
優しい人「井上ひさし」が、2010年4月9日に亡くなった。
その1周忌を期に発行された『グロウブ号の冒険』(岩波書店)を氏を偲びながら、改めて読んでみた。
『ひょっこりひょうたん島』以来、登場人物のキャラクターが面白い。
主人公の東大出身の元力士が、引退後、カリブ海の島々に力士スカウトにやってきたが、思わぬことに、海賊の宝探しに巻き込まれていくという話である。
この元力士、やめるきっかけになったのは卒論を提出するために勉強の真っ最中ということで、眼鏡をかけ、小脇に参考資料を抱えて土俵にあがったなんていう素敵な経歴をもった人物である。
又偶然再会した大学の先輩が面白い。
超吝嗇(ケチ)な彼は、学生時代3本の万年筆を使っていた。
市販のインクを使わず、代わりに学食でソース、醤油を吸い上げてきて、京大式カードに授業のメモを取り、覚えて用済みになったカードを食卓に並べて、
「醤油味カードにしようか、それともソース味カードにしようか、あるいはワインビネガーカードがいいかしらん。」
と呟きながらペリペロと京大式カードのインクを舐め取るのである。
又、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが吐いた名言、
「真理はすべてその中間にあり」
を紹介している。
たとえば、AとBの喧嘩の仲裁にはいる。二人の言い分はどちらももっともであるように聞こえる。
そんなときこの箴言(しんげん)が役に立つのかもしれない。
空腹でもいけないが、食べ過ぎるのも健康に良くない。
平和主義者であった作者が、抱腹絶倒の冒険劇でありながら、随所に社会風刺をちりばめた氏ならではの作品である。
氏が生涯考え続けた「言葉」を匠に使い分け、説明されている。
先般出版された、母校・上智大学で行われた伝説の連続講義録、『日本語教室』(新潮新書)と合わせて読んでみるのとよく味わえる。
残念ながら、この小説は、未完のまま終わっている。