8月9日は、長崎に原爆が落とされた日。広島と同じく、心からの追悼を捧げる日ですね。
しかし、なぜだろう、8月6日ほどメディアも活動団体も盛り上がりません。これって、2回目の原爆投下だから?
おかしいでしょ、それ。
もっといえば、なぜヒロシマ(あえてカタカナでヒロシマ)は、8月9日に自らの8月6日と同じくらいに心を寄せない?
ヒロシマは、8月6日は朝から原爆一色です。なのに、なぜ8月9日はテレビやラジオは朝から大笑いしてるん?
違うでしょ?9日も6日と同じ気持ちでいなきゃダメでしょ!
核兵器の悲惨さを訴え、非人道的だと非難するヒロシマなら、世界初のヒロシマも2回目のナガサキも、同じでなきゃダメでしょ。
世界初だからヒロシマの方が偉いんか?
死傷者数がナガサキより多いから、ヒロシマの方が可哀想なんか?
他所の県の他所の市のことだから、ヒロシマは関係ないんか?
誰も戦争は嫌です。
誰も死にたくありません。
誰も殺したくありません。
誰も怪我したくありません。
誰も怪我をさせたくありません。
誰も生活を脅かされたくありません。
誰も生活を脅かしたくありません。
ヒロシマだから特別なんじゃない。
ヒロシマだから可哀想で悲惨なんじゃありません。
ナガサキだから可哀想で悲惨なんじゃありません。
その直後の死傷者数だけで言えば、東京大空襲の方が多いはずです。
不幸に、死に、優劣なんてない。
隊長がヒロシマに住んでいて、この原爆の日について嘘くささを感じるのは、6日の原爆の日と9日の原爆の日の扱いの違いゆえ。
6日のヒロシマが祈りでいっぱいになるように、9日も祈りでいっぱいになれば良いなと思います。
誰も不幸になりたくないんだから。












