自分語りは好きではないし恥ずかしいのだが、
続きをお待ちかねの方々がいらっしゃるというので、
お言葉に甘えて
妊娠中期の話。
母から、祖母の意識があるときの最後の言葉が私の名前だったと聞き、
いてもたってもいられず、泣き暮らす日が続いた頃。
以前から 母が人間ドックに行くというのは聞いていた。
そこで医師が「これも神様のお導きでしょう」とお話されたのが、
母の脳に腫瘍があるらしいということ。
精密検査を受けるという。
祖母の件で、ただでさえ精神的に参っていた私にはダブルパンチ。
日本に帰るといって泣き叫んでも、今の私の状況では長旅はとても無理。
とにかく精密検査の結果を待つことにした。
その間も祖母のこん睡状態は続いた。
看護師さんが「本当にずっと夢をみているように穏やかな寝顔ですね」と言って下さったという。
苦しみがなかったのは 幸いであった。
実家には母と障害者の弟のみ。
いざと言う時に、母一人では心もとないので、母の幼馴染のおじさまに
祖母の万が一の場合のこと、
母の脳の腫瘍が手術を要するものであった場合のこと
をお願いすると 快諾してくださり、私も感謝の気持ちで一杯であった。
そのおじさまと母が祖母を見舞った際、
祖母が目を開けて 母に「ありがとう」とハグし
(注 ハグはこん睡状態に陥る直前のことだったそうで
この時は 手を伸ばしたというのが真相らしい) 、
母も涙が止まらず、積年の思いが浄化したという。
(注 ハグはこん睡状態に陥る直前のことだったそうで
この時は 手を伸ばしたというのが真相らしい) 、
母も涙が止まらず、積年の思いが浄化したという。
この頃、私のおなかもつらくて、胃も子宮もつっぱりを感じ、
やたらおなかを蹴る子どもに 苦しさのあまり
「生まれてきたいんだったら、もっとママのことを考えてちょうだい。」とキレてしまったところ
ぴたっとおなかが静かになり、それが1日続いた。
私もこれで万が一のことがあったら......と青ざめ
、あわててお腹にむかって詫びた。
この頃で15cm強の筋腫に負けないよう、子どもなりに頑張っていたのだろう。
ちなみに私は妊娠前に急に2kg体重増加したのだが、
妊娠中はそれほど体重増加もなく、この頃で妊娠前に比べて2kg増。
子どもの成長も常に数週間遅れの数値であった。
母の脳腫瘍の精密検査の結果、
1.5cmの腫瘍がある
が、経過観察で大丈夫でしょうとのことで、とりあえず母の腫瘍はまた3ヵ月後に再検査となった。
そんな中、遠方に住む伯母(母の姉)が祖母を見舞ってくれた。
伯母と母が医師から「ありとあらゆる手は尽くしました......」という説明を受けたその夜
祖母危篤。
日本時間の午前3時過ぎ 母から祖母逝去のメールが来た。
あわてて電話すると、潮が引くような安らかな最期であったという。
うちは宗教上の問題で、檀家から外されてしまい、お坊さんを依頼することが難しく、
以前からお世話になっていた僧侶に万が一の時は葬儀のお経をお願いしていたのだが、
今度はその僧侶がつかまらない・・・・・・
困り果て、ぎりぎりまで連絡を待ったが、
仕方なく、葬儀社の手配する僧侶の方にお願いすることにした。
この時、お願いしていた僧侶の方は急病で入院中、白血病だったという......
彼から 素晴らしい戒名を頂き、祖母の冥福を皆で祈った。
祖母を知っている友人にも知らせたところ
一人の友人から
「お祖母様から命のバトンを受け継いだんだから、お腹の子も元気で強い子。大丈夫、見守ってくださっているよ」というメールがきた。
命のバトン。
「おばあちゃん、確かにバトンを引き継いだよ、本当にありがとう」
私の心の中の祖母に改めて感謝を捧げた。
クリスマスは目前に迫っていた。