金継ぎ その1 より続き



――やはり、手間暇がかかるものなんですね。


Tさん そうですね。ですから、いろいろな器を並行して

やっていくといいですよ。

乾いたら一度磨いてきれいにしてください。


――なにで磨くのですか?


Tさん めのうや鯛の歯などを使うこともあるようですが、

私の場合は炭を水につけて使います。

ほおの木の炭がいいと言われているようです。


――どうやって磨くのがいいのですか?


Tさん 炭に水をつけたら、器の目に沿って炭を動かしてください。

手で触ってみて、なめらかで真っ平らになっているといいですね。

仕上げにつのこと呼ばれる鹿の角の粉を綿棒に少量とって磨き、

ツヤを出し、ティッシュできれいに拭き取ってください。


銀座「さとき」で語り継がれる和食の心


――塗って、乾かして、磨いて、という繰り返しなんですね。



Tさん そうですね。塗った部分を磨いて、

どれだけきれいに平らにできているかが、

金継ぎの最大のポイントかもしれませんね。

そうしたら、いよいよ漆を塗って粉を蒔きます。

銀の粉など白系の粉を蒔く時は黒漆のほうが、

金の粉の場合は、赤漆のほうがきれいに色が出ます。

金の粉や銀の粉は高価なので、私は金の粉の替わりに焼き錫の粉を、

銀の粉の替わりに錫の粉を使っています。

金粉は1グラムで50006000円しますが、錫なら40グラムで800円程度。ですので、初めは錫で十分だと思いますよ。

では、まず、エタノールで表面をきれいに拭いてください。

その次に、筆で漆を塗ります。


――いよいよですね。どう塗ったらいいですか?


Tさん 漆を入れたところにだけ、

はみ出さないように塗ってください。

厚くなると見栄えが悪くなりますから、なるべく薄く。

そうしたら、そのまま5~10分おいて、
漆が落ち着くのを待ちましょう。


銀座「さとき」で語り継がれる和食の心


――この筆、すごく先が細いですね。

専用の筆なんですか?


Tさん これは蒔絵用の筆です。菜種油で洗って、

逆さにして置いておくと筆の刷毛目が平らになりますよ。

では、乾いたら、いよいよ金継ぎの最後の行程、

金をのせる作業です。

まず、筒状のふるいに粉を少量入れて、

筒を叩くようにして高い位置から蒔きます。


――高い位置から、ですね。


銀座「さとき」で語り継がれる和食の心


Tさん 近くから蒔くと、厚くなってしまうでしょう。

漆を塗ったところにまんべんなく蒔いたら、

余分な粉を落として、2日ほどおいておきます。

仕上げに親指のハラなど、指を使って磨いて終わりです。

すり漆といって、何度も何度も指で磨くんですよ。

銀座「さとき」で語り継がれる和食の心


――こうやってていねいに時間をかけて金継ぎをして、

割れた器を使い続けていくことも、日本の文化なんですよね。

今日は、ありがとうございました。

さっそく、道具を揃えて始めてみます。


text by Yuko Saito
photo by Hiroshi Yahata













銀座「さとき」で語り継がれる和食の心-金継ぎ後


 金継ぎをご存じだろうか。

 欠けたり、割れたりした器を、漆を使って接着し、

金粉を蒔いて蘇らせる伝統の技だ。

銀粉を使った銀継ぎ、銅を使った銅継ぎもある。


 いずれも、自然の素材のみを使って繕うので、

料理の味を損なわないし、何より安心である。

金継ぎを施した部分が“景色”と呼ばれるように、

継がれることでまた違う味わい、趣が出てくる。


 実はお店の常連客のひとり、Tさんは、本職ではないものの、

店主を唸らせる金継ぎの名人。

 器の片らひとつで見事な徳利まで作り上げてしまう技の持ち主。


 そこで、このたび、店主の発案で、店の空き時間に

金継ぎ講座を開催することに。今回はその話を少々……。


銀座「さとき」で語り継がれる和食の心


Tさん 金継ぎや銀継ぎの材料となるのが漆です。

漆の木の樹液を集めて濾過したものを生漆といって、

古くから日本や中国では、上新粉などと混ぜて、

接着剤としても使われていたそうです。

漆が持っている漆オールという成分が、

水分を加えると、一定の温度と湿度の下で、

空気中の酸素と結びついて固まるんですね。


――でも、その成分がかぶれの原因にもなるんですよね?


Tさん そうです。漆は、ほぼ誰でもかぶれますから、

必ずゴムやビニールなどの手袋をして作業し、

肌に漆がつかないように気をつけてください。

それから、残った漆をきれいに拭き取る消毒用の

エタノールも必需品ですね。


――はい。さっそく、お店で割れてしまった

器を用意したんですが、どれも継げそうですか?


Tさん そうですね。大丈夫でしょう。

それでは、まず、割れた破片を集めて、

片側から伸縮性のあるセロハンテープでつないで

元の形にしてください。


――まずはセロテープで復元するんですね。



Tさん 隙間ができないように、ぴったりとつないでくださいね。

――なかなか難しいですね。これでいいですか?


銀座「さとき」で語り継がれる和食の心


Tさん ちょっとあまいですけど、最初なので良しとしましょう。

そうしたら、下地用の漆を作りましょう。

砥の粉(石の粉)を少量のせ、すーっと線が引けるぐらいまで

水で伸ばします。ここに同量程度の生漆を加え、

ヘラなどで分離しないようによく混ぜます。

少量しか使いませんから、余ったら、空気に触れないよう

ラップに包んで輪ゴムで留めて、冷蔵庫で保存しておくといいですよ。



銀座「さとき」で語り継がれる和食の心

銀座「さとき」で語り継がれる和食の心

――この錆を割れ目に塗っていくのですね。

塗り方のコツはありますか?

Tさん 先の細いヘラなどで割れ目に塗って、漆を浸透させます。

なるべくはみ出さないようにね。釉薬を塗っていない器の場合は、

漆が滲んでしまうので、このように割れ目の両側にマスキング液を

塗って、滲まないようにしてから塗っていきます。


銀座「さとき」で語り継がれる和食の心


――縁が欠けてしまった器はどうしたらいいですか?


Tさん 土の粉を混ぜた粘土のようなものを作って、埋めていきます。

まず、上新粉を水で溶いて煮、糊状にします。

この糊3に対して、1の割合で下地用の漆を加えて、よく練ります。

ここに三辺地粉と呼ばれる粒子の細かい土の粉を同量混ぜて

さらに練り、穴を埋めていきます。この場合は、

少し多めに塗ってくださいね。へこんでいると、

この作業をもう1回繰り返さないといけませんので。

銀座「さとき」で語り継がれる和食の心



――ちょっと緊張しますけど、面白いですね。


Tさん そこまで作業をしたら、2728度の温度、
70%の湿度の室(むろ)に置いて、
固まるまで2~3日、

乾燥させます。


――自宅の場合は、どうやって乾かしたらいいですか?



Tさん タッパウエアの底に濡れぶきんなどを敷いて、

蓋をして置いておくといいですよ。

その時、漆を塗った部分がふきんにつかないよう、

工夫しておいてくださいね。漆のチューブは空気を抜いて、

冷蔵庫で保存しておください。乾いたら、もう片方も同様に塗って

同様にまた2~3日。そうすれば空気が入りませんからね。


その2へ続く。


text by Yuko Saito
photo by Hiroshi Yahata







銀座「さとき」で語り継がれる和食の心-春の前菜



――この上のあるのは?


主人「牛タンの醤油蒸しです」



――え、肉の蒸し物ですか? 新しいですね。


主人「いえ、いえ、もう25年ぐらい作っているものなんですよ。牛タンに下味をしてひと晩おき、醤油とワインを合わせた地で、3時間ほど蒸して作っています」


――日本料理でも、25年前からワインを使っていたんですか。


主人「ウスターソースを使ったこともありますし……。以前お話しした文化蒸しもそうですが、結構、昔も、いろいろな調味料を使っていたんですよ」




銀座「さとき」で語り継がれる和食の心-蕨の吉野煮



――こちらは上にあんがかかっていますね。


主人「蕨(わらび)を煮て、吉野葛をひいてあんにしています。素材を吉野葛でとめたものを、吉野煮というんですが、温かみを感じさせるので、冬に作ることが多いですね。白子の吉野煮や牡蠣の吉野煮という料理もあります」


――蒸し物というと、春の桜蒸し、冬の蕪蒸しがよく知られていますが、ほかにどんな季節の蒸し物がありますか。


主人「たとえば、この蒸し物でしたら、蕨を使っていますので、桜蒸しの後ですね。天然の蕨は4月下旬から5月ぐらいがいちばんおいしいですから。蒸し魚の上で蕨を叩いて大和芋を加え、ぬめりを楽しむ、蕨蒸しなんていうのもあるんですよ」


――春の蒸し物といっても、桜蒸しだけではないんですね。


主人「菜花に卵白を混ぜて白身魚にのせたり、筍を刻んでのせたり、いろいろあります。秋になると、丹波蒸しも待っていますし。栗を使った料理を、名産地の名をとって“丹波”といいますが、栗を使った蒸し物です」


――そして、冬の蕪蒸しですか?


主人「そうですね。冬でも、春が待ち遠しい2月の終わりごろには、信州蒸しなんていうのもやりました。そばを使ったものを“信州”と呼ぶんですが、白身魚をゆでたそばで巻いて蒸して。うすい豆のあんをしいて、雲丹をのせました。“もうすぐ春だなぁ”と感じてもらえるように、色鮮やかに」


――その後、いよいよ桜蒸しになるんですね。


主人「桜蒸しは、桜が咲いて、散るまでやります。私どもでは金目鯛や甘鯛などを道明寺で包んで蒸し、えんどう豆のあんを張って、春らしく色鮮やかに仕上げることが多いですね」


――桜色と緑と……。お椀の蓋を開けた瞬間に、春を感じますよね。ほんとうに四季折々、いろいろな蒸し物があるんですね。




銀座「さとき」で語り継がれる和食の心-桜蒸し




text by Yuko Saito
photo by Hiroshi Yahata



銀座「さとき」で語り継がれる和食の心-春の前菜


――右下がこごみの白和えですね。店によっては、こごみの天ぷらなど3月に出合うことがありますけど……。


主人「そうですね。栽培ものは、早くから出回りますから。でも、天然ものの山菜は、実は、4月の終わりから5月いっぱいが旬のおいしい時期なんですよ」



――どのあたりから届くんですか。



主人「私どもでは、熊本や静岡、栃木の大田原などからのものを使っています」



――山菜は、家で料理していても、アクを取ったり、下ごしらえが大変で、なかなかおいしく料理できないんですが、なにかコツを教えてください。



主人「春は苦味を食べるといいますが、大事なのは、アクを完全に抜かないことですね。アク取りには灰汁を使いますが、浸けすぎないように気をつけています。タラの芽も、苦味を残して仕上げたほうがおいしいですし」



――冬においしい山菜はありますか。



主人「きりたんぽ鍋など、鍋物に欠かせないせりがありますね。以前、三関セリのお浸しをお出ししたことがありますよね。お浸し以外にも、私どもでも、せりごはんを作ったり、ごま和えにしたり、赤だしに入れたりしています」



text by Yuko Saito
photo by Hiroshi Yahata



銀座「さとき」で語り継がれる和食の心-太刀魚 のからすみ



――からすみは、一般的には、ぼらの卵巣の塩漬けですが、これは何ですか。



主人 太刀魚のからすみです。さばいた時に、もったいないから、作っておいたんです。お酒を飲まれる方の前菜にお出ししています。




――敷いてあるのは、何の葉ですか?



主人 これは南天の葉です。災い転じて福となす、という意味がありますから、師走に向かって何事もありませんように、という思いを込めて、よく使います。



――12月ごろにおいしくなる魚というと、何でしょうか。



主人 やはり、寒鰤でしょうか。刺身にするほか、干して旨味を凝縮させて、遠火で焼いた焼き物にすることもありますよ。



――おいしそうですね。他には何かありますか?



主人 皮目のきれいな魚を、鱗焼きにすることが多いですね。甘鯛の興津(おきつ)干しなども、鱗をつけたままです。興津干しとは、静岡県の興津地方の名物で、酒と塩に浸して鱗をやわらかくして風干しにして、酒と塩の若狭地をつけて焼きます。



――鱗焼きは、最近、フランス料理などでもよく見かけます。魚のほかにも、冬はおいしいものがたくさんありますね。



主人 蕪、大根、海老芋がおいしくなります。海老芋は煮物や揚げ物にします。かぶら蒸しは甘鯛など白身魚を使うのが一般的ですが、海老芋のかぶら蒸しを作ったこともありますよ。蕪は聖護院かぶらを使います。



――海老芋のかぶら蒸し、ぜひ一度、食べてみたいです。



text by Yuko Saito
photo by Hiroshi Yahata