禅語 歩歩是道場(ほほこれどうじょう)
茶掛でよく出会う禅語です。一歩一歩、歩むそのすべてが、道場である。そんな意味の言葉だと聞いています。どこか特別な場所で修行する、ということではなくて、日々の中にこそ、学びの場がある。その感覚が、私はとても好きです。この禅語について調べていく中で、日々のひとつひとつの行動や在り方そのものが、すでに学びの真ん中にある、そんなふうに捉えられていることを知りました。特別なことをするのではなくて、今この瞬間に、どれだけ心を向けていられるか。そこに、この言葉の大切な意味があるように感じます。たとえば、うまくいかないことがあったとき。思い通りにならない出来事に出会ったとき。そんなときも、そこがひとつの「道場」なのかもしれません。誰かとのやりとりの中で、自分の癖に気づいたり、感情が動いたりすることも、きっとそのひとつ。むしろ何気ない日常の中にこ そ、大切なものがあるのだと思います。茶道も、同じなんだろうなと感じています。お稽古の時間だけじゃなくて、日々のちょっとした所作や、人との関わり方や、ものの扱い方。そういうものに、そのまま自分が出るなあ、と感じることがあります。だから「修行する場所」って、どこかに行くものじゃなくて、もうすでにこの日常の中にある。今日という一日も、今この瞬間も、その中にあるんですよね。うまくできた日も、そうじゃない日も。どちらも含めて、これも一歩なんだな、と思っています。