開場とともに場内に足を踏み入れると、
舞台上で若い俳優たちが
ストレッチで身体をほぐしながら発声練習をしている。
ぱらぱらと客席を埋めはじめた観客の前で
衣装を身につける者…打ち合わせをはじめる者…。
演出家の蜷川幸雄さんの姿も見える。

舞台稽古の様子をあえて見せるのは
これから繰り広げられる物語はあくまで芝居、
虚構の世界のことですよという、いわゆる前口上なのか。
はたまた客席と舞台との垣根を取り払い、
その虚構の世界に観客を引き込むしかけなのか。
蜷川さんらしい、風変わりで大胆な演出。
どちらにしても場内がすっかり埋まる頃には、
観客の視線は目の前で徐々にかたちを現わしてゆく
舞台上に吸い寄せられていた。


かけ声とともにライトアップ。幕が上がる。

シェイクスピアの中でも最も残酷とされる作品、
「タイタス・アンドロニカス」
2004年に好評を博した舞台の再演である。
今回は6月の英国シェイクスピア・フェスティバルでの公演に先駆け、
4月21日から5月7日まで彩の国さいたま劇場 で行われている。

ローマの将軍タイタスと戦争に敗れたゴートの女王タモーラ。
タイタスが生け贄として女王の息子を切り刻んだことから、
この両者の家族の間に凄惨な殺し合いが展開してゆく

欲望や傲慢、怒りや憎しみといったあらゆる負の感情によって
引き起こされる争いは、流される血が増えるほどに増幅し、
断ちがたい連鎖となって舞台上を悲しみで覆ってゆく。


その悲劇の舞台として用意されたのが、
一見シンプルな、白を基調とした装置と衣装だ。
ライトを跳ね返し鋭いほどの輝きを放つ白は、
おびただしく流される赤い血を受け止めながらなお、
痛々しいほどに美しく、冷ややかな印象を与える。
流れる血は赤い糸を、死体や切断された首や腕はオブジェを
使うことで目を覆うような生臭さは感じさせないが、
その色彩の対比があまりに鮮烈で見る者の胸を突き刺すようだ。
残忍さも醜さも徹底した美しさのなかに提示される。
蜷川さん独特の美意識が貫かれている。

舞台から客席まで俳優たちを縦横無尽に走り回らせ、
また白い装置にライトを当てて様々な表情をつくることで、
限られた空間を実に伸びやかに開放してみせるところなども
芝居の流れをイキイキとしたものにしていて魅力的だ。
場内いっぱいに吐き出される俳優たちのパワーと疾走感が、
収縮を繰り返しながら、約3時間の長丁場を
少しもだれることなくグイグイと引っ張ってゆく。


出演者の大半が命を落とす結末は
あまりに無惨で狂気じみてさえいるが、
そんななかひとすじの希望の光となるのがタイタスの孫。
長年に渡る殺し合いの末、もはや感情が麻痺してしまったような
大人たちのなかにあって、少年は最後、
空を仰ぎ何度も何度も言葉にならない叫びを上げる。
…その手は、今だ血で汚されてはいない。
少年のあどけなさの残る声が、
幕後も静かな余韻として心に残った。


女王タモーラを演じたベテラン麻実れいや、
彼女の愛人エアロン役で、若手ながら見事な存在感を示した
小栗旬など、俳優陣も充実している。

おおいに見応えのある舞台だった。


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