以前雑誌の特集で“心を癒す音楽”というのがあって、その中にこの「ブラジル風バッハ第5番 アリア;カンティレーナ(歌うような声楽または器楽用のメロディー)」が挙げられていました。1938年に作曲、1945年に改訂され1947年にパリで初演されたとのことです。

この哀愁を帯びたメロディーは、悩みごとや悲しみに心が沈むとか落ち込むような時にあなたの気持ちに寄り添ってくれることでしょう、というようなことが書いてありました。

ボカリーズ(歌詞はなく母音のみによって歌う歌唱法)で始まり、中間部には歌詞を伴った歌が展開して、その後冒頭のメロディーがハミングで歌われて終結します。

オリジナルはソプラノと8本のチェロという編成で作曲されましたが、その後ソプラノとギターの組み合わせでも編曲されたとのことです。今ではソプラノ部分をフルートやバイオリンに置き換え、ギターorピアノの伴奏という組み合わせなどでも演奏されています。

 

作曲者エイトル・ヴィラ=ロボス(1887~1959)はブラジルの作曲家で、ブラジルの民謡とかショーロ(ブラジルのポピュラー音楽のこと=ポルトガル語で“泣く”という意味)といわれる音楽を西洋のクラシック音楽と融合させたのだと言われています。もともとクラシック音楽全般は父親から、とりわけバッハは叔母から学んでいました。

ただし「ブラジル風バッハ」という訳され方は異論もあって、ブラジルの音楽をバッハ風に仕立てたという方が適切だとも言われています。バッハからの直接の影響というよりは組曲という形式とか対位法の手法が使われているからとのことです。


わが家の庭でアマリリスが咲いています


ヴィラ・ロボスは12歳で父を亡くしてからショーロの楽団で演奏に参加しブラジル音楽を学んでいきます。将来医者になってほしいという母親の願いもありましたがそれを振り切るかのように16歳で家を離れ、18歳で政府の奥地調査団一行に同行してブラジルの音楽の流れを学んでいきます。

ブラジル東北部を旅して先住民インディオや、奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人たち、さらにポルトガルの移民たちが歌う、生命感溢れる独特の民謡を採譜して歩いたとのことです。後年これを使って「ブラジル民謡組曲」ほか、ブラジルにちなんだ多数の楽曲を残しました。

ブラジル人の心の奥には「サウダーデ」(懐かしさ、やるせない思い出、郷愁の意味が含まれている言葉)という共通した情緒がひそんでいると言われています。先住のインディオを除けばみな移住してきた人達かまたはその子孫で、自分の生まれ故郷へのノスタルジー(郷愁)が音楽に表現されていて、哀愁とか憂いに満ちた旋律となって表わされているのだそうです。

とりわけこの傾向が顕著なのが中間部の歌詞です。邦訳があったので引用させていただきました。

夕べ、バラ色の雲はゆっくりと流れ、薄く透けている
夢のようで美しい空間の上に
地平には月が静かに現れ
きれいな娘のように夕べを飾る
身を飾った夕べは夢かと思うほど美しい
美しくなるために魂は不安を覚え
大空と大地、大自然に向かって叫ぶ
その悲しい嘆きを聞き、鳥たちは黙る
そして、海はその輝きすべてを映す
やさしく月の光は今目ざめさせる
笑い、叫ぶ残酷なノスタルジーを
夕べ、バラ色の雲はゆっくりと流れ、薄く透けている
夢のようで美しい空間の上に  
                                    

           ( 詞 ルツ・ヴァラダレシュ・コレア  日本語訳 Blogger投稿者“箱式”氏の「箱と曲」による )

大空と大地のはざまで太陽が沈んでいくときの有り様を極めて美しくドラマチックに表現したコレアの詞に載せて表現しています。あたかも夢の中で見るかのような美しく神秘的な光景は、異郷の地で人々が抱く「サウダーデ(懐かしさ、やるせない思い出、郷愁)」の情緒に寄り添って慰めてくれるのでしょう。

 

詞を書いたルツ・ヴァラダレシュ・コレアという人を調べていますがどんな人かまだ分かっていません。それでもここに書かれた神秘的で美しさ極まりない光景は私たちにも根源的で大切な何かを訴えかけているような気がしてきます。そしてこの詞を選び郷愁に満ちた甘美な旋律に載せて聴かせてくれたヴィラ=ロボスがまた素晴らしいところではないかと思います。


ヴィラロボスが奥地調査団に同行していた時、ボートが転覆して危うく命拾いしたということもあったそうですが、それにもめげず生命感溢れる独特の民謡を採譜し続けました。彼が命をかけて収集した民謡の魂=サウダーデはヴィラロボスの中で西洋音楽と融合し、独自の世界を創り出して人々の心に寄り添い癒やし続けてくれているのだと思います。

 

ソプラノとチェロの演奏もお聴き下さい。

作曲者エイトル・ヴィラ=ロボス自身の指揮による演奏です。

ソプラノ=ビドゥ・サヤオ

 

 

アンナ・モッフォのソプラノとストコフスキーの名演です。

後半に第2楽章が入っています。

 

 

我が家の玄関先では孔雀サボテンが咲きました。     

 

 
           参考;日本ヴィラロボス協会ホームページ
                ;gooブログ 電網郊外散歩道氏

           引用;Blogger.comの“箱式”氏のブログ「箱と曲」から