あらびき団(12月28日24:10〜)に出たことを少し書こう。ツイッターには、あんまり詳しくは書いていないので。
TBSの年末特番のオーディションがあるということで(後に、それがあらびき団のオーディションとわかる)、ギリギリスレスレで山崎さんと一緒に出た。その場で、いつものように「なぜ芸人に?」と聞かれたので、「いや、ロボットに漫才やらせようとしたら面白くなくて、松竹の養成所に」と「ロボットの漫才youtubeに上げてありますけど」と言ったら、見ていた女性担当者がその場でyoutubeを調べて、男性担当者も含めて、やたらうけていた。
「ああ、そうだ、ロボットって結構面白いんだ」と私は思って、改めて、大学の机に眠っているロボットを動かそうと思った。それが、とても大きな成果だった。
その後、あらびき団ということがわかり、12月11日日曜の収録によばれた。ただ、1回目の収録では、ノッキーの肩のモータが壊れてしまうという、泣きたくなるようなアクシデントがあり、収録中止。原因は、二台のロボットを並んで事前に写真を撮るときに、ノッキーの腕が、ピッキーに当たっていて、動かないようなっていたこと。ロボットは、生きている雰囲気を出すために、腕を自然に動かしている。それが阻害されたために、モータのギアが壊れたのだと思う。
あらびき団の舞台上のロボットの前に私はへたり込んでしまった。
ショックで立ち直れないような雰囲気の私に、女性ディレクターさんが、
「どうしますか?」
と聞いてきた。私としては、2台のロボットをスタジオまで持ってきて、セットアップして、色々準備するのに精神的にも肉体的にも消耗している上に、さらにこのアクシデントで参ってしまっている。「もう、ダメですね」と言ったが、なんだか、ディレクターさんから「なんとかしろ」というオーラが漂ってくる。
心の中では「もう、諦めていただいてもいいんじゃないですか」と思っていたのだが、ディレクターさんが「直りませんか」とか、聞いてくる。「直りません」と答える。しかし、それでも、どうしても、やりたいというオーラが伝わってくる。そこで、
「1台借りれば、なんとかなるかも」
と、全くアテのないことを言った。漠然と、知り合いのロボットの業者に頼むとなんとかなるかも、という気持ちはあった。
そこで、4日後に最後の収録があるというそこで、できないかという相談が、担当者でまとまる。と言っても、4日後の木曜日の夜は、私は17時から20時までゼミだ。これは、絶対に変えられない。収録会場は、17時から23時までしかとっていないという。全く、あてがないまま、それじゃ、私は21時までにTBSにロボットを持ち込みますと言った。
ロボットNAOを借りるため、その夜、大学に戻って、複数の知り合いの業者の方に緊急に連絡。そのうち、一人の知り合いの業者の方が、無条件に貸してくれるとのこと。助かった!!翌日、ロボットを受け取りに行って、プログラムのセットアップして、なんとか動くことが確認できた。
ロボットは、借りたり、収録に行ったりするのに、ほとんどタクシーを使うので、使っているお金も、全くバカにならない。色々、もう、ヘトヘトだ。
時々、「なんでそこまでやるの??」という疑問が頭に浮かんだが、やらなきゃいけないと自分を励ました。それは、大学教員として、研究者としてロボットの可能性を示すことの大切さに対する思い、さらに、それがきっかけで、芸人にまでなってしまったこと、芸人としてのあらびき団に出ることの意味、など、要するに、ここ数年のすべての自分が大事だと思っていたことが、たった数分間の放送に集約されると思ったからだ。
2度目の収録は、色々トラブルはあったが、なんとか放送できるコンテンツが取れた。本当に良かった。
ディレクターさんや、スタッフさんに心から感謝している。また、ロボットを貸していただいた業者のSさんにもだ。
ただ、収録は終わったけれど、放送されるかどうかはまた別で、編集過程で落とされることもあるし、実際落とされた芸人さんもいる。ツイッターにあらびきパーフォーマーが三十数人紹介された、全部で、四十数組しか出ないということで、まあ、ダメかもしれない、いや、多分、私のような駆け出しが出ることはないんだろうなと思い、告知をすることはできなかった。
結果的に、とてもいい編集で、放送していただいて、びっくりしている。突っ込んでいただいが、東野さんと藤井さんにも感謝します。本当に、みなさま、ありがとうございました。今年1年どころか、この3年間の私の努力が、見事に紹介されているもので、素晴らしいの一言です。
いい形で、今年を締めくくられて良かったです。