ワシの親父はとってもワガママでプライドが高く、昔人間のチャーミングなパパでもありました。
ワシが子供の頃・・
昭和40年代の始め【ALWAYS三丁目の夕日】もマッ青の下町に育ったワシ
当時親父は建設会社でバリバリの大工さんでした。
そりゃもうワンマンで頑固!口より手が早い星一徹ばりの親父です。
親父の肩にでもワシの手が触ろうものなら「ツキが落ちる!」といっては、
まよわず裏拳!グーパンチ
鼻血ブー(x_x)
(今じゃナナに頭にのられてもニコニコしとんのにどうゆうこっちゃ!)
博打が大好きでたまの休みには子供のワシを連れての競輪三昧!
子供のときの記憶は競輪に連れて行ってもらったことしかありませんでした。
(おかげ普段のワシはパチンコ、競輪、競馬、競艇、ポーカー、ギャンブル等いっさいしません)えらいでしょ(笑)
勝負に負けた日には必ずご機嫌がわるく、普段部屋が散らかっていても何も言わないのですが、
そんときは必ず怒鳴られ行儀されたもんです。
(おかげで、場面の空気が読めたり、すこしの顔色の変化で人の機嫌が読める様になりました。)!
ワシがちょうど今ナナの年の頃・・
5年生の頃かなぁ
家にある骨董品やコインなどを近所の古道具屋にたたき売りこずかいにしたのがバレた時!
きっちり木刀を背負わされ、パクッたらいけない事を体で教えていただきました。
(木刀はハンパなく骨に響き熱が出て3日寝込みました。)
ワシが高校生の頃・・
学校をサボリすぎて出席日数が足らないので退学か落第のピンチ
親父も校長室に呼ばれるはめに
「一芝居打つかの・・」何のことかさっぱりわからないワシ
?
校長室に生活指導の先生、担任、校長の目の前で
「オノレはどれだけ先生に迷惑かけとるんじゃい!」と言うがはやいか・・
ワシの顔面をドツキまわし血まみれになったうえに蹴りまわしボコボコに!
興奮してブチきれた親父を見て先生たちもマッ青になり
「お父さん!落ち着いて、山本君もイイコなんだし、ゆるしてやってください」
結局、この事件で落第騒ぎもウヤムヤになり、めでたく進級でき卒業できたのでありました。
「フッ、うまくいったの、あんな場面はカマシが必要なんじゃい、ワシに感謝せいょ」
ウィンクする親父に血まみれのワシ
(おかげで駆け引きにも強くなりました。)
高校卒業後なんとか世間を無事にわたる事が出来、つらい修行にも耐える事もできて
独立できたのも親父のおかげであったのではなかろうか?
(世間の理不尽や不条理にも耐える事ができたもんね!)
ワシが店を構えて、一本立ちしてナナも生まれ落ち着きだした頃がちょうど親父がセミリタイア
すると今度はこずかいをせびるパパ! 当然ギャンブルね!
(別にえ~んやけど、甘えすぎやろ!)
それもしょっちゅう(;??д??)エエッ!
しかも月末の金の忙しい時でワシのへそくりも底がつきてるのが解ると
ワシのコレクションの時計を質屋にもっていき
「わさびのマスターの父親です。」と金を借りる始末
おかげで常連の質屋の主人に
「大将、親孝行ですなぁ」と感心されるはめに・・・
(ホンマあきれるわ)
「他人様にヘタを打たんし迷惑かけれんしの」
(ほんなら、むすこのワシはかまわんのか!えーかげんにせいよ。)
しっかり遊ぶ親父でありました。
(実家の前で ナナ七五三の記念に
又いつの日かみんなそろって元気に集まれる事を願いつつ・・・)
しかしながら、ワシにとってはたった一人の父親!命びろいしたときはホンマにホッとしたのであります。
(亀田が父親をかばう気持ちはよくわかる)
まだ先のことは解りませんが元気になったら必ず親父はこう言うはずでしよう
「競輪に連れて行けぃ~~~~~~」
数年後・・・
ジジィを背負って競輪場にいるヤツがいたらたぶんワシら親子でしょう
その時は必ず声をかけてくださいね!
イイコ、イイコ!
