キモいタイトルで申し訳ない。コロナ禍もあり、現在若者の献血離れが進んでいることを知り、献血loverとして、みなさんに、特に内向的なみなさん、わかりやすくいうと陰キャのみなさんに献血をおすすめしたくなったのでこんな記事を書かせていただく。
- 事前予約+事前問診票記入で受付スムーズ
- 飲み物は完全にセルフ(何杯でも)
- 採血中会話なし、スマホOK、専用テレビあり
- 全体を通して身体に触れられることがほぼない
これらも充分魅力的な条件だが、
他にも陰キャにとって本質的な魅力が献血にはある。魅力
1.匿名性
2.生き続ける意味の発見
3.献血と狂気
追記
4.赤十字さんへ
1.キャラクターのデザイン性
2.比重の基準
3.比重を測る段階
魅力
1.匿名性
相手の存在と自分の存在がリンクしてしまうと、やはり腰が重くなってしまうのは、多くの陰の者にとって真理であろう。
相手と直接的に関われないという匿名性が、献血という行為を気軽なものにしている。
誰かの命を救えるということはもちろんすばらしいことだ。しかし同時に、大義すぎてすこし腰が引けてしまうのも事実だ。私自身、陰の者として、あまり他人に感謝されたり、賞賛されたりすることは得意でない。しかし、それでも誰かの役に立ちたい。他人に社会貢献してしまっている自分を見せることなく社会の役に立てる。自分の承認欲求を満たしつつ、でも他人には知られず、でも実際社会貢献できるのが献血の気持ちいいところである。
2.生き続ける意味の発見
陰の者は往々にして、生きる意味を考える傾向にある。と私は思う。というか私がそうなだけだ。
私がどれだけ充実した人生を送ろうが、どれだけ誰かに喜びを与えようが、生命の究極の目的である子孫の繁栄にどれだけ貢献しようが、それは私がこの世に生まれてきたことが価値あることだったことの証明になろうか。それは私が生き続ける意味になろうか。
しかしこの献血という行為は、自分の血肉を人のために差し出す、つまりイエスキリストが人類に永遠の命を捧げるためにした行為に等しいのだ。私たちは献血をすることで神に等しい存在になれると言っても過言ではない。(無宗教です)
毎日夜布団で「なんで生きてんのかな」と思いつつ、生きる意味をどこかで求めてしまうそこのあなた、献血に行けば「まあ次の献血までは生きてようかな」ってなるかもしれないので献血しよう🩸
3.献血と狂気
実際して分かるのだが、腕に刺さった針から伸びるチューブの中から伝う血で、献血バッグ(血液を入れる袋)がどんどん膨らむ。針は普通の注射針より太く、針の血を通す穴は余裕で目視できるほど大きい(刺すのは痛くない)。そのとき、献血バッグと体の境目は、無い。とても不思議な感覚にとらわれる。これが私が献血をやめられない理由の一つだ。
血を取り終わると看護師さんが手際良く、血を一滴も無駄にしないように献血バッグを閉じる作業に入る。なんとなく献血バッグが、誰かの命を救いに行くもう一人の自分みたいな感じに見えて、いつも心の中で「頑張ってこいよ」と言っている。(言っていない)
いつもと同じ日常の中に潜むちょっとした非日常、考え続けると気が狂いそうで、鏡の中の自分に向かって「誰?」っていい続けちゃダメみたいな話を聞いてそれをちょっとやってしまう時みたいな気持ちになりながら、献血バッグに対してもう1人の自分を見出す遊び、なかなか楽しい。
一回献血バッグを触っていいか聞いたらOKをもらったので触ったら、生温かった。自分の温もりを感じられる機会はなかなかなくて面白い。
また、献血会場では腕にバーコードと番号の記載されたバンドを付けてもらえる。それを読み取られる瞬間、自分がただの
「提供するための血を含んだ人体、モノ」
であることを知覚することになるのだが、その感覚は本当に唯一無二だ。
中高生の頃、模試などで受験番号やバーコードを割り振られたり、大学で学籍番号で管理されたりするよりも、もっと度のきつい、機械的で清潔で現代的で無味乾燥な気分になる。悪くない。興味深い体験である。1度経験してみるのも面白いから行ってみるべきである。
番外編
4.赤十字さんへ
こんなキモブログ読んでませんようにという気持ちと、これは聞いてほしいなという気持ちが拮抗する中、僭越ながら改善点を3つ書かせていただく。
1.キャラクターのデザイン性
現行の献血ちゃんのデザインがあまりにお粗末。もうちょっとなんかあるじゃんという気持ち。あのグッズ持ってお出かけしよう🎵となる人はどれだけいるだろうか。
より多くの若者が献血に行く状況を作るためには、流行りのキャラクターとコラボしたり、献血ちゃんを降板させるなりした方が良いのではないだろうか。
毎回ポイントが貯まっても「献血ちゃんプリントグッズかぁ、渋いなあ」となってしまい延々とポイントを貯め続けることになる。まあそれは全然いいんだが、新規に献血しにくる若者の動機としては、献血ちゃんは厳しいのではないか、という気持ち。
2.比重の基準
全く医療の知識がない私文大学生からの提言なので無視してください。行っても血の濃度が薄すぎて献血できないのがマジで悔しい。生活習慣改善しますごめんなさい。
3.比重を測る段階
受付してもろて血圧測って順番待って、からの「お帰りください」は悲しさ倍増。きた瞬間比重だけ測ってほしい。でもきっとそんなこともう考えた上でいまの制度なんだからダメですよね、、😇
あと!最初に突いて出した血じゃなくて、もっと濃い血が出てきてから比重測ってほしい、、アメリカではグイグイ絞ったあと見るからに濃いのが出てきてから測ってくれた。(もしかして良くないのか…?)
以上、陰キャによる献血ブログでした。
キモめの厨二病視点もありましたが、皆さんも懐かしいあの感覚、献血会場で取り戻してみてはいかがだろうか。
追記
2024年10月、アメリカで初献血。
針の太さがレベチで血が時差でどんどん出てくる。取られる量も日本より多く、やはりアメリカンスタイルは一味違うぜ!という気持ちになった。