2024年5月25日(土)、天候は曇り、時々晴れ。
今日は「早稲田ラフター笑いヨガクラブ」の最終回、イクタマンは,この1時間30分をどう展開すれば良いのか、プランをまとめ切れずに、いつも通りに「やっつけ」で行こうと腹を決めて会場に乗り込んだのでした。相方のゆりこさんもいつもより30分も早く乗り込んで来てくれて、早くも臨戦態勢
。
コロナ禍が明けて、気兼ねなく、大きな口
を開けて、ツバを飛ばして笑い合える日がやっと、来たというのに、早稲田ラフターはなぜ閉じるのかという疑問を持つ人もおられたりするので、開口一番「ヤメるのをヤメました
」って言ったら、みんなどんな顔をするだろうか、などと腹黒な不埒なことを想像して、ホくそ笑んだりしていると、顔見知りのあの方、この方が次々に現れて、会場は満杯に。
<参加者>ポルカさん、たまちゃん、サンシーさん、いちさん、アイラさん、
まっちゃん、あやめさん、なるちゃん、ひーちゃん、HEIちゃん、
カカオさん、まじょリン、ままちゃん、ALOHAみっちゃん、わこさん、
TOKOさん、モトちゃん、みいちゃん、ピロリン、まりちゃん、
メーテルさん、やえさくらさん、ねこちゃん、(ゆりこ、イクタマン)。

13:30開会 主催者開会挨拶
受付業務が忙しくて手が離せない相方・ゆりこさんをそのままにして、イクタマンは開口一番
「会場への入場登録者制限を倍近く超えているので、今日は、声を出して笑ってはイケません
職員さんが 見回り
に来た時は半数の方は間髪を入れずに、うしろの物置小屋に隠れて下さい!」と要請。と、まずボケかました?のでございます。
そして、次こそは真面目な最後のご挨拶があるものと思って、誰もが固唾(かたず)を飲んで待っている
のに、
「いきなりですが、つい最近あった、
下世話なニュースをふたつほど。一つは、1階の台所で食事の準備をしているところへ、2階の寝室にいた亭主から「メシは未だか」と督促されて、頭にきった奥さんが、2階に駆け上がり「私はアンタのメシ使いじゃないっ」と叫びながら、亭主の腹に包丁を突き立てて、警察に逮捕されたという事件。
もう一つは、奥さんの頭をバナナの皮で殴ったということで、通報されて逮捕された亭主が「そんな
バナナ
」と叫んだとか、叫けばなかったとかいう事件の話。
古ーい昭和世代の男どもには何とも生きにくい世の中になったものですが、笑うに笑えない「落とし話」を2題。(実際の事件に基ずく?作り話です)。
その後ようやく
、思い出したかのようにして、"まっちゃん”が 撮影してくれた A4判の写真の束を持ち出して、一枚一枚めくりながら、イクタマンとラフターとの
出会い、ゆりこさんとの出会い、クラブ開設の経緯、共同主宰者(初代は 渡辺千恵さん、2代目は小深田瑠美さん、田中由理子さん)との
因縁、その後の約十有余年に亘るゆりこさんとの共同活動、多くの方々との出会いと別れなどを回顧したのでした。
とりわけ、リーダー資格取得同期(53期)の”じゅんさん”との交流とコロナ禍の最後の悲しい別れの思い出は、抜き去り難いものがあるらしく、「唐突なクラブ閉鎖の理由は、日々、いやが上にも高齢化を意識せざるを得ない状況下、まだ目が黒いうちに、お世話になった皆さんに感謝の念をお伝えしておきたいと思ったからです」とその心の内を吐露したのでした。
それから、いよいよ、皆で一緒にエクササイズに突入かと思いきや、今日は思い残すことのないよう、中野・桃園会館で3月30日開催の「春のどんちゃん祭」で上演?した①「迷医の診察日記」の続編(6人目の患者「痔主」)。
②早稲田カラー満載の「寿司ネタ」。➂テツ&トモさんの持ちネタ「何でだろう節」早稲田バージョン だけはやり遂げたい と言い出して、それから後は(も)イクタマンの独演会。
①「迷医の診察日記⑥」
カンペを読むだけで、いつでも、どこでも、誰にでも、直ぐできる患者と医者の珍妙なヤリトリを展開。(これはイクタマンが便秘して、近くの医者に大きな痔の専門病院への紹介状を書いてもらおうとした時の実話でした)

②「寿司ネタ」
手作りの寿司ネタの「お品書き」看板を持ち出して、早稲田ラフター常連の”まっちゃん”の好物「イクラ」、「ハマチ」、「しゃこ」、「鰊(ニシン)」”いちさん”の「つまみ」、”あきちゃん”の「鯵(あっ・ジ)」、”やえさくらさん”の「鉄火」、「軍艦ならぬ潜水艦」(ネタの名前だけ)を紹介。
次いで、イクタマンが持ちネタの「サヨリ」、「ブリ」、「カマス」、「真イカ」などを実演披露していたら、ポルカさんが自分にもやらせてとばかりに、イクタマンの横に座り込んだので、イクタマンはすかさず「あいなめ」を注文、ノリの良いポルカさんはこれに全く臆することなく、”ほほ”と”ほほ”を寄せ合って完食したのでございます。

(
さすがポルカさん、盛り上げて下さってありがとうございました。このことはここだけの話として、誰にも言いませんのでご安心下さい。イヒッ
)。
➂「何でだろう、何でだろう」節・早稲田バージョン集
「作り笑いは嫌いだ と言いながら スベル笑いを十数年も 人の迷惑顧みず やって来たのは」(誰だろう・・・)
「ウクレレ弾きながら 昼寝する奴は」(誰だろう・・・)
「リラクゼーションをリードしながら 自分でも 寝てるのは」(誰でしょう・・・)
「か細いお婆ちゃんが 突風に吹き飛ばされているのに 助けもしないで じッと見ていたのは」(誰だろう・・・」
「うちのカミさん オナラで 返事するのは 」(何でだろう・・・)
「チェーンを掛けられ 家に入れず マックで 一夜を明かしたのは」(誰だろう・・・)
「和式トイレで 立ち上がれなくなって 助けを呼んだのは」(誰だろう・・・)
「カーユイあそこに キンカン 塗っちゃって 家中 走り回ったのは」 (誰だろう・・・)
「もっと 塗ってあげると キンカン持つて 追い廻しているのは?」(誰でしょう・・・)
「お手てつないだ仲良し夫婦 本当は 互いが 杖代わり」 (トホホホ、トホホ 誰だろう・・)
「ホームレスのおっちゃんに 余った弁当あげようか?と 言われたのは」(誰だろう・・・)
「飲み友達に電話して おじいちゃん居る?と聞いたら 若い声で 要りませんと言われたのは」(何でだろう・・・)
「サーモン丼の大盛 頼んだら ”さあ問題です”と クイズを仕掛けて来た 飯屋は」(どこだろう・・・)
「うちの庭で 小鳥が 枝から コトリと落ちたのは 」(何でだろう・・・)
「白い犬は 尾も白い なんて 言ってるのは」(誰でしょう・・・)
「犬なのに 家のわんちゃん 猫舌だ なんて 言ッてんのは」(誰だろう・・・)
「あっちの息子の話をしていたら もう大きいのですか?と 聞かれて返事に 困ったのは」(誰だろう・・・)
「あの人は厚顔無恥ねと言われたのに 睾丸無チン?ですかと 聞き返して 呆れらたのは」(誰でしょう・・・)
「バックシャン 路上でいきなり 立ち止まり 口を押さえて ヘックショーイ」(育ちは隠せないのねえ・・・)
「横漏れに 伝い(つたい)漏れと 追っかけ漏れ 年寄りは 小用足すだけでも 大変だあ」(大変だあ、大変だあ・・・)
「健康の秘訣は?と 問われて「病気をしないことじゃ」なんて バカ言っいてるのは」(誰だろう・・・)
「長寿の秘訣は?と問われて 「死なないこと」なんて 本当のことを 言ってんのは」(誰だろう・・・)
・・・長いこと生きておりますと、色エロなことに遭遇するものでございます。そういう訳で、「何でだろう節」は
未だまだ、有りますが、退場の時間が迫ってまいりましたのでこの辺で終了させていただきます。・・・(なお他人様の
作品も一部含まれています。紹介ということで ご容赦下さい)
参加者全員で記念写真撮影。
(ここでまた、イクタマンが尊敬して止まない「お笑い」の師匠・まじょリン様がまたまた”トンデモ発言”をしてくださいまして、最後に皆で、初めて
声を出しての大笑い。師匠のお蔭で何とか恰好が付きました。 イヨッ、さすが、師匠! 脱毛です。!)
その後、全員でアッという間に会場の後片付けを済ませて退場。直ぐ近くの2次会会場「ミライザカ」へ、ほぼ全員で雪崩込んだのでした。


2次会には、のぶりん、オリーブさんも加わってくれて「どんちゃん騒ぎ」が始まったのですが、イクタマンは「何かをやり残してしまったのではないか
という不消化感を拭えないでいたのでしたが、”なるちゃん”の顔を見て「アッ、あれだ、あれをやらなかったからだ」と得心。なるちゃん夫妻の美しき夫婦愛の物語・実話「ビーム光線には負けないぞ
」をやらせていただいて、胸のつかえを下ろしたのでした。
その後の記憶は定かではございませんが、
「居酒屋・清瀧」で3次会、さらに「
カラオケ」までお付き合いして、メーテルさんに
「タクシー」に乗せていただいて無事に帰宅。この日は最終回と家内に伝えておりましたので、チェーンは掛かっておらず、
無事に帰宅できたのでございます。終わり良ければ全て良し!。ばんざーい。
十有余年年、クラブを続けて来れた一番の理由は「自分が楽しかった」からだと思います。そして、「バカバカしいことを本気で楽しむ」という ユーモア精神旺盛な皆さんと、そういう時間と空間を共有できたことは幸せでした」。本当に長い間、有難うございました。ご声援とご支援に心から感謝、お礼申し上げます。
クラブはこの日を以って閉鎖、終了しますが、ラフター活動は今後も継続して参ります。また、何時か、どこかの会場でお会いできるかと思います。
引き続き、ご交誼下さいますようお願い申し上げてご挨拶とさせていただきます。
2024.05.25 イクタマン(生田 孝夫)、 ゆりこ(田中 由理子)