行政の追悼式典も、活動家による演説も、マスコミによる報道も、全て胡散臭い。そして嘘臭いと感じてた理由が判りました。

心がないから。
祈りがないから。
亡くなった方々、今尚苦しんでいる方々への寄り添いがないから。

核兵器のない未来の前に、9条を守れ!の前に、平和を求める活動の前に、鎮魂と追悼、犠牲になった人たちへの寄り添いだろ?と隊長は思います。それが感じられない8月6日は、胡散臭くて嘘臭い。

広島に住んでいるからこそ感じられることなのか、はたまた単に隊長が捻くれ者なのか。

後者である可能性が大きいことは否定できませんけどね。
今日も朝から暑い。きっとあの日もこんな暑い朝だったのでしょうね。

8:15、家族で起立して黙祷を捧げました。

72年前のたった今この瞬間、人類史上初の惨禍が起きたのです。隊長の住んでいるこの場所が文字通りの地獄になったのです。

蝉がミンミンと鳴いています。

あの日あの時、人々の泣き叫ぶ、呻く、呟く、断末魔の声。そして言葉を発することすらできない、発するいとまさえないまま亡くなった人々で埋め尽くされたのです。

今日、あの日を思い祈ることに、何の理由がいるのですか?

蝉の鳴き声にまじって、太鼓を叩く音や政治的な主張をスピーカーを通して大声で叫んでいる声が聞こえてきます。

その主張を否定はしません。必要と思う主張は、どんどんすべきです。それが民主主義ですから。しかし、心静かな中で祈りを捧げたい自由があることを、彼らは知りません。知っているように思えません。

自らの正義のために他者の思いを犠牲にしても許されると考えているとしたら、72年前のあの惨禍から我々は何も学んでいないことになります。

戦争を否定することに反対する人は誰もいません。しかし、その正義を振りかざして自己主張するのは、あの時代と何が違うのでしょうか。

人類は何も学んでない。そして隊長も何も学べてない。


バイクに乗りたい乗りたいと思いつつ、暑いのと仕事なのとで、全然乗れない日々が続いておりました。

そうだ、早朝なら涼しいんじゃない?

乗るでしょ、思いついたら乗るしかないでしょ。

乗ってきました。

目的地↓
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 景色が素晴らしいじゃありませんか!しかも、早朝故に誰もいないこの景色を独り占めできる贅沢といったらありゃしない。

でもね、早朝は涼しいはずなのに、全然涼しくなかったのはなんでだろ?ラジエターファンが回りっぱなしだったのは、やはり暑かったということですか?

せめてのも慰めは、おおすみ型輸送艦がちゃっかりと描かれてたことかな。

おおすみを探せ↓
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帰還後は、ショボショボと仕事しました。