1998年、北京留学中。朝の公園は老人たちの楽園だった。
優雅な太極拳、のんびりした体操。そんな平和な空気の中、私はアメリカ人の友人にそそのかされ、
なぜか八極拳の修行に突入してしまった。
——そして運命の日。「虎抱頭をこれでもか」と練習させられた後、師父が満を持して見せてくれた新技。それが後に「猛虎硬爬山」と呼ばれるものだった。
しかし当時の私はそんな名前など知らない。ただ「なんか虎が暴れてる」くらいの認識で、地獄のエピソードが始まったのだ。
師父のデモ:虎が公園を制圧した日
まず師父が弟子を前に立たせ、構える。
次の瞬間——
バリバリバリッ!
両手で相手の顔をまるで洗濯板みたいにガリガリとかきむしる! 「虎が木の皮を剥がす」どころか、「公園でフリーWi-Fiを必死に探すおじさん」みたいな勢い。
続いてズドンと前へ突き。空気が爆ぜる。
そしてラストにバッシーンと肘撃。
ズガァァァァァァァン!
その場の空気が変わった。公園のスズメが飛び立ち、太極拳のおじいさんがまたも転び、「あ、今この人、虎に殴られたな」と誰もが思った。
私はただ呆然。胸の中でつぶやいた。
「師父、虎は動物園に返してください」
私の挑戦:猫パンチからの迷子拳
さて、いよいよ私の番。
まずはかきむしり動作から入る。両手を広げ、顔をガリガリ——のはずが。
パサッ……
ただの猫パンチになった。相手の顔を“かきむしる”どころか、「猫がカーテンで遊んでる」レベル。これじゃ猛虎じゃなくて、飼い猫タマだ。
しかも勢い余って自分の鼻を引っかきそうになり、危うく流血沙汰。公園でひとり「セルフ猫パンチ事故」になりかけた。
突きで空気を殴る
気を取り直して突き!
ズバァッ!
……と思ったら、拳が空気を外した。完全にスカ。
自分の拳が「迷子探しの拳」になっている。
しかも体重が後ろに残ってしまい、倒れそうになる。
師父「虎は山を登る。お前は坂を下ってる」
たしかに。私の突きは上り坂ではなく下り坂。むしろ“そり遊び”だ。
自爆肘の恐怖
最後に肘撃。
いくぞ——ズドンッ!
……ゴンッ!
自分の顔に当たりそうになった。危ない! 危うく「セルフ鼻骨骨折事件」。虎じゃなくて間抜けなカニだ。
師父「お前の肘は“くせぇ肘”だ」
いや、だから匂い関係ないって! しかも言われた瞬間、自分の汗の匂いが気になって集中できなくなるという地獄ループ。
公園のカニ
何度もトライするが、どうしても虎のリズムにならない。
かきむしり → 猫パンチ
突き → 空気スカ殴り
肘 → セルフアタック
公園の人々から見れば、明らかに「虎」じゃない。
「カニがジャングルジムを登ってる」
それが一番近い表現だった。横歩きしながら無駄にバタバタ。太極拳のおじいさんたちの優雅な動きの横で、一人だけ運動会の借り物競走みたいになっていた。泣きたい。
師父の地獄仕上げ
そんな私を見て、師父が「仕上げだ」と弟子役に立たせた。
まずは師父の模範:虎のかきむしり → 突き → 肘。完璧。
次に私:猫パンチ → スカ拳 → ビビり肘。ズテーン!
「違う、こうだ」
と言って師父が私に直撃してきた。
ズガァァァァァァァァン!
鳩尾に肘。肋骨がバキィッと悲鳴を上げた。息ができない。肺から魂が抜ける。私は立ったまま夢を見た。
後日病院で「肋骨にヒビ」と診断されたとき、ただ一言。
「あ、虎に殺されかけた」
名前なき地獄
それから数週間。痛みを抱えながらも地獄の反復練習。かきむしり動作で爪が取れそうになり、突きで膝が笑い、肘で顔を自爆しかける。
それでもなんとか技の流れを身体に染み込ませた。もうカニではなく、せめて「野良犬」くらいには見えるようになっただろう。
だが、最後の最後まで師父は言わなかった。
「この技の名前は?」と聞いても、ただニヤリと笑うだけ。
結局、帰国後に書物で知った。「猛虎硬爬山」。
……名前すら知らされず、肋骨を折りながら習得した技。これが私の八極拳の洗礼だったのだ。
結論:地獄に虎はいた
今振り返ると、あの日々は地獄だった。
・かきむしりで自爆寸前
・突きで空気を殴り続け
・肘で師父に沈められ
・そして名前も教えてもらえない
普通なら絶望するはずなのに、なぜか笑えてくるのは、きっと虎の霊が乗り移っていたからだろう。
——いや、やっぱりただの地獄だった。