及ばないどころか
百害あって一利無しと言ったほうが適切かもしれない。
この世を脱する前の
数多くの懺悔の中の、ひとつの困った項目の僅かひとつの問題点から、手始めに書いてゆこうかと思っている。
我ながらあまりにも
生まれながらの神経質で潔癖性なのは、もはや今となっては、この世を生きて来て、まさに百害あって一利なしのカテゴリーに入れざるを得ないと思う時もある。
でも汚いものに触れられないし
手足や身体に汚れが付着するのが許せないし忌み嫌う嫌悪感の極限が余計な事と余計な時間と手間と経費に気を使わなければならない。
掃除洗濯食事食器洗い部屋の整理
それに食べたあとの作業とゴミ集めゴミの分別ゴミ捨て作業に大便小便もトイレットペーパーでの念入りな拭き取りまで、
それをやれば当然
後始末としての念入りな手洗いと足の裏洗いやシャワーを浴びる必然的な作業に四六時中いそがしく手間がかかってしまう。
かといえ
小鳥の水浴びと餌と籠の掃除と食事の世話までも部屋の換気からホコリやコバエやチョウバエやダニの退治とかにも、絶大な神経を使わなければならない。
それに
但し最近特に寝ていると身体中が夜中にモソモソして身体中が痒くて仕方ないので、毎日布団の上で食事をしてずっと敷きっぱなしの敷布団の不潔さによってきっとダニの退治もしなければならないし、どうしてもトイレの水ハネとか汚いとしか思えないし、いくら神経質で潔癖性が過剰だとはアタマでは分かってはいるけど、でも汚いことはどうしても何がなんでも、金輪際我慢ならない。
だから結局
おそらくもしも汚さを忌み嫌っていなければ、最悪の場合に私はまるで家の中の不衛生さに殺されると思うのは、決して神経質と潔癖性の強いことは間違っていないと、確信している。