「シチリアーノ」はフォーレの中期を代表する傑作のひとつといわれています。

 

オリジナルはチェロとピアノのための独立した作品でしたが、後にメーテルリンクの戯曲の付随音楽『ペレアスとメリザンド』の中に転用、フルートとオーケストラ伴奏に編曲されました。現在は様々な楽器に編曲され、歌としてポップスでも取り上げられてもいます。

フォーレの音楽は当時のサロンで受け入れられたため、ドビュッシーなどとともに「サロン音楽」(貴族や富裕層、一部の文人・芸術家のための音楽)として受けとめる風潮があって、それは現在まで存在するのだそうです。しかし、フォーレ自身の考えは「サロン音楽」とは別なところにあったようです。

彼の音楽観をうかがわせる言葉が残っていて「存在しないものへの願望は、おそらく音楽の領域に属するものなのだろう」とか「私にとって芸術、とりわけ音楽とは、可能な限り人間をいまある現実から引き上げてくれるものなのだ」と息子たちに書き残しています。
   
つまり”今の現実にないものへと引き上げてくれるものが音楽なのである”ということでしょうか。
 
父の死をきっかけに書いたといわれる傑作「レクイエム」もこの頃の作品で、まさに天国的な美しさをたたえているのも上のような彼の音楽観に基づいているのだと思われます。父の死はフォーレにとって相当な衝撃を与えたと言われていますが、それを乗り越える唯一の手段が「レクイエム」だったのでしょう。

さらに晩年には自作「レクイエム」に関してこう述べています。「私が宗教的幻想として抱いたものは、すべてレクイエムの中に込めました。それに、このレクイエムですら、徹頭徹尾、人間的な感情によって支配されているのです。つまり、それは永遠的安らぎに対する信頼感です」

フォーレの音楽に心惹かれる人達がよく口にするのは「言葉にならない程の深い感動があるのだけれど、それをいつまで経っても言葉に出来ないもどかしさが続いている」(Wikipedia)ということのようです。それはまさに言葉に出来ないほどに「信頼できる」「永遠的な安らぎ」がそこにあるからだと考えられます。

 

うちの猫が生後4ヶ月のころです。だっこしていたらいつのまにか眠っていました。