何もされていないのになぜか「傷つく」ことがある | 春はあけぼの 女は美学

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50過ぎた女が感じたこと、考えたことを書いてます

こんにちは。
吉川綴(よしかわつづり)です。



アラカンオンナが、
感じるままに綴るブログです

 

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このところ、
なんだかやるせなくて切なくて
傷つけられた「ような」気がして

悶々としていた。


そんな時には
考えなくてもいいことを
何度も反芻してしまいがち。
頭の中がグルグルモヤモヤ。
時間の無駄。
気力体力の無駄。

そんなことわかっているのにね、
つい考えちゃう。
ワタシが何か悪いことしたのか
なんであんなことできるのか、
いや、できないのか…


ここ2週間ほど、
仲が良いと勝手に思っていた人たちから
予想外の対応を取られたことが続いた。
多分、そのひとたちは
全く悪気もなかっただろうし、
何か言葉で傷つけたきたわけでも無い。
だからこそ、
悶々とする…

ただただ、
その人たちの態度で
「勝手」にワタシが傷ついただけ。
アラカンでも傷つきやすいのだなぁと
苦笑いする。

でも同時に、
ふと気づいたことがあった。


前よりも、
自分の価値観や境界線が
はっきりしてきたのだ。
だからこそ、
ここからは許せない、切ない、悲しいと
思うようになってきた。

自分は自分、人は人。
そう思っても、価値観が異なることが
何かのはずみでわかると
それが自分に及んでくると
人知れず傷つく。
信頼していたのだ。
期待もあったかも知れない。

いつでも同じ空気が吸えて
同じ花を見て美しいと言い合うことに。

この人たちは
ワタシが思っていたような人たちじゃなかった。
そこで早急に判断しなくてもいいのだろうが

そんな時には
まだワタシ自身が固まっていなかった
かつての記憶が不意に蘇ってきたりする。

そういえば
こんなことやあんなこともあったなぁ…

ワタシの思いを裏付けるようなことが
走馬灯のように思い出される。

鬱々と…


ただ、今朝になって、
そんな気持ちも和らいでいることにも気づく。

時間くすり。
それは肉体だけではなく、
気持ちや精神に関しても言える言葉だ。

未処理の感情は
処理のために浮上する。
だから、
悶々とするのは当然。
何度も咀嚼して苦い思いを噛み締めていたけど
ただただ受け流して、
辛い気持ちは感じて、
考える続けることをやめる方がいい。
難しいけど。

今は、
感じきったのか
時間くすりのせいなのか、
柔らかな気持ちでいる。

振り返ると
今までもこんなことがあったのに、
なんであの時に気づかなかったのか?

それは、
今のワタシとあの時のワタシが異なるから。


傷ついた心は
修復に向かいつつ、
自分の変化をも教えてくれた。

前よりも気難しくて頑固になってるかもしれない。
人をジャッジしているのかも知れない。
でも、
自分の価値観を大切にして
人との境界線を丁寧に引いている自分が
今までの人生の中で
一番好きだなぁと思った。