地下鉄の女①
向かいに座っている若い女性が、ボクの方をみてニコニコした。
ん、どうしたんだ。
彼女、知り合いだったか。
いや、覚えがない。
今日、はじめて見る女性だ。
思い返せども、ボクの記憶にはない。
もしかするとボクが忘れているだけで、かつて会ったことがあるのかもしれない。
でないと、ボクの顔をみてニヤニヤするはずがないではないか。
ボクは必死になって過去の記憶をたどってみた。
ここ1年くらいでは、彼女の記憶はなかった。
数年前まで範囲を広げたがみつからない。
10年以上前まで範囲を広げると、ようやく彼女に似た女性を思い出した。
しかし、彼女とはちょっとちがう。
今、目の前にいる彼女のほうがあきらかに美人だ。
ボクはフェイント気味に彼女の目を直視して、ウィンクしてみた。
すると彼女、突然表情をくずして、そわそわしだした。
いったいどういうことだ。
散々、ボクに微笑みかけておきながら、ボクが微笑み返しすると拒否反応を起こすなんて、どういうつもりなんだ。
しかし彼女が表情をくずしたのもつかの間のことだった。
すぐに元に戻って、ボクの方を見ながら相変わらずニコニコとしていた。
市ヶ谷駅に着いた。
彼女はもう一度にっこりと微笑んで、電車を降りた。
ボクもお愛想で微笑んだ。
彼女が立った後、ボクの真正面にポカリと空間ができた。
窓ガラスに、ボクのにやけた顔が映っていた。
そうだったのか。
ボクはようやく理解した。
彼女、ボクの背後の窓ガラスに映った自分の容姿に見とれて、微笑んでいただけだったのだ。
ボクを見ていたのではなく、窓ガラスの自分の影に微笑んでいたのだ。
次の駅でボクは電車を降りた。
座席を立つ前、向かいの窓ガラスに映る自分の影にバイバイと手をふった。
その影もボクにバイバイと手をふって答えた。
ボクは席を立ってドアに向かった。
しかしボクの影はまだ手をふり続けていた。
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