生を授かり40年(まもなく41年)
我が野球ストーリーを振り返ってみると…
◆小学生
父親の影響で巨人ファンから始まり、小4でクラブチームに入部
地域の弱小地域であったけど、6年生には念願の10番(うん、キャプテンってやつ)
左投げ左打ちでピッチャーを任されるも、ストライクに嫌われ苦戦の連続…(´;ω;`)
肩が良かったから、センターゴロに全力を尽くしていたな(笑)
◆中学生
ウチらの時代は、サッカーはお洒落で野球はヤンキー。
少年野球のおかげ先輩には可愛がられるけど、まあ、品のない感じだったかな(笑)
そう、学校の野球部に所属。
3チームの少年野球チームがまとまっていた学校だったから、野球レベルはまあまあ良し。
自分も2年からレギュラーを奪取。
そうそう、2年の時にヤンキーの女先輩に告白されたな(笑)
野球部の先輩が告白の場所をセッティングしてくれて、「付き合ってほしい」と言われた。
っが、普段は恐れられるメチャクチャ怖い女先輩だったから、結果断った。
なんと言って逃げたか覚えていないが、今思えば、あの時にOKしていたら、それはそれで面白い中学校生活を味わえていたかも(笑)
3年になると副キャプテンに任命。
中3ともなると恋愛にも敏感で、1~2年生のテニス部やソフトボール部と練習でグランドで一緒になると、妙に張り切っていた自分がいた気がする(笑)
あっ、中1の時には彼女ができ、そこそこ恋愛はしていたけど、こっそり目線でね~。
最終的には背番号8のセンターで終焉。
(もちレギュラー)
相変わらずセンターゴロは狙ってた。
高校では草野球に転じ、日課としての野球プレイはここまでかな。
◆ここまでの総括
野球が好きで、でもサウスポーでポジションが限られ、その中で這いつくばっていた野球少年でした。
センターは自分的にもとても好き。
センターとキャッチャーだけが、グランド全体を一望できる。
そのセンターというポジションには、特に思い入れがあったかな。
◆当時の憧れの選手
「ファミスタ」全盛期で、ちょうど「甲子園」ってゲームソフトも出ていたころで、熱の入れようは半端じゃなかった(笑)
プロ野球では、とにかく「左利き」の選手が好きだった。
一番は広島の大野。
テスト入団で軟式野球から入団したと思うけど、先発に抑えに、とにかくカッコ良かった。
小学校のピッチャー時代は、フォームを真似していた。
あと中日の都ってピッチャー。
これはかなりマニアックかも(笑)
野球チップスで都が出てきたときはメチャ感動~。
そんな幼少期からの野球への気持ちを、大人になって口外しづらくなった分、このブログで独り言をやってみようかと思ってます(^^)