中国の民主化は未来永劫に無いか

中国共産党が出来るのは歴史的にそれなりの社会情勢があった。

日中正常化も、世界の植民地政策の贖罪的な意味も込めたアプローチの中で、

日本の政治勢力は大国になるであろう中国への友好の道を選んだ。

共産党による政治混乱の中国において、権力闘争で敗れた鄧小平が復活後

経済発展がままならない国家のためには隣国日本を含めた世界と自由貿易よって

経済的に遅れている中国を発展させる選択に舵を切った。

これに対して日本も経済界も含めて友好の精神のもと、自国経済の発展も考えながら

中国への協力を推進していった。(心情的な贖罪の意味もあっただろう)

当時の松下電機の松下幸之助は多大なる協力も惜しまなかった。

後に国際協力の違反が多なる中国からの撤退を主張した側近に対しても、死期が近づいて

る中で、松下は信義に劣ると取り合わなかった。

あれだけ共産党の政治闘争より国民の民主と幸福のため、経済発展を願った鄧小平が

なぜ、天安門事件を経なければ、中国は成り立たいと決断したのか。

胡耀邦趙紫陽、 

は、それらの政治改革が将来の中国には、なくではならない事を思い起こさせてくれる。

天安門事件で世界から孤立していく中国に対して、真っ先に手を差し伸べた隣国の、

古代からの友好的な歴史的思考を、持っている日本の経済界の信義は届いているか。

中国を孤立させず、改革・開放を後押しすれば、いずれ民主化すると信じた。確かに

経済成長は遂げたが、政治的には民主化とは逆の方向を進んだ。

アメリカ、欧州、東アジア、世界のどの国に対しても、共産主義が続いても、続かなくても

中国は中国であり続ける。

民主化された世界に対して模範となる大国になっていけばと願っている。

永続的は発展持続は国家より国民の熱情によってしか成り立たない。

日本の未来もそうあってもらいたいものだ。