9死に一生生かされた兄94歳になります。 | hara

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日々の出来事などあれこれ書いてます。

 

    ご訪問有難う御座います。

 

 

  毎月第二(日)市駅前のがんこ寿司での集い。

   1月度14日の作日は6名が参加した。

 

   15年程は続くこの会も今では高齢化して、集まる人も減少、

   腰や膝やらあっちが痛い、こっちが痛い人の集いになりました

 

   電車やバスに乗ってでも出て来て食事を共にして、

   お喋りが出来る。

     良い事じゃ~無いですか? そう思える。

 

     

 

           南天の実

 

                山茶花の花

 

 

 

 

 

 

 

   我が家に数年程前にこんなに蕾をつけた金のなる木

        今年はまだチラホラ蕾なんです。                                              

   

 

 

 

     朝から雨の為Gゴルフの練習は中止になった。

 

  ブログに書く事も無くて29年前兄が九死に一生を得た話です

  長文が苦手な方スルーして下さいね。

    

 

 

  29年前の1月17日早朝、最大震度7の直下型地震

  神戸淡路大震災が起きました。やはり真冬の寒い日でした。

 

 

    死因原因は家屋倒壊による圧死等が多かったそうです。

  この様な状況の中から兄夫婦は生き延びて、

  今年2月が来ると94歳と92歳になります。

 

 

 一番被害の多かった東灘区で、直ぐ近くに本山小学校がある。

 

 

  娘が嫁ぐ時置いて行ったピアノが2階の部屋にあったそうで、

  そのピアノが敷居まで動いて来て、屋根の支えになった事で、

  丁度空間が出来て圧死を免れた様でした。 家は倒壊した。

  これを九死に一生と言うのでしょうね.。

  ご近所さんでは多くの方々が家の倒壊で犠牲になられたそうです

 

 

  ピアノを置いて嫁いで行った娘の嫁ぎ先は賃貸物件を持っていて   

  地震当日だけ近くの体育館でお世話になって、

  即空いてるマンションへ入居させて貰えた。

 

  私と夫はリュックを背負いそちらへ妹弟達のお見舞を

  届けに行った。

 

    倒壊した家の中から要るものを車で何度か往復して手伝った。

 

 

  あの日助かった兄から毎年年末に必ず電話がかかって来ます。

 

 

  昨年末の日、元気してるか? かかって来ました。

  そして「薬飲み飲みしながらもなんとか生きてるわ」

 

 

  私は言います。

 「立派なものよ、介護受ける事も無く自分の事が自分で出来る

  二人揃ってご立派です。100歳まで生きてね」

 

 

 「それは無理と思うけど、あっちもこっちも悪い所ばかりで」

 

  そう言いながら、「良い所と言えば耳と目と歯くらいかな?

    歯が良いと食べる物が美味しくて・・」

 

 

    その話を妹に電話したら〜ケラケラ笑います。

 「普通高齢になるとまず耳、目、歯が悪くなると言うのに・・

  私も明日プールに行ったらそう言ってみようかな?」

 

 

  この二人はそうらしいです。

 

  私はそんな事言えません。 眼鏡と補聴器は要りませんが、

  部分入れ歯有りなんです。  二人が羨ましいです。