こんにちは

 

昨日の夜に更新する予定でいましたが、きっちり寝落ちしてしまいました笑

 

よくある結末です。

 

さて、今思っていることを書くブログなので書いていきます

 

本日は『やれと言ってもやれるわけない』というテーマです

 

 

これは日常にある様々なことに適応されるかと思います。

 

例えばなんですが、

 

スポーツの練習で(職業柄スポーツの例えが多くなる)もっと早く動けとか、強く引けとか、左手を忘れるなとか

 

まぁ、様々な指示・指導があると思います。

 

そして、その指導内容ができなかったりしたときに、なんでしないのか?

 

とか

 

なんでできないのか?

 

とか

 

いろいろ言われた経験がある人が多いかと思います。(少なくとも僕は多かったです)

 

日常生活であれば、宿題をしなさいとか、部屋を片付けなさいとか(なんやかんやあると思います)

 

なんでもいいですが、思った通りにしてくれないことに対する困惑があるシーンっていろいろありますよね

 

 

個人的に昔から思っていたんですが、やれと言ってやれるなら、やっている。

 

そんな簡単にできないから練習しているし、できないことがまずいと思うなら、できるようになる流れと内容を言ってくれないとできるようにならないでしょう。

 

と思っていました。

 

今でも覚えている言葉があります。

 

『お前は一体いつになったらあいつに勝てるようになるんや』と

 

知らん!!

 

なんやその話、なんて答えるんや

 

明日ですとかいうんか?

 

今ですっていうんか?

 

と思ってました。

 

答えは何?

 

 

勝つための戦略というか、方法を共有して実践してみてダメかどうかを進めていくべきなんじゃないのか?

 

スポーツって別にわざわざ手を抜いて負けに行くという訳ではないので、ちゃんとやるべきことを示して、トライ&エラーを繰り返し進んでいく

 

この繰り返しではないのですかい?

 

そもそもの勝ち方がわからない中でやれと言われてもわからないでしょうに、、、

 

まぁ昔の話でした

 

話を戻して(毎回なんか逸れるよね笑)

 

要するに言いたいことは、やれと言ってもできるならやるし、やれることをやっていないということはやる必要性を感じてないか、必要性をわかっていないということですね

 

そこは必要性を伝えて納得させる必要があるでしょう。

 

個人的にやって欲しいことをやってもらうには4つの状態があると思っているんですが

 

 

やる必要がわかっていないし、やれない状態

 

やる必要がわかっているが、やれない状態

 

やる必要がわかっていないが、やれる状態

 

やる必要がわかっているし、やれる状態

 

 

やる必要がわかっていない場合はやる必要を伝える訳です

 

やれない状態にあればやれる技術やステータスを与える必要がある訳です

 

 

ただ、ここで落とし穴があると思っています。

 

やる必要がわかっていて、やれる状態であってもやらないということがあるということですね。

 

 

なぜなら、やりたいかどうかという心情の部分が抜け落ちているからですね。

 

やる必要がわかっていて、やれる状態に加え、やりたいというこの状態を作らないとやらないということですね。

 

やりたいがなくてもやることはやらなければ人生が終わる可能性があるものの優先順位が高いものであること(ご飯食べないと死んでしまうとか)

 

 

そして、ここまで書いて思うのは

 

4つのどの状態であっても、やりたいという感情があれば人間やるということですね。

 

一気にひっくり返しますが、やりたいという状態を作ることが最重要で、やってもらえる状態を作るという着地をしました。

 

正しい事より楽しい事

 

誰が言ったか知りませんが、的を得ていると思います。

 

 

このブログは毎回ですが、正しい事(期日を守る事、月曜更新)より楽しい事(書きたいことを書く)に重きを置いています、、、笑

 

ただの言い訳です笑