Jです。




昔から負けず嫌いがキライです。


勝ちに執着して、必死になってるようなヤツが大嫌いです。

スポーツだろうがなんだろうが、ひとりで張りきっている姿は、本当に見苦しくて、

不快です。


私は勝ちにこだわりません。

醜い競争や、負け惜しみの応酬、周りを省みずに突っ走るなんてのは、下劣でしかありません。


私はくだらない勝負をなるべく避けてきました。



あるとき思いました。



勝った記憶がない。




それはそうでした。

だって勝負してないですから。



ゾッとしました。

気付いてしまいました。

私が覆りました。




本気出して負けるのが怖かったんですね。


最初から勝負しないことで、私は弱い自分をそれこそ必死に守っていました。

努力しないで逃げていました。



人を追いかけることも、競い合うことも、何もしていない私は、

いつになっても弱いままでした。



勝ちに縋る人たちを蔑むわたしは、ただの気取ったチキン野朗でした。



クソみたいなプライドを守るのはもうやめです。


本当はずっと思っていたことだったでしょうね。



勝ちたい。



いま思い返せば、私が好きな戒めの言葉なんてのも、勝ちたいがために生まれたものなのかもしれません。

それが「魅せてやれ」であり「なめるなよ」であったのかもしれません。

(「戒め」の記事参照)



気付いた瞬間に、周りのヤツらに対する敵意や願望が表立って大きくなり始めました。





俺をナメるんじゃねえよ。




優越感に浸りたい。

尊敬されたい。

蔑みたい。

認めてもらいたい。

一番になりたい。



許さない。

俺を蔑視した全ての下劣種に、

俺を軽視する短絡思考の下衆共に、

俺がいかに優れているかわからせてやる。



キレイゴトは大嫌いだ。






俺は






一番になる。