焼鳥屋・店内
カウンターと個室が一つの小ぢんまりとした店内。
カウンター席に並んで座っている杉森あおい(29)と長谷川亮(27)。
二人は瓶ビールを飲んでいる。
カウンター内には寡黙に串を焼く奥田真司(30)。
あおい「やだよ、ねずみの国なんか」
亮 「だから、その言い方やめてよ」
あおい「だって、ねずみじゃん。アヒルと熊もいるけど」
亮 「本当やめて。夢と魔法の王国だから!」
あおい「亮、好きだねぇ……ねずみ」
亮 「だから!」
あおい「ごめん、ごめん」
と、なだめるように、亮にビールを注ぐあおい。
亮 「ありがと……ねぇ、あおい。本当に行かない?せっかく休みが重なったんだから、行こうよ」
あおい「んー」
亮 「行ったら分かるから! 絶対楽しいって」
あおい「んー。……昼から浅草で飲むとかは?」
亮 「おっさん!」
あおい「いや、どちらかと言うとおばさんだよ?」
亮 「もういいよ」
亮、苛立ったように席を立つ。
あおい「え?」
亮 「トイレ行ってくる」
あおい「……はい」
そのままトイレに向かう亮を見送るあおい。
と、真司が串を焼きながら、
真 司「(ボソッと)俺もねずみの国、苦手です」
あおい「え?」
真 司「人多いの苦手なんで」
あおい「ですよね。並んでる時間の方が絶対長いし……何でそんなに行きたいんだろ」
真 司「あおいさんとだから行きたいんじゃないですか?」
あおい「私と行ったって、ねずみねずみ言うだけですよ?」
真 司「それでも行きたいんですよ」
あおい「そうなんですかね……」
と、「しんさーん、おかわり!」と別の客の声がする。
真 司「はい、ただいま!」
戻ってきた亮、無言で席に座る。
あおい「……あのさ」
亮 「いいよ浅草で」
あおい「え? いや、いいよ。ねずみ行こうよ」
亮 「いいって」
あおい「え、行きたいんでしょ? いいよ、行くよ」
亮 「嫌々行ったってつまんないし」
あおい「つまるよ! ん? 何だ、つまるって」
亮 「(ため息をつき)俺、明日早いから先帰るわ」
あおい「え……明日、遅番って言ってなかった?」
亮、財布からお金を出しながら、
亮 「そうだけど、新入社員の指導任されてるから、色々フォローがあんの。あおいみたいに気楽な職場じゃないし」
あおい「……どういう意味?」
亮 「どういうって……百貨店とそっちの雑貨屋じゃ規模が違うし、分かるでしょ」
あおい「分かんないから聞いてんだけど?」
一瞬、ピリついた空気になる二人。
真 司「ちょっといいですか?」
亮 「え……?」
真司、睨むように亮とあおいを見つめている。
あおい「えっと……なんでしょう……?」
真 司「迷ってるんです」
亮 「え? 何を……?」
真司、焼いた串を差し出し、
真 司「塩、変えてみたんです」
あおいと亮、顔を見合わせる。
あおい「あ、試食……ですか?」
真司、無言で頷く。
亮 「(ホッとして)……じゃ、いただきます」
あおい「いただきます」
亮 「うまっ! え……普通に美味しいです、しんさん」
あおい、猫舌なのか頬張ったままハフハフしている。
あおい「ひんはん、こえ、えったい私あのみます!(しんさん、これ、絶対私、頼みます!)」
吹き出す亮。微笑む真司。
亮 「何言ってっか分かんないから、あおい。飲み込んで一回」
あおい「ん……はらった(分かった)。(飲み込んで)美味しい! 塩の違いは分かんないけど!」
亮、笑いが止まらない。
笑う亮を見て、ホッとしたのか嬉しそうなあおい。
真 司「ありがとうございました」
と、あおいと亮を見送る真司。
あおい「ご馳走様でした」
亮 「しんさん、また来ますね」
真 司「お待ちしてます」
「しんさーん!」と中から客が呼ぶ声がする。
真 司「すいません、じゃ、失礼します」
頭を下げ、店に入って行く真司。
亮 「帰ろっか」
あおい「うん」
と、歩き出す二人。
あおい「……私、何とかマウンテン乗るよ」
亮 「え?」
あおい「乗ったことないし……あそこってお酒、飲めるんだよね?」
亮 「あーーー、違うんだよなぁ。ホント知らないんだね」
あおい、少しぶすっとする。
亮 「(微笑み)いいよ。俺が教えてあげるから。ほら」
と、亮、あおいに手を伸ばす。
あおい、嬉しそうに亮の手を取る。
亮 「なーんか、しんさんにいいとこ持ってかれたなぁ」
あおい「ん?」
亮 「喧嘩……仲直りさせるために出してくれたでしょ、あの串」
あおい「えーーーっ!」
亮 「え、気づかなかった? 嘘でしょ」
あおい「すいません……」
亮 「しんさんだから通っちゃうんだよなぁ」
あおい「しんさんの串、美味しいしね」
亮 「今、人柄の話」
あおい「すいません」
じゃれ合いながら、手を繋ぎ歩く二人。
(亮とは二年になる。仕事の事で喧嘩することもあるけど……この人とならと思ってた)
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