麻衣相法【行不(レ)動(レ)身 積(レ)財有(レ)壽】 | 開運コンサルタント 和泉堂のブログ

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業界初、予知、透視技能法「無相」をはじめ、無相の原点でもある「麻衣相法」の今風仕立ての読解から、業界における問題提起まで惜しみなく公開しております。また、ブログをまとめた書籍も自主制作で販売しており、強いては商業出版も視野にご縁を求めております。

麻衣相法【行不(レ)動(レ)身 積(レ)財有(レ)壽】(※ゆきてみをうごかさず ざいをつみじゅあり)


この段の「身動かさざる」は、なぜ「財を積み」にまでの見方なのかの一部分のくだりが気になります。何をよりどころとして、何を読解すべきか・・・・。そして思うのは、「財を積む」でがヒントであるとしましょう。


もう一点は、遠心力の「みかけ上の力」をヒントとして。と言うのは「行きて」にかかってきます。遠くを見る、思いを遠くに馳せるならば、その狙いは正しいのか?とか、大きくて、有用でなければ身は重くなりえない理屈になります。


ここに身動かざるの財を積むほどに重みが、遠くに投げるような放物線の「みえざる力」となっているとしましょう。


改めて思うのは、麻衣相法の言葉にはガチンコがあり、一字、一字に重みがあり、深いことを。さて、ただの歩行と「行きて」との差は、放物線的な綺麗さがある、なしの差と考えたいところです。


そこで、財を積んでの身動かざるのか、財を積むから身動かざるなのか?これは進行中で、財を積みつつある姿と解釈して。


【コーヒータイムの辞として】


例えば、「朝日を眺めている視線」が歩行の時に知らず識らずのうちに出ていて、そのような姿が身動かず(揺らがず)として出るのでは・・と解釈しましょう。と言いますのも、日の出には清々しさ、勢いがあり、計り知れないものを感じるからです。ある意味、「財」も「寿」は大事にすべきもの、敬い重んずるべきものでしょう。


【まとめの辞として】


光を神として、慈愛として、「財は愛」とするならば、日の出を仰ぐことで、あるいは、その視線を持つことで慈愛と愛を受け取れることにしましょう。してみれば、個人や役員や、リーダーとしてスペシャリストとして妙に輝きを持っている人は、無意識に朝日を仰ぐ角度、少なくても正面向きで、まして正面以下はないでしょう。ここで、注意してほしいのは、まったく輝きを失う正面向き以下では・・・・と考えて頂きたいところです。「この謎は、歩行に出る姿に」ということです。



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