久しぶりに「本音」を読み返した。
そこには沢山の痛い言葉があって、心が揺れた。
自分はまだあの頃と変わらない弱虫なんだって実感した。
変われてないなって。
強くなれてないなって。
私はちょっと、優しくなり過ぎたのかもしれない。
それは誰かを助ける優しさじゃなくて、
ぬるま湯に浸からせてしまう甘さや、
それでいいのだと過ちを受け入れてしまう弱さ。
私はどんなことも受け入れてあげられる聖母のような
そんな優しい人になりたいって思ってた。
そうすれば、愛されると思ってた。
でもきっと私は甘くなってしまっただけで、
強い決断力ややり遂げる力は身についてない。
誰かを助けてあげたくても、傍に居てあげることしかできない。
大丈夫だよ、って無責任なこと言って惑わすことしかできない。
理解してあげたいって思うのは、
理解されたいって思ってるからだろうか。
優しくなりたいって思うのは、
優しくされたいって渇望してるかだろうか。
……やっぱり、言葉は痛いな。
だから使うのが恐い時がある。
誰かが私を傷つける言葉なら、耐えられる。
きちんと受け止められる。
でも私が人を傷付ける言葉なら、私が飲み込んでしまいたい。
それがその人に必要な言葉かどうかなんて私には"わからない"。
「わからない」
それは、「どうでもいい」って言うのと、違うのかな。
私が選んだ「何もしない」は
他の誰かがその人にしなきゃいけない「傷付ける」を
自分が傷付きたくないからって、逃げただけになるのかもしれない。
言った言葉に責任を持って、
一緒に傷付けばいいのかな。
傷付けて、逃げればいいのかな。
さよならって言う勇気がないだけの、
ただの泣き虫な子どもなのかもしれない。
自分を必死に守ってるだけで、
人の事なんてホントは何にも考えられてないのかもしれない。
強くなりたいな。
誰かを正しく傷付けられる、
そういう言葉を上手に使える大人に。
本当に大切な人にだけでもいい。
それができる勇気があったら。
そうしたらその時、私は本当の気持ちを伝えられると思う。
*わたみ*