体育祭編・2年生地獄物語
体育祭――それは、青春の汗と涙、そして先生たちの怒号と暴力が混ざり合う奇祭である。普通の学校なら「勝利の美酒」だの「感動のフィナーレ」だのが待っているはずなのに、我が中学の場合は「どのクラスが一番死者を出さずに済んだか」みたいな雰囲気になる。いや、誇張じゃなくてマジで。
今年は2年生。去年の地獄を生き延びての2回目の体育祭。私の心には、昨年の恐怖が焼き付いていた。開会式で国旗が上がると同時に、渡辺先生の足が誰かの背中に飛ぶ。笛の音と共に蹴りが入る。「体育祭=暴力祭」という間違った方程式が、もはや常識になっていた。
① 開会式から地獄の予感
開会式の校長先生の挨拶が始まった瞬間、私は違和感に気づいた。去年と同じ校長なのに、今年は妙に声が震えている。「えー、本日は晴天に恵まれまして……」と喋るたびに、マイクがガタガタ震えてる。
なぜかって?視線の先に渡辺先生、そして若林先生、さらに「ひざつき先生」が仁王立ちしていたからだ。三人合わせて「暴力三銃士」。去年は渡辺先生だけで地獄だったのに、今年は戦力が3倍。開会式からすでに「バトル漫画の新章突入感」が漂っている。
もう嫌な予感しかしない。だって先生3人が徒競走に出場する生徒たちを「目で選別」してるんだよ?「あいつ足遅そうだな、蹴っとくか」みたいな顔して。おかしいだろ。体育祭ってそういうイベントじゃないから。
② 競技スタート!まずは徒競走
徒競走。去年は転んだ奴が渡辺先生に「根性が足りん!」と蹴られるだけで済んだ。が、今年は違った。走ってる最中に、若林先生がトラックの外から「もっと足あげろやァ!」と叫びながら砂を蹴り入れてきた。もはや競技妨害。
しかもゴール付近にはひざつき先生が待機していて、ゴールのテープをくぐった瞬間にケツバットを一発お見舞い。勝者も敗者も全員被害者。体育祭って普通「順位がつく」イベントだと思ってたけど、うちの学校の場合は「被害の順番がつくだけ」である。
私の番が来たとき、心臓が口から飛び出そうだった。スタートラインに立つと、渡辺先生がすぐ横に立ってて「おい、去年より遅かったらわかってんな?」って耳打ちしてくるんだよ。いや、何を分かれっていうんだ!体育祭はタイム勝負じゃなくて命の駆け引きなんですか!?
③ 綱引きの修羅場
次の競技は綱引き。普通なら団結力を試す平和な競技だ。だが、この学校では違う。スタート直前、渡辺先生が審判を務めることになった瞬間、全員が悟った。「これ、勝ったクラスが殴られるやつだ」と。
なぜかって?去年は負けたクラスが「根性なし」と殴られた。今年は「勝ったやつ調子に乗ってんな」と殴られる。要するに、どっちに転んでも殴られる。勝利条件は「存在しない」。
実際、私のクラスが勝った瞬間、若林先生が「お前ら、勝ったから調子に乗ってんだろ!」と叫び、ひざつき先生が巨大な竹刀を持って突撃してきた。竹刀だよ?綱引きの綱より太いんじゃないかってレベル。もうこれ戦国時代の合戦。
感想を一言で言うなら「勝っても地獄、負けても地獄」。だったらいっそ最初から参加したくない。でも不参加はそれ以上の地獄を呼ぶ。つまり我々に残された選択肢は「地獄の種類を選ぶ」だけだった。
④ 借り物競走のカオス
借り物競走も異常だった。お題の紙を引くと「好きな先生」と書いてある。いやな予感しかしない。私の前に走ったクラスメイトは、震える手で「渡辺先生」を連れてきた。ゴールした瞬間、その場で往復ビンタ。
次に「怖い先生」と書かれた紙を引いたやつは、若林先生を連れてきてた。ゴール前でその子が足をもつれさせて転んだ瞬間、「根性で立てや!」と蹴りが炸裂。
そして私の番。お題は「優しい先生」。……該当者ゼロ。絶望の二文字しかなかった。仕方なく校長先生を連れてゴールしたが、校長自身が泣きながら「私は優しくない……ごめん……」って謝ってた。おい、借り物競走で校長を壊すな。
⑤ 最恐のクライマックス・リレー
体育祭の花形といえばリレー。だが我が校の場合は「リレー=死亡遊戯」だった。なぜなら渡辺先生、若林先生、ひざつき先生がアンカーで参加してくるから。こっちは中学生、相手は大人の暴力装置。勝てるわけがない。
バトンを受け取った私は、死ぬ気で走った。後ろから地響きのような足音が迫ってくる。「おい待てェ!」って声が響いて、振り返ると渡辺先生が全力疾走してる。あの人、教師じゃなくて完全にハンター。
ゴール手前で抜かれるのはわかってた。でも抜かれた瞬間に蹴られるのもわかってた。じゃあどうする?私は必死にバトンを投げ捨ててゴールに飛び込んだ。……結果、順位は失格。でも命は助かった。勝ち負けよりも大事なものがあると、このとき悟った。
⑥ 閉会式とその後
閉会式。結果発表なんてどうでもいい。誰も順位なんか聞いてない。ただ「今日はこれで終わり」とアナウンスされた瞬間、全員が安堵のため息を漏らした。
表彰式で「優勝は2年3組!」と発表されたが、優勝した生徒は泣いていた。だってひざつき先生が「優勝したやつは浮かれてんな」と言って竹刀を構えてたから。もう優勝ってなんだよ。負けたほうがマシじゃねーか。
帰宅途中、私は心の底から思った。
「体育祭って、何を競う祭だったっけ?」
感動?青春?違う。あれは「どのクラスが一番先生に殴られたかを競う祭」だった。
感想
振り返ってみると、2年目の体育祭は1年目よりも「笑えない笑い」が多かった。いや、笑ってるけど泣きながら笑ってる。観客の保護者たちも「うちの子、今日生きて帰れるかしら」と祈るように見守っていた。
もし将来、同窓会が開かれたら絶対に話題に上るのは「体育祭」だろう。誰が何メートル走で勝ったかなんて覚えてない。でも「ひざつき先生のケツバットは秒速何発だったか」は全員が即答できる。
そう考えると、この学校の体育祭はある意味「記憶に残るイベント」だったのかもしれない。……いや、残らなくていいんだけどさ。