。また、家族重視という点で、昨今の国内で問題になっている旧統一教会と安倍政策で薦められた「社会保障を軽視した家族単位への押し込め」で社会的な危機を家族に押し付ける在り方を物語の主人公が是認していることに違和感を覚えた。

 

3,マイノリティーの描き方。映画作品を現実世界で政治利用されたくないという制作側の意図もあってか前作に比べ、征服者(人類)による原住民(ナヴィ)への虐待と殺戮の描写が著しく少なかった。観方にもよるが、ナヴィの生存圏たる惑星が危機的状況に置かれているにもかかわらず、「人類すべてが敵じゃない。悪いのは悪徳資本と傭兵たち」に限定されているように見受けられ、本来の侵略問題に触れていない。私的な観点だが、物語の中で人間の遺伝子を持っている主人公やその子供たちと他の原住民たちとの”指の数の違い”について述べいるシーンが出てくる。米国人からすれば「混血」を意味する着想で描かれただけかも知れないが、私の感情では差別を際立たせるようなドギツイ印象を受けてしまった。