家には、ごく普通の計算機があった。
特別な機能なんて何もない。どこの家庭にも一台くらいはありそうな、ありふれた計算機だ。
朝になると、それを手元に置いて、決まって「1+1=2」から始めた。
2+2=4。
4+4=8。
8+8=16。
16+16=32。
32+32=64。
64+64=128。
「あ、100を超えた」
それだけで、世界が少し広くなった気がした。
128+128=256。
256+256=512。
数字はどこまでも増えていく。その先に何があるのか知りたくて、ただ続けていた。
幼稚園では、みんながお絵描きをしていた。
赤い花や青い空や、丸い顔の家族を描いている。
私は自由帳いっぱいに、数字を書いていた。
計算式を、ひたすら並べる。
先生はそのページを見て、いつも少し感心したような、少し困ったような顔をした。
それでも一本一本、赤鉛筆で丸をつけてくれた。
あの丸は、正解につけられたものだったのか、それとも「この子はこれでいいんだ」と受け止めてくれた印だったのか。
今となってはわからない。
ただ、その自由帳だけは、誰の絵とも少し違う景色を映していたような気がする。