シャシャって、ごめんなさい

シャシャって、ごめんなさい

パチンコパチスロで生活してます

2025年10月4日。俺は総裁選をリアルタイムで眺めていた。国民一人一人の投票で議員が選ばれ、その議員と党員票で与党の総裁が決まる。そして基本的に与党の総裁が総理大臣となる。自民党総裁は高市さんになった。

そして、10月21日。衆参議員の人たちによる総理大臣指名投票で、晴れて女性初の総理大臣が誕生したのだ。

選挙には行った。でも俺が総理大臣を選んだ実感は微塵もなかった。

パチンコ・パチスロだってそうだ。規制がどうとか、仕組みがどうとか、俺には関係ないことだ。どこかのお偉いさんが決めたルールの中で最善策を見つけて、どうやったら勝ちやすいかを考えて打つだけ。だって俺が騒ぎ立てたところでその意見が反映されることはまずあり得ないのだから。

俺の声は届きやしない。実感なんてありゃしない。

結局、世界の流れ、業界の流れというものは個人で押し戻せるわけはないのだから、決められたルールの中で勝てる方法を見つけて動くしかないということだ。

個人的には、高市さんが総理大臣になったことで、今より日本は良くなる気がしている。支持率をみても国民の多くはそれを期待していることが伺える。ここ数年の日本の政治は最悪の選択を続けていたように映っていたから、そう願うのも当然ではある。

成長戦略「サナエノミクス」を提唱している人だ。おそらく株価は上がって給料も上がる。けれど物価はそれ以上に上がる。もちろん未来は分からないが、そんな未来はおおよそ想像ができる。

パチンコ・パチスロ業界は不況になるほど盛り上がると聞いたことがある。ギャンブルは庶民が熱狂できるくらいの貨幣価値と温度感が肝心なのだろう。富裕層の人たちでパチ屋に通う人が少ないのはその証明であろう。

同世代の友達が年収300万の時代にパチスロを打ったら年収1000万。それなら指をさされても甘んじて受け入れよう。そんな風に思っていた。

でも、同世代が500万もらっている時代に、俺たちパチプの年収が500万いや、それ以下だったとしたらどうだろう。それでも好きなことをやって生活できてるからいいとなるのだろうか。しかも不安定な生活、生きづらい人生に耐え忍んでだ。

物価や株価が上がって景気がよくなったら、俺たちパチプには何かしらの恩恵はあるのだろうか。物価に追いつくかは分からないにしても働いている方々の給料は確実に上がっていく。若くて少し賢い人たちは投資を始める人が増えるのだろうか。そうなれば、本格的に金が金を生む時代に突入するわけだ。より格差社会になる。

歳をとって寿命が短くなっていって貯蓄もない人たちは投資することもままならず、仮に投資を始めたとしても長期でお金を増やせる見込みは少ない。

計画性がなかったお前が悪いと言われれば返す言葉はないのだが、俺は日々倹約して計画的に生きる人生には楽しさを見出せなかった。そんな人生はクソ喰らえ!と思って生きてきた側の人間だ。好きなことを我慢してまで節約することを受け入れることは到底できなかった。

俺が直接、総理大臣を決められるわけではない。ただ世の中はこう変わるだろうから自分はどうしよう?の選択は自分で決断してもいいはずだ。残された時間もお金もそんなにない自分でも選択肢は幾ばくかはある。

きっと、この先、誰が総理大臣になろうとも政治が変わろうともパチンコ・パチスロだけで生活していくのは厳しくなる。薄っすら気づいている人は多いと思う。でもどうしたらよいかも分からないという人も多いだろう。その気持ちは分かる。俺もそうだから。

「やれるとこまでやってみよう!」の、その先には何が待っているのだろうか。

パチンコ・パチスロでどうにもならなくなったら死ねばいいと本気で思って生きてきた。でも、いざその時になったら死ねるのかには疑問符がつく。今頃になって、勇気がないから死ぬことなんてできないような気にもなっている。だから変わっていくしかないんだろうな。つまらないことを考える大人になったものだ。

俺の口グセは「何か面白いことはないかねえ」だった。つまらない人生を送るくらいなら生きている意味はないという思想からくる口グセだった。

他の人たちは何が楽しくて生きてるの?って。

人生は死ぬまでの時間潰しとはよく言ったものだ。でも、口で言っていても本当にそんな気持ちで生きている人ってどのくらいいるのかな。俺なんて30歳手前からずっとそんな感じ、永遠に時間潰しだった。

パチンコ・パチスロで生活しようと覚悟したあの時が、俺に取っての最大の分岐点であり黒歴史の始まりだったのだと思う。

でもね。残念なことに、これだけ長く打ち続けて、今となってもパチンコ・パチスロを打ち続けてきたことを後悔していないことが不思議なんだよね。むしろ、どんどんパチンコ・パチスロへの感謝の念が増している。人間としての何かが欠落しているのだろう。

そんなことを言えるのも、きっと勝ってきたからなのだとも思う。どこかでパンクして路頭に迷っていたらパチンコ・パチスロを恨んでいたかもしれない。確実に言えることはパンクしていたら違う人生を送っていただろうことだ。職について今より幸せな人生があったのかも、とも思う。

でも、そんなことは上位ATを賭けたレバーオンに負けたことを悔いるのと同じこと。考えたところで意味はないことだ。過去を振り返るより未来を見据えて立ち回るしかない。生きるしかない。次の人生のレバーを叩き続けるしかない。そうだろ?

今が幸せかは分からない。でも、幸せの基準を自分の気持ちで決めてもいいことだとしたら、どちらかといえば幸せだ。俺の今の状況が不幸なんて言ったらバチが当たると思うから。楽しさ探しをしながら時間潰しできたことに感謝している。

でも、そろそろ、やれるところまでやった、その先の人生を考えなきゃいけない時期がきているのかもしれない。

シャシャって、ごめんなさい。


最後まで読んでくれた方々は、きっと僕に所縁のある方々だと思います。アメブロ、X、パチクラウドのいづれかでwatを知ってくれた方々でしょう。僕のSNS発信の原点である、このプラットホームに、そして帰省しているこのタイミグで、今の想いを文章として残しておきたいと書き殴りました。

これまで何年にも渡り僕が書いてきた、たくさんの文章を読んでくれて、ありがとう!パチンコ・パチスロと読者の方々には本当に感謝しています。

今後も何らかの発信はしていくつもりですので、お付き合い頂けたら嬉しいです。

お久しぶりです。watです。

なんでブログを書かないの?って話をすれば時間がないからです。いや、才能がないからです。


この程度の日記を書くだけで半日。まとまらなきゃ数日掛かったりします。何よりTwitterとパチクラウドのコラムだけで発信欲が満たされちゃうんですよね。


天昇にはお世話になりました。宿命が導入されたことで、さすがに打つ機会が減りそうです。思い出にペタッと。この時は完走はしていません。1079枚Finでした。



ある方が「SNS上で報告されている収支は盛られている。見たら分かる」とおっしゃっておられるのを見つけて「確かに盛っているヤツもいそうだよなぁ」と思いました。



それと同時にパチンコを朝から打って15000円積んだことを現状の相場だと、半ば諦めているような方がいるとするならば(上記の方ではない)そんな風に見えてしまうのも当然かもなぁとも思いました。



いやね。僕は15000円積むことを否定しているわけではありません。むしろ自分の持っている環境と知識と技量の中で、それしかないのであれば15000円を積んでいくべきだと思っている人間です。



ただ僕も含めた古参が「俺はパチンコのことなら何でも知っている」と言うのは昔話でのことであって、今の状況を知ろうとすることは皆に平等だと思うんですよ。



経験がある人ほど情報をキャッチしやすいはずなのに、そのキャリアやプライドが邪魔をしていて、逆に遅れを取っている人っていますよね。自分が知っていることがすべてではない。時代は流れています。



昨日今日の宵越し遊タイム狙い(抽選)で期待値約2万を積みました。時給にしても5000円以上あります。これをとやかく否定されても「はい、はい、そうですね」と空返事をするしかありません。



もちろん失われる期待値もあります。本来、朝イチから打つべきはずだった狙い台が押さえづらくなることや、その台の打ち出しが遅れること。ホール側や周囲のお客さんから嫌われてしまう可能性。



そう言う諸々を天秤に掛けても打つに値すると思えた時にだけ遊タイム狙いをしているつもりです。もちろん嫌われないように自分なりに気遣いもしています。



文句があるのならば遊タイムを考えたメーカーに言うべきですし、ラムクリしないパチ屋を批判するべきではないでしょうか。



目の前にいるマナーの悪いハイエナ民を否定するのであれば分からなくもないのですが、ハイエナ行為自体を闇雲に否定してまわるのは少し違う気がします。そもそも天井機能が付いてなければやらないわけですしね。



僕は時代の流れ、ルールの中で勝つ為の最善を尽くしているだけ。と心の中で言ったとか言わないとか。まぁ、心の中ではそのような言い訳をいつもぶつぶつ呟いています。




ハイエナはダメなのに注意上等で捻ったり止めたりするのは許されることなのか。釘がグシャグシャに調整されている北斗無双を開店から閉店まで毎日のようにグループ打ちすることは問題ないのか。



当の本人はキチンとした線引きはあるのでしょうが、他人から見たら見るに堪え難い行為なのかもしれませんよね。ハイエナする行為以上に。


僕の考えや立ち回りだって他人から見たらそんな風に思われている可能性だってあります。時には客観的にみることは必要です。



最近は「遊タイム狙いハイエナ狙いのみのお客さんは出入り禁止」「朝イチのカニ歩き禁止」等といったホールがあると話題に上がっています。


パチ屋全体の割合からしたら、ごく僅かな店での出来事だったとしても、このような話題が上がった時には自分は大丈夫だろうか?と考えたりします。



僕はマナーとかモラル等を散々語ってきた人間なので、勝ち方には美学があります。ただ、その美学にもラインがあると思っています。


現時点で僕の通っているホールでは抽選と言うこともあって、朝イチの宵越し遊タイム狙いはそのラインを越えていないと言う判断なのです。ただし時代や地域や店が変わればラインも変わってくるのは当たり前の話です。



店のハウスルールで「ハイエナは控えてください」と言うのであれば、店の意向に沿うような立ち回りをするでしょうし、それでは勝てないと思うのであれば、その店へ行く頻度は減るでしょうね。



大前提として僕は勝たなければなりません。この勝たねばならない!と言うことが周囲の目には異様に映る時代になってきているのは事実です。なりふり構わず勝ちにいかなくては十分に勝つことが難しい時代になりつつあります。



こんなことまでしないと勝てないないのならヤメてしまおう!そんな風に思う未来。そんな日が来ないように願うばかりです。



ちなみに僕はハイエナ擁護派ではありません。ハイエナを侵害するのはどうなの?他人の立ち回りには口を出すくせに自分のしていることは大丈夫なの?と問い掛けたかっただけです。自分に対しても。


シャシャってごめんなさい。





本当はね。


僕だって今のパチンコ業界の流れが良い方向に向かっているとは思ってはいないんだ。気に食わないことだらけだよ。でも僕は知っているんだ。僕がどんなに叫んだって、僕の声なんて届きはしない。



だから僕はいつだって、誰かが用意した箱の中で勝つ為の手段を模索しながら打つしかないんだ。とどまることを知らない濁流の中を僕はこれからも突き進む。





僕は誰かを否定したいわけではないのです。


今回のコロナの件ではパチンコパチスロ発信者の中でもホールへ行く行かない、自粛をアピールするべきか、しないべきかが一部で話題になっていますよね。


人にはそれぞれの立場や背景があります。


性格、年齢、健康状態、地域性、家族構成、金銭事情。簡単に思い当たる事柄を上げてもこれだけの個人差があります。


これらのことを踏まえて僕は僕の置かれている状況と僕のモラルを持って、この先は自分の判断で打つ打たないを決めたいと思います。まぁ、他人に迷惑掛けるくらいなら打ちませんが…。



パチクラウドのコラムと今日のブログ冒頭でパチンコ生活者だって少しくらいの常識はあるんだぜ!ってことをアピールしたところで、これからはパチンコパチスロのことを書いていこうと思います。

なぜ、こんな時にパチンコパチスロのことを書くの?って言う方がいるとするならば、こんな時だからこそパチンパチスロのことを語るのだよ!パチンコパチスロは僕の人生!!どんな時だって脳みそのど真ん中なんだよ。と答えるしかないです。僕はそう言う人間です。



今日は何年も前から思っていたことを1月から3月までの日常と合わせて書いてみようと思います。


スロエナをしている人達を擁護する為に書くわけではない。どちらかと言うと僕もエナ専は好きではないし、ホールにエナ専は必要かと問われれば1ミクロンもいらないよね?と答える。


ただ、時々ハイエナは誰でも出来ることだ、と言う人がいるけれど「誰にでも出来ないハイエナもありますよね?」と言うことは伝えておきたい。


1月からの3ヶ月間、訳あって僕のアパートに同居していた後輩がいた。彼もまた僕と同じでスロットしか取り柄のない人種。スロットが人生系。


彼からの提案は僕が設定狙いをメインにしているのであれば邪魔にならないように僕のいる地域では設定狙いはしないとのこと。


僕としてはどちらでも良かったのだが、街に数台しかないであろう設定6を同じ屋根の下に住むパチプ同士が奪い合うのは恩仇になると考えてくれたのであろう。


そう言った経緯の中で彼との共同生活が始まり、僕は彼のハイエナ生活を間近で観察することとなる。とは言っても同じホールで打ったのは数回程度で朝から違う方角のホールへと向かう日々。


ある日の夜に肩で息をして帰って来た彼に「どうしたの?」と聞くと、出玉がついてこなかったせいもあって240km、車を走らせることになったので疲れました!と言う返答が返ってきた。


そんな反省多き日でも彼が打った内容を聞けば、1日中1店舗のベンチに座っているエナ専よりも明らかに拾えているのは明白だった。


あちこちの店を案内して廻った時に、よく分からない機種のMBを拾って「大体の機種のMB目は頭に入っています」と言ってきたり、当たらない演出は演出の途中でも捨てる、と聞かされた時にコイツは普通じゃないなと言う印象を持った。


最初は各ホールごとの変更据えの傾向を探り、更には変更されるラインのサンプルを蓄積している様子だった。必要とあれば翌日の変半の為だけに閉店間際に仕込みに行っていると言っていた。


幅広い機種の知識を持ち合わせているのはもちろんのこと、一般客や同業者の動きを予想しつつ、換金ギャップ、時間効率を意識しながら立ち回る。設定の良し悪しを予想してホールごとにハイエナをするボーダーを変えているらしい。


特にヤメ時の1Gにこだわりがあった。



これって誰にでも出来るハイエナですかねぇ🤔


これだけ褒め言葉を並べてみたものの、やっぱり褒められたことではない。だって北斗をエナって終了画面のまま1Gも回さずにヤメるようなヤツらはパチ屋には1ミクロンの存在価値もないと思うから。


ただね、軽はずみにハイエナなんて誰でも出来るよね?と言うのであれば、それは少し違う話になる。


僕だってスロエナをさせたら、そこいらのエナ専には負けないくらいの自信はある。それでも彼みたいな繊細で徹底されたハイエナは出来ないもんな。


誰にでも簡単に出来るハイエナばかりではないんだ。


そこを目指しているのか?と問われれば僕は目指してはいない。ただ素直にすげぇな!とは思うんだよね。


ハイエナだもん。プライドなんてハナからないだろ?と言う人もいるかも知れない。でもこのレベルになると逆にプライドがないとここまではやれないのかな、と思ったりもする。いや、覚悟かな。


1月の終わりに彼はインフルエンザで入院することになる。それまでの25日間、ハイエナだけで約+35000枚。この数字を慣れない地域の1ヶ月目に叩き出してくるのだから脅威でしかない。僕の設定狙いでの収支と勝ち負けになる数字だ。


1人がこの周辺に居座るだけで元から住み着いているエナ専の稼ぎが減るだろうな、と心配すらしてしまうほどの立ち回り。



金を稼ぐ為だけにパチンコパチスロを打っている!と居直って胸を張るパチプは多い。


そんな人なら、せめて平均的なエナ専の年収くらいは越えなきゃハイエナを批判することは出来やしないのかも知れないね。誰にでも出来るはずのハイエナごときに稼ぎで負けちゃってるわけだからね。




こんな時でもパチンコパチスロの話を書いていく。

僕は僕の判断でそうしようと決めたからだ!







位置情報は許可しねぇーんだよ!ってマイスロを利用する度に呪文のように唱えている。マイスロと連携されているカチナビと言う機能をご存知でしょうか?

銀、金、キリン、レインボートロフィーが何月何日にこの場所で出ましたよ。と教えてくれる機能。マイスロを利用して位置情報を許可しちゃうと今日、僕が出したレインボートロフィーが全国に向けて発信されちゃうわけです。


僕がこの機能を知ったのが3年くらい前の話。当時このカチナビの存在を知った時は、また情報の垂れ流しが始まったよ、と周りのパチプとボヤいていたのを覚えている。



追記)カチナビ

カチナビは一部、間違えた情報(トロフィー等)が表示され信用に欠ける部分があるみたいです。参考程度にした方がよさそうですね。ご指摘ありがとうございました!



パチクラウドで紹介文、1回目の記事が更新されました。パチンコパチスロ生活者が書いた文章なんて読みたくない、と言う方もいたみたいですね。


読まずに人格を否定される者、それがパチプ(パチプー太郎)なのです。実際、どうしようもないですしね。


読みたくなきゃ読まなきゃ良い、と言う乱暴な言い方はしたくない。パチンコパチスロに興味がない方なら読む必要はないと思いますが興味がある方には読んで欲しい。少しでも多くの方々に読まれるようこれからも精進してまいります。



(パチクラウドで悪味さんが書いていたこと)


1・有料媒体に掲載するコラムを執筆、報酬は1万円

2・無料媒体に掲載するコラムを執筆、報酬は3万円


という2つの原稿依頼があったとしよう。文字料と題材は同じとする。


当然、条件としては後者のほうが恵まれている。

しかし、どちらに力を入れるかと言えば、それは間違いなく前者。あくまでも自分の場合ではあるが、読者さんがお金を払っているという意識があれば決して手を抜くことができない。



僕がこのお話を頂いたのが5月の下旬。コラムを何本か書いて準備しておこうと思ったのですが紹介文ですらまともに書けないプレッシャー。


どんなことを書いていこうか?と、色々悩んでいる中で文章には鮮度があることに気付きました。パチンコパチスロの話には鮮度がある。次から次に導入される新台ほどにパチンコパチスロの話題には旬があると言うことです。


現場主義を謳うのであればあるほど話題の鮮度は意識しなくてはならない。そして僕のようなパチンコパチスロ生活者は結果を出さないと言葉に重みを感じてもらえないのだろうから、これからも勝ちにこだわっていこう!と改めて決意した次第です。


僕が発信している内容は受け取り方次第では不快に思われる方もいることでしょう。負けた時ほどネタにしようと思っていますが、どうしても勝ち自慢になりがちだからです。


そりゃーそうだ。寝ても覚めてもパチンコパチスロのことばかり考えて生きてきたのだから僕が一般の方より勝ちやすいのは当たり前のことです。


僕がパチンコパチスロの知識や経験で収入を得ているように、皆さんも他の分野で知識や時間を使って、そして努力もして生活する為の収入を得ているわけですよね?


逆に皆さんが働いている世界で僕が稼ごうと思っても上手に稼ぐことは出来ないと思います。僕がパチンコパチスロで勝つことはそのくらい当たり前のことなので、たとえ僕がパチンコパチスロで勝っているとしてもそれは自慢にはなりません。僕自身はそう思っています。



僕がパチクラウドに誘って頂いた意味。立ち位置を考えた時、僕に求められているモノは真っ向勝負の記事ではないかと思います。


それはある意味、リスクがある内容で否定的な意見が寄せられやすいモノ。「冗談じゃん!何、ムキになってるの?」と言って逃げられないモノを書かなければいけない。


もうね。2回目のコラムも下書きの時点で空回り感ハンパないし、めっちゃスベッてるんですけどねw読んで頂ける方はこの先もどうぞ、読んでやってください



店を晒す行為、機種ネタ等を晒す行為は身近な仲間の信頼を著しく損なう行為だと思ってパチンコパチスロと向き合ってきました。



情報とは最も軽いモノだが最も重く扱うべきモノ



ただ今の時代にあって垂れ流されている情報に目を背けるわけにはいかない。そして僕もこれからは垂れ流す側になる可能性だってあることを自覚しながら書いていかなくてはならない。


今一度、情報の扱い方を頭の中で整理して書けるギリギリの境界線の狭間で、こんな考えもあるんだよ。ってことを発信していきたい。






明けましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願い致します!
ブログをずっーと休んでいてごめんなさい


この度パチクラウドと言う有料サイトでコラムを書かせて頂くことになりました


パチクラウド


僕がこの話を頂いた時にアメブロをどうしようか?と言うことがありました。僕の読者の方々はwatを支えてきてくれた方々です。こんなにも更新頻度が少なくてスカスカなブログにも関わらず更新する度に読んでくれる人がいます

時には励ましのメッセージを頂いたり、時には手痛いご批判を頂いたり、そのすべてが僕がブログを続ける活力となってきました。僕のブログは皆さんの支えがなければとっくになくなっていたブログです

有料サイトで僕がコラムを書くと言うことは次も読んでやろうと支えてきてくれた方々がお金を払わなければ次は読めないと言うことにもなり兼ねます

どうしよう?と迷ったのはそこの部分が大きかったのです。今回、僕がパチクラウドに誘って頂けたのもブログを書いてきたおかげです。僕が文章を書くことのすべての原点はこのブログにあります

そこで悩んだ末にアメブロも残そう。少しづつでもまた更新をしていこう!と決めました。もちろんパチクラウドとアメブロとは違うモノを書きます

どちらも書くとなると内容の良し悪しにはムラが出るかもしれません。それでもアメブロも書いていきたいと思いました

僕のブログを当初から読んでくれていた方々の多くは僕のパチンコパチスロに対するまっすぐな姿勢に共感出来ると言う方が多ったみたいです

ただツイッターを始めてそのキャラを壊したい自分がいました。パチンコスロットに対しては真面目でも私生活のちょっとおチャラけた部分を書いていきたかった

それが等身大の自分に近いと思ったからです。ツイッターを始めたきっかけはそんな気持ちからでした。ブログで真面目な文章を書きつつ、ツイッターでは少しだけ、おチャラける

1台しかない高設定にピンポイントで座れた時や会心の一発ツモをした時は嫌味なくらいに弾けた文章を書く。眠れない日には少し真面目で落ちた文章を書く

さすがのwatさんだと思ったらそうでもないな、意外に普通の人じゃん、ってそんなアップダウンの激しい人間味のある発信をしていけたらと思ったのです

けれど今回パチクラウドで書かせてもらう事で真面目な文章を書く事が必然的に増える事になります。それは原点であるこのブログで書いてきた姿に近いのではないかと思います


尊敬すべきライターさんも参加する中で僕みたいな人間が文章を書かせて頂く事には不安しかありません。ただwatブログの読者の方々が引き続き、watを応援して頂ければこれほど心強いことはありません

自分が今回のお話しを前向きに考えることが出来たのも11年間SNSで文章を発信し続けてきたおかげだと思います。つまりは皆さんのおかげです。皆さんに出逢えたからです




★偽善者って何者なんだろうね。良い人ってどう言う人のことを言うんだろうね。僕には分からなくなる時がある。今日のこのブログは何となくwatらしいよね?誰に気を遣って書いてるのか?ってこの感じが僕らしい

綺麗事ばかりで偽善者ぶるヤツは信用ならないと言う人もいる。でもね、僕らみたいな人生を踏み出したヤツらが偽善さえなくしちゃったら、ただの輩なんだよな。今よりもましてずっと価値のない人間になるような気がする。僕はそこだけは守っていきたい


すげぇ腹黒くても死ぬまで偽善者を貫き通せたのなら、あの人はいい人だったね。watっていい人だったよね?ってことになるのかな


すげぇーしんどいよな


それでも僕は偽善者であり続けたいと思うんだ。僕の文章を読んでくれて、その先の僕を創造してくれる方々を大切にしていきたい 


これからも応援のほど、よろしくお願いします
今年はたくさん文章を書いていこうと思います