そう、今朝目覚めた布団の中で、そのことに気づいたんだ。
私は、一番上の長女、次の長男がいる次男だ。すぐ上の兄とは6歳離れている。
その兄との間には、礼子という姉がいたのだが、幼くして、多分乳児の間に、亡くなってしまった。体が弱かったのか、栄養が足りなかったのか、詳しくはわからない。
母は礼子をなくしたことをひどくくやしがっていた。母は、つい最近90歳で亡くなったが、死ぬまでその悔しさを抱えていた。
私も、昔からそのすぐ上の姉のことは気になっていた。というのは、私たちの家の墓の敷地には、小さな地蔵様があった。その地蔵様が、姉礼子のものだと聞かされていていたからだ。その可愛い墓に、私はいつも、なんだか、魂を感じていた。
幼くして死んでしまったから、古いアルバムにも写真は残されていなかったと思う。
よく「もし礼子が大きく育っていたらどんな姿だったろう」と想像した。
そして、今朝、ふと、もし礼子が幼くして亡くなることがなかったら、母は、私を作ろうとは、産もうとは、思わなかったのではないかという思いが湧いたのだ。いや、そうに違いない。
貧しい家だった。父母ともに尋常小学校しか出ていない。田んぼしかなくて、父が体が弱くて、どうにも貧しい百姓の家だった。そんな貧しい家が4人も子供を作るはずがない。田舎の、あの貧しい村の同級生にも、近所を見ても、四人兄弟の家なんて知らない。
4人も子供を作ったら近所から笑われるだろう。
そう、礼子が死んだから私はこの世界に誕生した。私は、礼子の身代わりにこの世界に生まれてきた。
私は、礼子が生きたはずの世界を生きているのに過ぎない。知らぬ間に、礼子の命を背負って生きてきたのだ。
礼子に聞いてみたい。お前の代わりにこの世に生まれた私は、こんな生き方をしてきた。それで良かったのかと。
自分なりに一生懸命に生きてきたと思う。その自信はある。だから、「それで良かったんだよ」と言われたら、本望なんだけれど。