「われわれは平生、友だちの間でも夫婦の間でも、しばしば憎しみあったり争ったりして、必ずしも円満な生活を送ってはいない。
 
愛はつねに嫉妬や憎しみを伴う。
 
ところが、もし愛するものや友だちが死んだとしたならば、われわれはどういう感慨を抱くか。
 
平生の憎しみや欠点などを忘れて、その面影の一つ一つが懐かしい思い出になる。
 
争ったことさえ今は切実に回想されるであろう。
 
つまり死に直面して、はじめてわれわれはその人のさまざまの願いや行いや仕事の意味をはっきり知る。
 
死は人間の生命を完璧に語る。
 
死んでみてはじめて、なるほどああいう人間だったのかということがいよいよはっきりして、愛情の涙を流す。
 
ところでもしこの世で一番深い愛があるとすれば、死してはじめて語りうる態の願いを、生きている生身のまま感じる。
 
それが一番深い愛というものではなかろうか。」
 
亀井勝一郎(1907-1966)