2人目は王道ですね!
「諸君、狂いたまへ」
そう言ったのはこの人!

吉田松陰。
狂いたまへ!というだけあり、当の本人はかなり狂っちゃってます笑
【黒船に乗り込むのじゃー!】
時は黒船来航の大騒ぎ。25歳の松陰、弟子の金子重之助と共にアメリカに学びにゆくために、黒船に乗り込むのです。
しかし、当時鎖国中の日本ですから、死罪になる可能性もあります。結局、アメリカは行けず、牢屋にブチこまれました。「かくなるもの知りながら やむにやまれぬ 大和魂」バレればこうなるだろうとはわかってはいたけども、日本のことを思うと止めることはできない。すごい行動力です。
幽閉中に読書に励み4年間で約1500冊の本を読み、自らも執筆をします。すげー。
が、しかし松陰はそれだけではありません。なんと他の囚人達に講義を始めたんですね。出れるかもわからないのに学び、それを伝えているんです。
【家から出れないし塾やろー】
その後、運良く釈放され、自宅謹慎なります。自宅から出れないので、塾を始めます。
それがかの有名な「松下村塾」教えていたのは意外にもたったの2年半です。
そこの門下生が、「桂小五郎」「伊藤博文」「高杉晋作」「山県有朋」「井上馨」などなど歴史に名を連ねるメンバーです。まさにGTSグレートティチャー松陰!!
幽閉中に詰め込みをしていたお陰でそれが、塾にも活きたんですね。
【暗殺じゃー!】
幕府の政治にもうガマンできなくなります。長州藩に井伊直弼暗殺のための武器をくれとお願いしますが、こりゃまた過激思想だということで、また幽閉されます。
そして、別件で幕府からの軽い取り調べを受けます。これはなんてことない取り調べだったのでスルーできたものを、松陰は自ら暗殺計画もしゃべり、国への想いを幕府役人に伝えます。
そのために、結局死刑となってしまいました。安政の大獄です。
幽閉中に高杉晋作に送った手紙の中にこんな言葉があります。
「死して腐朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあればいつでも生きべし」
そして、辞世の句は「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし大和魂」
高杉ら弟子達に国への想いをたくして亡くなったのです。しかしその魂は弟子達の心の中に生き続け後に共に明治維新をはたす道へとなるのです。
大和魂のために、命を使ったすごい日本人がいたのでした。
また松陰の魂は現在でも誰かの心の中で生きているのです。
