修学旅行で地獄を見た〜渡辺・若林・ひざつき三重奏〜
1995年、時はバブルの余韻も完全に冷め、ポケベルがまだ現役、携帯電話などは「トランクに入れるやつ?」という認識だった頃。グーグルなんて存在しておらず、調べ物は“百科事典”か“クラスの物知り女子”に聞くしかなかったあの時代。
我々3年C組の修学旅行先は、京都・奈良。クラシックすぎてカビが生えそうな王道ルートである。しかし、その旅は決して“静かなる古都を楽しむ心洗われる時間”ではなかった。なぜなら、引率教師が渡辺先生、若林先生、そして最強のラスボス・ひざつき先生だったからである。
【1日目:京都、初日から靴が宙を舞う】
バスに乗る前から事件は起きていた。男子数名がコンビニの袋に大量のコーラとスナック菓子を詰め込み「これは栄養補給です」と主張。渡辺先生は静かに言った。
「体から油出すなよ。俺の座席まで臭うからな?」
淡々としたこの一言がじわじわ効いてくる。全員黙って袋を縛る。静寂。
しかしそれも束の間、京都駅に到着すると、若林先生(通称:空中戦マスター)がいきなりハイキックを披露。なんの前触れもなく「荷物を持たせようとした男子」に対し、見事なミドルが炸裂。
「女子に荷物持たせるとは何事だコラァ!」
この発言がまた、教育的に微妙に正しいのが腹立つ。観光客が振り向くなか、男子はスーツケースごと地面に沈んだ。女子は拍手していた。地獄か。
【2日目:奈良、鹿とケツバットと泣き声】
朝の集合が7時。まだ脳が起動しない我々の前に、ひざつき先生が仁王立ちで現れた。
「ケツバット一発で起きるぞ」
そう言って彼は、長さ1mの竹刀を取り出す。え? えっ? 修学旅行ってそんな殺伐としてた? 観光バスじゃなくて脱走防止用か?
そのまま奈良公園に向かい、鹿と触れ合う予定だったのだが、ひざつき先生は鹿にもビビらない。
「鹿のケツの臭いをかいでこい!修行じゃ!」
まさかの修行モード発動。男子数名が真顔で鹿の後ろにしゃがみ込み、観光客に囲まれて写メ(当時は写ルンです)を撮られるという羞恥プレイ。先生たちは「いいねぇ、青春だねぇ」と上機嫌。
その後、鹿せんべいを自分の口にくわえながら鹿と格闘していた谷口(男子)が、ひざつき先生にケツバットを食らって空を飛んだ。
「お前が鹿だ!」
もはや意味がわからない。
【夜の地獄:旅館の恐怖】
夜はもっと怖い。部屋でUNOをしていたら渡辺先生が突入してきて、机の下にあったカップラーメンの袋を無言でゴミ箱に投げ込んだ。
「ラーメン食う体型じゃねぇだろ」
殺意を込めた低音ボイス。湯気の立つカップラーメンが、一瞬で冷えた。ある意味、能力者だ。
さらに22時を過ぎると、“見回り部隊”が出現する。
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渡辺先生:静かに部屋を覗いて無言で去る(精神を削るスタイル)
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若林先生:ドアを開けると同時に前蹴りを入れてくる(部屋に入る方法を間違えている)
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ひざつき先生:廊下を竹刀で叩きながら「鬼じゃあ〜」と叫びながら巡回(ホラー)
我々は布団の中で震え、悟った。
これは修学旅行ではなく、精神と肉体の鍛錬合宿である。
【最終日:お土産と最後のビンタ】
最終日は嵐山で自由行動。しかし、財布を落とした女子が泣きながら戻ってきた。
「誰かが届けてくれたみたいです…」
そこに現れたのが、またしても渡辺先生。
「落としたのはお前だよな?」
女子が小さくうなずくと、渡辺先生はニコリともせずにポケットからカチンコチンに冷えた羊羹を出し、
「これ食って落ち着け。あと、俺の分も買ってこい」
それ、威圧じゃなくて“情”だった。全員、見直した。…と思った瞬間、隣の男子に対し、
「で、なんでお前は俺の買い物袋を持ってないの?」
ピシャアァァン!
出た。例の発声訓練的ビンタ。男子はそのまま売店の割り箸コーナーに突っ込んで倒れた。帰りのバスでは「割り箸くん」と呼ばれていた。
【エピローグ:帰宅後に残ったのはPTSD】
帰りのバス。全員静か。先生たちも静か。たぶん満足していたのだろう、我々が“躾”られたことに。
家に帰ってから、母に聞かれた。
「どうだった?修学旅行、楽しかった?」
一瞬、答えに詰まった。
だって、修学旅行というより修羅場旅行だったからだ。
でも、なぜか思い出すと笑ってしまう。
渡辺先生の無言の圧、若林先生の空中蹴り、ひざつき先生の謎の宗教感。そして何より、我々がまだ“野生”だったあの時代。
1995年、まだスマホも無ければ、SNSも無い。
だからこそ、思い出は記録じゃなくて、心と尻に刻まれた。