2011.7.15 上野星矢 東日本大震災復興支援コンサート(王子ホール)アンコール

 

 

癒やしの名曲としていろんな楽器で演奏されている人気曲ですが、オリジナルは声楽曲で「アヴェ・マリア」という歌詞が繰り返されて演奏されます。作曲者名は長らくカッチーニ(1545~1618)であるとされていましたが、近年の調査研究でヴァヴィロフというギター・リュート奏者・作曲家(1925~73)だとわかりました。

そもそもヴァヴィロフは「旧ソ連の古楽復興の立役者」(Wikipedia)だったとのことで、古楽を発掘しその魅力を伝えようとしたのだそうです。つまりカッチーニの時代(ルネッサンス後期からバロック初期)の音楽を編集出版していたということなのですが、実はその中に自分自身が作曲した作品も含めて古楽作者の作品と称して発表していたことが後から分かったのだそうです。

 

いわば古楽作曲者の名前を使って自作を発表していった訳ですが、このいわゆる偽作という方法を使うようになった理由は一体何だったのか気になるところです。

この名曲「カッチーニのアヴェ・マリア」についてもヴァヴィロフは重い病にかかりもう助からないことがはっきりしたとき、自分が作者であることを決して明かさないでくれと友に言い遺したのだそうです。しかし、その友は迷った末にあえて世間に知らせることにしたのでした(NHK「らららクラシック」)。

48歳の若さで道半ばにして不遇の病に倒れたヴァヴィロフのすぐれた業績を友は本当の名前を付けて残してやりたかったのではないかと思われます。

それにしても、この世のものとは思えないくらいの美しさに満ちた名曲なのになぜ作曲者は名を伏せようとしたのでしょうか。

 「偽作」にはいろいろなケースがあって、凡人がヒットをねらって有名人の名前をかたる“タダ乗り詐欺”という場合もある一方で、これとは逆に、無名時代の作家が時の為政者や評論家から批判されるのを避けて”純粋に作品の良さを理解して貰うため”にあえて別時代の作家の名前を借りるという例もあります。ヴァヴィロフの場合はおそらく後者だったと思われます。

ヴァヴィロフが生を受けたのが「旧ソ連」の時代だったというのも「偽作」にせざるを得なかった理由のひとつかもしれません。スターリンの粛正の時代は終わっていたようですが、旧ソ連時代にはその名残がまだあって社会体制にふさわしいかどうかという価値観が根強く残っていたことも考えられます。

 そうした社会状況もふまえると、批判され世に残すことすらできなくなるよりは、実名を伏せて古楽のひとつとして残すことができれば少しでも人々に歌われ愛されていくだろうと考えるのが自然です。そもそもカッチーニの時代(ルネッサンス後期からバロック初期)の音楽を編集出版しながら、その中に自作を含めて古楽作者の作品と称して発表していたこと自体、体制の批判から自作を守っていた証しにほかなりません。


この美しさきわまりないこのメロディーは世に広められ聴く人に多くの感動を与えてくれています。いまでは多くの演奏家や声楽家が素晴らしい演奏を聴かせてくれていますが、中でも上の動画の上野星矢さんのフルートは悲しみを極めたようなきよらかさが見事だと思います。

 

 

また、オリジナルの声楽による演奏もよろしければお聴き下さい。数々の名唱がありますがスミ・ジョーもその一人で、ドラマチックな演奏を聴かせてくれているのが心に残ります。